あの日 Side涼2(中学生)
彼女はバス停まで到着すると時刻表を眺めて、携帯で時間を確認している。
「ねぇ、何時までに着けば間に合うの?」
「あ、えっと。集合時間が10時です」
うーん。と唸りながら時刻表と睨めっこをして、ギリギリ間に合いそうかな?とか呟いている。
立ってみてわかったけど、彼女の身長は私より随分と低かった。大人びた雰囲気があるし年上だと思うから、私より背の低い彼女の印象は可愛らしいお姉さんという感じに落ち着いた。
「多分、この後のバスに乗れば間に合うと思う!」
「たぶん……」
振り返って笑顔を見せた彼女は腰に手を当てて大丈夫!と胸を張った。たぶんとかギリギリとかちょっと怪しい部分が多いけど、いちいち仕草が可愛かったり笑顔が可愛かったりで、間に合わなかったとしてもいいやって思えるくらい気持ちが楽だった。
バスが到着して2人席に並んで座ると携帯が鳴った。
さっき先生に聞いてくると言って電話を切った同級生からだった。
慌てて電話を取って、できるだけ小声で話す。
「もしもし……」
『あ、先生に聞いてきたよ!6番のバスで⚪︎⚪︎行きに乗って途中の――』
「あーっと、もうバスに乗ったから……」
『え!?誰かに聞いたの?大丈夫?バス停降りてからちょっと距離あるんだけど……』
「多分大丈夫だから……今バスの中だから切るね」
『本当に?大丈夫?』
バスで電話するのはマナー違反なのですぐに切った。
通路側に座った彼女が「クラスメイト?」と聞いてきた。
「そうです。同じバスケ部で」
「バスケ部!だから身長高いんだね!練習試合か何か?」
私の身長が高いというよりかは彼女の身長が高くないからだと思うんだけど、そこは口を噤んだ。私はバスケ部の中ではそれほど大きい方ではない。平均か少し低いくらいの位置にいる。バスケをやるならもう少し身長があった方が良い方だと思う。
「バスケの練習試合があって、⚪︎×中学校に行かないといけなくて」
「練習試合かぁ。かっこいいね!スタメン?」
「一応……」
すごーい!と目を大きくさせてニコニコと笑った。
「あれでしょ?円陣くんで“頑張るぞー““おー!!“とかやるんでしょ?で、マネージャーが作ってくれたバスケットボール型のお守り持って試合するんだ!?それか、怪我で出場できなくなったチームメイトの写真を飾って団結力を結束させる」
「偏見がすごい……」
「えーやらないの?」
「あ、いや、円陣は組んだりします。あとお守りとか……」
「やっぱバスケットボール型のお守り?」
「普通です!普通のお守り……今日はちょっと忘れちゃいましたが」
「え?お守り忘れたの!?」
私はコクンと頷いた。
「それで駅前で迷子になっちゃたのか……」
そのせいかはわからないけど、集合場所を間違えたことは本当に焦った。
でも、そのおかげで今こうしてお姉さんが私が不安にならないように、明るく話しかけてくれるこの状況は私には嬉しかった。
バスの中でずっとお姉さんは私に話を振ってくれた。他愛もない話でいつからバスケ始めたの?だとか、私が下ろしたままにしている長い髪も邪魔にならないの?だとか、ポニーテールにして試合してるっていうと似合いそう!だとか言って終始笑いかけてくれた。
お姉さんが携帯を取り出して時間を確認する。
「次のバス停で降りてそこから歩くんだけど、今9時50分だからちょっと急がないとだね」
「え、あ、はい」
お姉さんとお話しするのはすごく楽しくてあっという間に降りるバス停に近づいてきていた。
もっと色々とお話をしたかった。
私も携帯を取り出して時間を確認するふりをする。連絡先とか交換してもいいのではないか、いや、でも見ず知らずの中学生に連絡先とか聞かれても嫌がられてしまうかもしれない。
「ちょっとごめんね?」
「え?」
お姉さんが私に近づいてきて手を伸ばした。
目の前にお姉さんの胸があり、ふわりと香る花のような香りが私の頭の中を沸騰させた。上昇する体温とドキドキと早まる鼓動、顔に熱が集まってくる。
お姉さんは窓側にある降車ボタンを押すと元の位置に戻っていった。
あー、彼氏さんが羨ましい。付き合うならこういう人がいいな……優しくて、可愛くて、良い匂いがして、髪もふわふわしてて触り心地が良さそう。笑顔も素敵で、あの茶色い瞳に見つめられたら……
お姉さんの横顔をじっと見つめていたら、私の視線に気づいたお姉さんが私をみて「大丈夫だよ」と微笑んだ。
茶色い瞳が私を捉えて、その瞳が私しか写していなくて、私だけをずっとみていて欲しいと思ってしまう。
この人には彼氏がいるのに。男の人が好きな女の子……私なんかがそんなことを思ってしまうのは迷惑がかかる。
私はポケットに携帯電話をしまった。
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