11月17日(2)
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
2人でお弁当を食べてお弁当箱に蓋をした。お弁当を食べている最中も特に話すことはなく静かに食べていた。食べながら喋るのも行儀が良い行為ではないので、静かに食べるのは別に嫌ではなかった。
沈黙する気配が近寄ってこようとしている時、涼ちゃんが躊躇いつつも口を開いた。
「凪沙。この間はごめん。その―――無理やりしちゃったこと…」
「ううん。それは大丈夫だから気にしないで」
実際嫌だった訳ではない。そりゃ驚いたし、どうして急に?とは思ったけど、涼ちゃんの言っている事は理解している。
私が涼ちゃんを恋愛対象として意識していなかったからで、それをちょっと強引だけど意識してもらう為に涼ちゃんは私にキスをしたんだ。
多分それは涼ちゃんの思惑通り成功したんじゃないかなとは思っている。あれから涼ちゃんの事を考えることが増えたし、キスの事を思い出してしまうことも多い。
でも、その後涼ちゃんはすぐ走って帰ってしまったし、次の日のバイト終わりはいつも送ってくれるのに喫茶みづきにも姿を現さなかった。
私は隣にいる涼ちゃんを見る。ちょっと暗い顔をした涼ちゃんは少しだけ目を動かしてこっちを見た。
「涼ちゃんは――」
「ん?」
「涼ちゃんは好きでもない人にキスして嫌じゃなかった?」
「え?」
「だって次の日、喫茶みづきにも来なかったでしょ?ホントは嫌だったけど無理したんじゃないの?涼ちゃんが嫌な思いまでしてがんばる事ないよ?私はそこまでしてがん―――」
「違う!」
涼ちゃんが少し大きめに声を上げて、驚いて体がビクッと震えた。
「ご、ごめん。違うから……嫌だったら最初からしてない。でも、あそこまでするつもりはなくて……凪沙が嫌な思いをしたんじゃないかって…嫌われたかもって……」
「さっきも言ったけど大丈夫だよ。涼ちゃん」
私は子供をあやすようにできるだけ優しい声で話す。
「私も女の子とキスするの初めてだったし、ビックリはしたけど嫌じゃなかったよ?それに―――あ、いやなんでもない」
危うく変なことまで口走りそうになって慌てて口を閉じた。
「それに?なに?」
涼ちゃんが不安そうに見つめてくる。
あのキスでお互いが思い悩んでいて、涼ちゃんはきっと私よりも不安だったのかもしれない。
目を逸らさずにずっと見つめられて、これは言わないと後々シコリのようなものを残してしまうような気がした。
あまり言いたくはないんだけどな……
「えっと……涼ちゃんって――キス上手だね?」
「…………っ!!」
半分開いた口がパクパクと動いて徐々に顔に血が登っているのか顔が真っ赤に染まっていく。人ってこんな風に顔色が変わっていくんだなぁって少し驚いた。
「なんか慣れてる?感じがしたかな?あ、デート中も自然と手を繋いできたり、会ってすぐ服装褒めてくれたり?」
「な!!慣れてない!!!違うよ!?結構噂とかで色んな女の子を泣かせてきたみたいな事言われてるの知ってるけど違うからね!?」
両手をブンブンと振り回して必死に否定してくる。
でも実際すごくスマートにデートが進んだし色んな経験してきたのかなぁ?って思っちゃうじゃん。
「多分告白してきた女の子を振って泣かせてしまったりしたから、そういうのが噂になったりしてるんだろうけど……デートなんて数えられる程度しかしたことないし、キスだって―――」
「ん?」
涼ちゃんは両手で顔を覆ってしまった。横から見える耳は真っ赤に染まっている。
「―――キスだって………はじめてだった……」
「…………」
「…………」
「…………えぇぇ!!!」
「…………」
「ま、まさか……私……ファーストキスだったの!?えっ!?良かったの!?もっとこう――好きな人とか……大事にした方が良かったんじゃないの?」
涼ちゃんからしてきたとはいえ、ファーストキスをまさか私が奪ってしまう形になってた。ファーストキスで手慣れた感じ出さないでほしい……確かにあれはやりすぎだ。初めてのキスは軽く唇に触れるくらいで終わりそうなものを――
涼ちゃんが恥ずかしそうに瞳を潤ませながら睨んできた。
「私からしたんだからいいでしょ?ファーストキスくらいで大袈裟だよ」
「で、でも――」
「いいの!!それに凪沙は私の事落としてくれるんでしょ?これから好きになるんだったらいいじゃん。好きな人とファーストキスになりました!ってなるじゃん!」
そんな不確かな好きな人じゃなくて、好きになってからキスするんだよぉ。落とせなかったら責任重大だよぉ。人気者の涼ちゃんのファーストキスを奪ってしまった女が私だなんて………
「よし!!こうしよう!!涼ちゃんと私は女の子同士の友達同士!ノーカン!ノーカウント!!」
「無理でしょ。そんなの私の気持ち次第でカウントに入れちゃえばノーカンにはならないし……もう私はカウントに入れちゃってるから!」
「うっ!!」
鋭く切り捨てられ、無事に?涼ちゃんのファーストキスを奪った女になった。
「ねぇ。凪沙……」
「な、なに?」
涼ちゃんのはじめてを知らないうちに奪ってしまったことへの罪悪感に打ちひしがれていると、ちょっと落ち着いたらしい涼ちゃんが私の心臓めがけてショットガンを打ち込んできた。
「また………キス……してもいーい?」
「…………えっ!!な、なんで!?」
「凪沙に意識してもらうなら続けた方が効果的だと思う」
涼ちゃんが隣に座る私に詰め寄ってきた。
「い、一回でも効果的だったよ!?!?もう、十分意識しちゃってると思うけど!?!?」
寄ってきた分私は少し後ろにのけぞった。
「嫌じゃないんでしょ?」
「うっ……ま、まぁ」
「上手だって思ったって事は――気持ちよかったって事だよね?」
「っ!!!」
涼ちゃんが口の端を上げて微笑みかけてくる。さっきまで顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしてたのが嘘みたいに余裕そうな顔つきをして、私の頭をサラッと撫でてくる。
優しい手つきで髪を梳きながら、徐々に下がってくる涼ちゃんの右手は私の耳の外側をツーと形をなぞる様に通って顎のラインを撫でていく。
見つめてくる黒い瞳はどこまでも優しげな雰囲気を漂わせていて、私を捕らえて離さない。そのまま吸い込まれていくような感覚に陥っていると、気づけば鼻先が触れ合いそうなほど近づいていた。
柔らかな感覚が唇に伝わってきてすぐに離される。
「今日はこれだけにしておくね?」
「だから手慣れすぎだよぉ〜」
私は襲いかかってくる羞恥の感情で机に突っ伏した。
優しい手つきで撫でてくる涼ちゃんの手が好きなのも、優しげな瞳に吸い込まれそうになる感覚も、どうして私がそんな感情を抱いてしまうのか今の私にはわからなかった。
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