第11話 ガキのままじゃない〈キャド〉

 ライムの一件以来、チャイミの様子がおかしい。


 アイツ、相当ダメージ来てる。


 あれはライムの運命だった。チャイミに責任は無い。



 なぜならこの世の全ての世界はかつての大人が作り、今の大人が支配してるから。



 傷つくのはいつも弱いやつら。未成年なんてもっぱらで。いつだって身近な強欲な権力者にいいように振り回され、犠牲になるんだ。


 俺がガキの頃は、母親とその時々の男から。そして今は、父親だと思い込んでたこの船のキャップから。


 その境遇を理不尽とも思わずに、ただひたすら母親を慕い求めていた俺は、大人に都合良く洗脳されたアホだったとしか今は言えない。



 俺は母親にずっと騙されていた。


 新しい男と結婚したいがために、俺はていよくあしらわれてこの船に乗せられただけだった。


『あんたは、もう、18だ。実の父親の元で仕事を教わりながら働きな。あの人、そこそこの船のオーナーで船長をしてるんだ。話はついてるから』



 ‥‥だとさ。あのクソババァ。



 この船に来てからその言葉の真の意味を知った。


 要するに、俺には二度と戻って来て欲しくない。なんなら死んでくれってことだった。



 今思えば母親とキャップで、ウィンウィンで話が出来ていたんだろう。


 俺が邪魔で追い出したい母親。奴隷が欲しいキャップ。



 父親ってヤツに会えると思って、俺がどんなにこそばゆく、緊張しながら船に向かう日を待ちわびたと思ってやがる。あのころの俺の内面は嗤えるほどガキのままだったって思う。



 俺の母親がキャップの昔馴染みだったから、俺は他の乗組員よか、ほんのちょっと優遇されてるようだけど、チョコレートやら酒のボトルを寄越すだけじゃ子ども騙し過ぎだろ。



 俺はケンカなら大抵のやつらには負ける気はしないけど、ちょっと腕力があるだけじゃ、今の俺らの奴隷生活は解決は出来ない。



 それもこれも元凶は、こんな密漁船が社会の裏では認められているせいだ。


 利益は人を黙らせる。倫理観や法律だって霞ませる。


 権力者は強欲で、それは際限を知らない。底辺に生まれた俺らは、気づいたら人生の時間も体も奪われ搾取されて、息をする最低限度だけを与えられて、それが当然の如くにされてる。


 だからって俺たちにはどうすることも出来はしなくて───



 こんな風に俺が考えるようになったのはチャイミと知り合ったせいだ。


 タメだけど、俺、あいつのこと尊敬してる。今まで俺の周りにはいなかったタイプ。


 チャイミと話しているといつも感じる。アイツ、どっちかっていうと無口だし、自分のことはほぼ話さないけれど、本当はいいとこのお坊っちゃんだったんだと思う。俺とは根本が違う。理論的でスマートで。


