case07 : これから前へ
リビングに戻り、デスクに座る。
やはり掃除は疲れるな。
少し休憩しようと溜息をつくと、
――ピンポーン
タイミングよく玄関の呼び鈴が鳴る。
……こんな時に誰だ?
仕方なく立ち上がると玄関へ向かう。
ゆっくりと扉を開けると、
「よう!またじゃまするぜ」
榊原が玄関の結界を貫通する大きな声で吠える。
俺は怪訝な顔をしつつさらに扉を閉め――
「おいおい!そんな嫌な顔すんなって!今日は珍しい訪問相手も来てるんだぜ」
脳筋の腕に阻まれ、扉が全開に開いてしまう。そして、榊原だけでないことに気が付く。
「久しぶりね神谷、こうして会うのは半年ぶりかしら?」
如月だった。
直接会うのは本当に久しいが、何故今なのか。
「何しに来た。しかも二人で」
俺は嫌そうな顔を隠す気もなく二人に問う。
「そう嫌そうな顔をするなって!あの子の私物を届けに来たんだから」
「随分と早いではないか。連絡では、今週までは無理だと言ってなかったか」
「そうだったんだが、俺が急げないかと担当者に頼んだ。余計なお世話かもしれないが、あの子が少しでも元気になればと思ってな」
こいつは時々、別人のような気の遣い方をする。普段からこのくらい察しが良ければ、俺が苦労することもないというのに。
……しかし、早く持ってきてくれるに越したことはない。
「そうか、助かる。それはそうと、どうしてこいつが一緒なんだ」
「あら、今度遊びに行くと言ったでしょう?」
「許可を出した覚えは無い」
多少の抵抗をしてみたものの、この手の言い合いで如月には勝てない。抵抗するだけ体力の無駄なので、黙って家に上げることにする。
「それで、彼女の私物はどこだ?」
「ああ、それなら……」
「私が持ってるわ」
収納魔術で如月が物を取り出した。服にドライヤー、細かい日用品がいくつかと……写真が何枚かある。
「これは?」
空間から落ちてきた写真を拾う。
「あの子の部屋にあった家族写真だ。数枚しかなかったが、これは彼女が持っておいた方がいいものだろ?」
こういう心遣いは素晴らしいのにと、心の中で称賛する。
「良くやった。亡くなってしまった両親を忘れないためにも、彼女に渡しておくべきだろう」
俺はそう言って写真を机の上に置いた。
これは、彼女にとっては心を苦しめるものかもしれない。忘れた方が幸せになれるかもしれない。
だが、死んでしまった者は誰かの思い出の中でしか生きていけないのだ。忘れられる、それは人を殺すことと同じ。自分の安寧のために、事実を忘れるのは罪だ。彼女にそんな罪は背負わせない。つらいかもしれないが、両親との繋がりを思い出せるものが必要なのだ。
「彼女は今どこに?」
如月が尋ねる。
「今は二階の自分の部屋にいるだろう。先ほど掃除を終えたからな」
「どこの部屋?」
「階段を上って左の部屋だ」
「あそこね、全然使ってない部屋だったのでしょう?そんな部屋でよかったの?」
「しっかりと掃除はした。それに使っていないからあの部屋にしたのだ」
空いてなければ、ほかの部屋を提案し、掃除をした。
使用中の部屋をわざわざ選択する意味はない。
「新しい家具や布団も買った。特に心配することは無いだろう」
「へー、そう。随分と面倒見がいいじゃない。実は子供好き?」
「彼女は助手になったんだ、少しは良くしてやるのが当たり前だ。それよりも、お前ら……本当は何をしに来た?荷物を届けに来ただけでは無いだろう?」
「流石♪よく分かっているじゃない」
どうせ半分は邪魔をするのが目的だろう。口に出すと面倒が増えるので言わないが。
「あの子、学校には行かせるつもりなんだろ?」
榊原が質問を投げかける。
「ここからであれば、以前と変わらず第六学院に通える。だが、学校側への説明は、関係者が直接しなくてはならない。そして、今彼女の保護者と呼べるのは神谷だ」
「まあ同じ場所に住むわけだ。保護者と言う立場は正しいだろうな」
「そうだ。ただ、心配が一つある。中学生の女の子が、見知らぬ男の元で暮らすというのは、印象として良くない。そこで、彼女とお前は親戚だということにできないか?」
「そう……だな。今回はその案に乗ることにしよう」
現代において、子供の環境はかなり問題になることが多い。特に生徒を預かる学院側は、生活環境をとても気にする。何かあっては学院の責任に大きく関わるからだ。
「落ち着いてきたら、一度俺も学校に行くことにしよう」
今日は3時を過ぎている。一之瀬君も疲れているだろうから明日か明後日にでも、予定を入れておくか。
「そういえば、あの魔法陣の件は片付いたのか?」
ふと気になったので、質問をする。
「ええ、神谷がくれた手袋のおかげで順調に進んでいるわ。明日には全て消滅するわ」
「そうか」
それほど興味はなかったが、手袋がちゃんと機能しているみたいでよかった。
