第十二話「運動部が部活引退してから受験勉強に集中力を発揮するみたいな感じ」8/6(2)
神社から少し離れた場所にあるコンビニの駐車場に車を停めて、店内に消える恋人の後ろ姿を見送る。
――出会い自体がゲームやし、オタクっぽい見た目なんも、とくに不満はないんやけどなー……
昌也と良の出会いは、オンラインゲームの野良マルチの募集からだった。たまたまマルチの相手を探していた昌也が、同じくソロプレイばかりしていた良の募集に入ったことがきっかけだった。
二人とも初回のマルチから強烈に惹かれ合い、半ば運命に引き寄せられるように愛し合い、一緒になれたのだ。初めてネット上でボイスチャットをしたその時に、お互いが『相手の声』に恋していた。
そして今もずっと、会えない日でも毎晩必ず相手の声を聞いている。耳から始まった自分達の恋愛に、姿形なんてほんの些細な問題のはず。なのに……
最近、良は自分の服装を気にし始めた。昌也に「昌也のセンスでコーディネートして欲しい。俺、服なんてしっかり選べる自信ないから……」なんて、いじらしいことをデート中に言ってきたこともある。そのためアウトレットで買い物デートをしたりもしたのだが、そもそも服装にそこまで金を掛ける習慣がないのだろう。値札を見ては驚愕し、「俺にこんな値段、もったいないって」と言って戻していた。
それから数えて今日は二回目のデートなので、当然服装の問題はまだ解決していない。このままいってもおそらく何も解決しないのは目に見えているので、昌也は今日、別れ際に強行突破の贈り物を渡すつもりでいる。
それは既に車のトランクに積んである。昌也お気に入りのブランドのシャツを三枚用意したのだ。とにかく何も考えずにこれだけ着ればそれっぽく見える。この一点だけを重視して選び抜いた、本当にシンプルなデザインの、しかしブランドものだとわかる代物にしておいた。色もモノトーンにしてあるし、これで少しはファッションへの苦手意識が薄れてくれれば嬉しいのだが……
服にばかり気がいっている良だが、それよりも問題は髪にあると昌也は思っていた。とにかく、服への苦手意識が薄くなったら、次は美容院にも挑戦してみるよう誘おうと考えている。切ったら切りっぱなしで長くなったらまた数か月後に切りに行く、そんな今の良だって充分可愛いのだが、絶対ちゃんと小綺麗にした方が、本人が今現在気に病んでいる服装にも合うというものだ。
とりあえず今後の目標めいたものもまとまったので、車をアイドリングさせたまま昌也はタバコを吸うために運転席から降りる。
タバコは、兄達と違って定期的に吸わなければやってられない、という程でもない。だから良と一緒にいる間は吸わない。こういう一人になったタイミングで、思い出したように一本だけ吸う。
兄のことを、思い出したみたいに。
銘柄はもちろん憧れの人と同じものを。彼が吸っている姿を真似ても、あんな色気はきっとまだ出せていないだろうけれど。
トランクに入っている贈り物――昌也お気に入りのブランドだって、憧れの兄と同じものだ。
でも、兄が普段着るようなデザインではない。デザイン性としてはワンランク劣る。それは値段にも反映されていて、だから昌也にもプレゼントできたのだが。なんだか複雑。
トイレが混んでいるのか、それとも我慢していたのは大の方だったのか。愛しい恋人はまだ戻ってこない。
腰のスマホがメッセージを受信。見れば、たった今考えていた人からのものだ。
『これから動画編集やる。カットとかするだけやけど。できたら送るから、アドバイス頼む』
どうやら兄は、初めての動画編集をこれから行うようだ。短く『了解。ガンバレ』とだけ返信してから、昌也はその兄の友人にもメッセージを送信。
一分後に一通の返事が来たので確認すると、それは人のことをカツアゲの犯人扱いした拓真からだった。
『昌也くんとお兄ちゃんが二人で並んでたらどう見えるかって? 男前二人が歩いとるなーって、みんな言うと思うけどー?』
続けて受信。
『兄弟揃ってアウトローな見た目してるからー♪ 社会人ぶって黒髪短髪なんかしても、ヤンチャなんは隠せるもんちゃうって。諦めなさーい』
ギャハハと笑われているのが目に浮かび、そしてその口がきっと「そんなところが、僕は大好き」と言うだろう。ふとそんなことを考えてしまい、昌也は自分の考えにドキリとした。
「お待たせ」
いつの間にか戻ってきていた良に、焦りを見せないように気を付けて微笑む。
「腹でも痛かったん? 大丈夫?」
「うん。大丈夫……タバコ、たまに吸ってるけど、我慢してくれてる、よね?」
「いや、全然。良と一緒にいる時は、吸いたないから……気にせんでええよ」
スマホも見ないしタバコも吸わない。気になんて、しなくていい。
『兄弟同士の方がよっぽど恋人に見えるわ』
閉じる寸前に見えたメッセージには、どう返信したらいいかわからなかった。
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