 俺は何かと拳でフィジカルに解決しようとするけど、チャイミは違う。瞬発で頭がキレるし、処世術を知ってる。


 チャイミがこの船にいなかったら、スラム育ちの俺とは、話すことなど無かっただろう。



 そのチャイミが俺に言ってくれた。今からでも始めることは遅くないって。



 俺は全てをやり直したい。今まで大人にいいように振り回され、そして放置されて来た人生を。1日も早くこの船を降りて。


 こうなったのも、俺の育った周りの環境の悪さも一因だったけど、社会の仕組みを知らず、考える事すらなく、目先しか見えていなかった自分のせいだ。


 ライムはチャイミと俺に、ここから脱出する計画を打ち明けた。ソムラータさんを庇ったアーティムさんがキャップに銃殺され、俺たちが海に流して弔った夜に。



 俺はライムの脱走計画を聞いた時から賛同して期待してた。ライムが突破口を作ってくれるんじゃないかって。


 俺らは自力でここから抜け出すのは難しい。誰かの助けがなければ‥‥‥


 密かに手元にパスポートとIDを残していたライムなら、自国の大使館に駆け込んで、ここでの数々の犯罪行為を、漁業利権とは無関係の外部に伝えられるチャンスがあった。


 そのライムが、計画練り中に転落事故で行方不明になっちまうなんて思いもしなかった。


 俺はその場にいた訳じゃないから聞かされた事情しかわからないけど、どうやら、運の悪い事故だったようだ。いくらなんでも、同じメシ食ってる乗組員の仲間をわざと海に突き落とすヤツが、ここにいるわけがない。


 その場に居合わせたからって、チャイミが責任を感じる必要なんかないだろ? 一番の元凶はキャップじゃんか。それなのに、チャイミのヤツ‥‥‥‥



 チャイミには、しっかりして欲しい。作業中、集中力を欠き、心ここにあらずの状態が続いたら、そのうち大ケガしたっておかしくない。周りの人間だって巻き添えで危険にさらされる。


 今日だってチャイミのタイミングミスで、ケガ人が出てもおかしくなかった。


 怒った皆を宥めんの、すっげー大変だったんだぜ? 裏でこっそり酒と薄い本を渡す約束して、なんとか事無きに出来たけど。



 俺だって態度には出さなかったけど、素直で優しいライムは、なついてる子犬みたいに可愛く思っていたし、ライムと話してると心が癒されてたし、脱出計画に期待してたって意味でもライムを失ったダメージは大きい。



 だけどな、チャイミ。俺らは生きていて、やるべきことがあるんだぜ?


 今は、ここにいる乗組員たちが無事で過ごせるように、キャップの不機嫌から守るのが俺たちの役目だよな? 少しでも環境改善するべきで。


 俺、これ以上、誰も海に流したくはないんだ‥‥‥



 **



 いつも寝る前に思う。ここで時間が止まってくんねーかなって。


 だが、残念。時は止まらない。月日はただただ過ぎて行く。



 仕事に追われるままに、もう真夏は越えていた。


 有能で、ベテランが驚くほど物覚えが早かったチャイミ。一時、メンタルやられて仕事中も集中力に欠けて心配してたけど、最近は以前通りに仕事はこなしている。


 だけどその内面に、ライムの死という新たに加わった闇を抱え込んでるのは知ってる。


 俺と違って元々口数が多い男じゃなかったけど、あれ以来さらに口数が減った。


 ソムラータさんがチャイミの様子を気にかけて、仲のいい俺に話して来た。


 海のベテラン乗組員のソムラータさんは、季節ごとに変わる海流には詳しくて、あの夜に操舵していた彼によれば、ライムにはわずかだが望みはあると俺に話す。


 あの海流は、イスターン国の有人のバーディー島、その周辺の無人島の小さな島々の至近を通るから、そのどこかに流れ着く可能性があるって。


 そりゃ、俺だってそう思いたいけど。有人島にたどり着く確率なんて、俺が将来大統領になるくらいの確率だろ? 運良く無人島にたどり着けたとして、そこから身一つでどうしろと? サバイバル小説のようには行かないぜ? 希望論言ってくれても、現実見ないとな。



『私はライムのこと、海の精霊となったアーティムに頼んだんだ。どうか、心優しき少年を助けてやってくれって。だから、私はライムはどこかで生きてるって思うことにしてる』



 ───まったく。ソムラータさんたら。いい年してファンタジーかよ?


 海に葬送された亡霊が助けてくれるなら、是非とも俺だってお願いしたいぜ? アーティムさん、聞いてっかー?

 


 **



 もう、冬の星座が見え始めていた。


 キャドと俺がこの密漁船に乗ってから、約10ヶ月過ぎた。


 この密漁船はメンテナンスと補給のために、ブリーム王国の小きな港に入る。




 その直前に起きた、まさかの出来事────






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