「で、いつまでいるつもりだお前ら」
気がつけば普通にくつろいでいる如月達を睨みつける。もちろんさっさと出て行け、と言っているのだ。
「いいじゃない別に。ほら、榊原が夕ご飯作ってくれるわよ」
「おう!いいぜそのくらい!」
こういう時にだけ良い連携を見せるのは、本当にやめて欲しい。
「神谷、この間冷蔵庫の中空っぽだっただろ?だから来る途中でいろいろ食材を買って来たぜ。これでしっかりとしたものを作れる」
そう言って机の上に食材を出していく。
「冷蔵庫に入れておくからな」
榊原は冷蔵庫に買ってきたものを入れようと冷蔵庫を開けた。
「おい、ちょっと待て……買ってあるじゃないか!しかもこんなにたくさん」
「ああ、今日デパートに行った帰りに、スーパーによって買ってきた。一之瀬君の気の利いた提案でな」
ラーメン屋を出て少し歩いたところに、小さなスーパーがある。その前を通った際に、彼女が食材を買っておきたいと言ったので、共に買ってきたのだ。
「それじゃあ……、これ、どうすんだ」
机に置いてある食材を見ながら榊原が言う。
「お前が持って帰ればいいだろう」
「俺の家もこの間買ってきたばかりで大量にあるんだ。くっそーー、やっちまった」
「あら、それなら今日はお鍋にでもしてしまえばいいじゃない。こんなにたくさんの食材があるのだから、料理するより簡単じゃないの」
悩んでいる榊原の隣から如月が言う。
「それだ!」
と大声で叫び、榊原はすぐに作業に取り掛かる。
「ん?ちょっと待て。お前らここで食べて行く気か?」
「当り前じゃない、せっかく来たんですもの。それにこの食材を買ってきたのは私たちよ。ならあなたは場所くらい提供するべきでしょう」
ダメとは言わせないわ、と強気に攻めよってくる。
奥で榊原が「買ってきたのは俺なんだがな……」と呟くも、如月がものすごい笑顔で榊原を黙らせていた。
そんな、面白くもないやり取りをしていると、不意にリビングの扉が開く。入ってきたのは一之瀬君だ。
「一之瀬君すまないね。うるさかったかな」
「だ、大丈夫です。そろそろ夕食の準備をしておこうと思ったのですが……」
彼女は、キッチンにいる榊原と机の上の大量の食材を見て戸惑っているようだ。
「ああ、榊原が買ってきてくれたんだがタイミングが悪くてな。保存する場所もないから、鍋にでもしようということになった」
「そう……ですか。でしたら私もお手伝いします」
キッチンにいる榊原の手伝いを申し出る。
「いい子じゃない、彼女。気持ちもかなり落ち着いているみたいね」
ソファに座る如月が、元気そうな一之瀬君をみて言った。
「ああ、彼女はよく頑張っていると思う。これなら学校にもすぐに復帰できるだろう」
これは事実であり素直な感想である。
彼女が路地裏で襲われていたのはつい昨日の話なのだ。
長いように感じるが、まだ一日しかたっていない。だと言うのに、一生懸命自分から仕事をしている。
キッチンで榊原と作業をしている彼女を、俺は心から強い子だと感じた。
「彼女の事、気に入っているのね」
如月が何かを感じたように小さく笑う。
「そう……だな。子供にはつらい体験だった。あの歳で両親を共に亡くしてしまうのは、不幸で片づけられるものでは無い。だからこそ、ああして頑張っている彼女を、少しでも支えてやりたいと思っている」
心に負った傷は、なかなか癒えることはない。それは誰でも同じ。心の穴を埋めるには膨大な時間がかかる。俺は少しでも早く、その穴を埋める手助けをしてやれればと思う。
「あら、それなら少し手伝ってきたら?」
嫌味のように如月が言う。
「お前、分かってて言っているな」
「当り前じゃない、神谷が手伝ったら、ただのお鍋料理も凶器レベルの何かに変貌するわ」
フフフと笑う如月を睨み、ささやかな反撃を試みる。
「そういうお前も、料理の腕は壊滅的じゃないか」
「私はいいの。女は欠点があった方がモテるのよ」
こいつも料理はできない。
が、ここまで自信満々に返されては、溜息と呆れしか出てこない。その自信は、いっそ賞賛に値する。
「ほら、準備できたぜ」
榊原が鍋を持って机に来た。
一之瀬君が皿を持ってついてくる。
「随分無理やり詰め込んだな」
俺は大量に食材が入っている鍋の感想を漏らす。
「いいじゃないか。鍋はこれができるから楽でいい」
「ですね」
ハハハッ!そうだよな!!と笑う榊原と遠慮がちに笑う一之瀬君。
気を許せる相手が増えてきた……と言ってもいいのだろうか。
少しでも落ち着ける空間を、作ってやらねばなるまい。
「では、いただくとしよう」
俺たちはそれぞれ席に着く。
四人でテーブルを囲み、手を合わせる。
「「「「いただきます!」」」」
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