第42話 番外編:恵里の青春の始まり
〈初夏のある日〉〈埼銀駅〉〈電車内〉
「ふぅ〜今日も間に合った〜!」
まあ、このランニングの習慣は、身につく前に数週間で消えてしまう、というのはまた別の話。
電車に間に合っても、学校にチャイム10分前につくことはあまりない。目標にしている電車の時間が遅すぎるのだ。
見かねた生可と愛鈴彩が計画し、「四つ子早起き同時登校計画」をたてて、遅れが少なくなったのも、また別の話である。
〈金月銀花女学院〉
「今日も黄金さんはギリギリですか…。おっと、黄金「恵里」さんのことなので、生可さんと愛鈴彩さんは大丈夫です。…星子さんは遅刻ですか…。」
先生に呆れたように言われる恵里。だが、星子と比べるとマシに見えてくるのが不思議である。
恵里もたいがいだが、星子はもっとやばいのだ。本日も無事遅刻である。
「まあ、いつものことなのでね…。えっと、今日はまず、大事なことがありますね?はい、みなさん分かってますよね?」
頷く周りと、キョトンとした表情の恵里。
「入部届を提出!!ですよ。後ろの人、集めてきてー」
「え?そんなこと言ってた?」
恵里はすっかり忘れていたようだ。提出期限遅れなんていうのが起こってはならないと思い、「用紙があれば、今どうにか書けば…」と、机の中を漁った。
「あっ運が良い!」
入部届の用紙が机に入っていた。シャーペンを持ち、記入し始めた。名前をなぐり書きしたあとに、どこの部に入ろうか考える。
(どうしよ〜う〜ん…行きたいところがどこもない…あっ、生可姉さんが「恵里足はや〜」って珍しく褒めてくれたから、陸上部にしよう!)
大好きな姉、生可のレアな褒め言葉を思い出した恵里は、陸上部、と半分ノリで入部希望欄に書き入れた。
〈部活初日〉
恵里は、少しビクビクしながら部活の集合場所に集まった。
理由は、恵里以外のメンバーが、見るからに足がとても速そうだったのだ。
陸上部にノリで入るんじゃなかった〜!と後悔する恵里だったが、時すでに遅しだ。
「新入部生の指導係を勤める中3です。陸上部に入ってくれてありがとう。陸上部は、足より声が命です。先輩がおっしゃったことで区切りというか、”。“がついたら、トラックのどこにいても聞こえるぐらいの声量で”はい“って返事してほしくて…最初の頃はほんとにこれが大事だから、魂込める気持ちで返事してください。」
…この文章には‘‘。’’がついている。だが、誰も「はい」と言わない。
この事実に、恵里は気付いたようだ。
同級生が返事をしないことで、恵里も返事を返すのを躊躇ったが…
「はいっ!」
大きな声で返事をすることを選択した。
「おおっ!えーと…黄金さん、かな?今の声大きくっていいですね!」
まさかの、初日で先輩に褒められた。珍しいことだろう。
恵里はとても嬉しがっていた。だが、その喜びも束の間、50m走のタイムを測ることになった。褒められたことにより、少し浮かれていた恵里の気持ちは一変、落ち込んでしまった。
なんと、部内で下から3番目のスピードなのだ。
この結果には、恵里もショックである。
やっぱ、まずは足が速くならなきゃなぁ…。と心に誓う恵里であった。
中には、陸上部での使用が禁止されている魔法を使った人もいたようだ。たくさんの中3の先輩方に、散々怒られたようなので、二度とは繰り返さないだろう。
魔法を使用したことは、特殊な魔法か何かを持っていないと見抜けないので、先輩は魔法を感知する魔導具か、魔法を感知できるタイプの魔法を持っているようだ。
〈部活2日目〉
「今日は、陸上部の基本的な決まり事を説明します…最初に言っとくと、これをできていなかったら、陸上部ではありません。」
「「「はいっ!」」」
約20名の一年生全員だけでも、声を合わせると、本当にトラックの端から端まで届きそうな声だ。
…恵里は、まだ決まり事があることに驚愕して固まってしまったようだ。
新しく渡されたルール集には、すぐに覚えるのには厳しく、悲鳴をあげたくなるような量の決まり事が載っていた。
中3の人数も多く、単純に圧も強い。はやくここから逃れたいと願ってやまない恵里の神経はトップレベルに疲労していた。
(体力的にも精神的にもキツすぎる…!あぁ、睡眠魔法で、安眠回復の魔法かけて、こっそり寝たりして精神を休ませたい…っ!けど、部活じゃ魔法禁止だから……)
そんなことを考えている恵里だが、その間にも、中3からの圧がかかってきていて、精神を正常に維持するために、本能的に魔法を使おうと手が動いていた。
「ん?今、誰か魔法使ったよね?誰?…もうわかってるけど。」
圧が一層強くなった。怖くて怖くて、震え気味の恵里である。
(わかってるんなら言わなくったって…)
心の中では文句を言っているが、口はきれいに動いている。
「本当に申し訳ございません!」
これで許して終わり…のはずもなく、先輩は詰め寄ってくる。
「なんでダメだって分かってることをしたの?」
「すいません」
「理由を聞いてるんだけど?言わないと、みんなに迷惑かけてるよ。」
「ついつい手が…動いてしまいました…」
先輩の圧が強いので精神を正常に保つために…なんて言えるはずもないので、ぼかした返事を返した。
「中3の中で、中1のリーダーを黄金さんにしようって話がでてたんだけど、こんな人なんだったら任せられないね。もう一度考えます。」
「はい…。」
2日目にして、大変な問題を起こしてしまったことに、愕然としている恵里。
こんなふうに始まった陸上部人生、どうなってしまうのか、心配が絶えないようだ。
〈約1ヶ月後〉
部活が始まって1ヶ月もすれば、否が応でも慣れてくるものだ。だからといって、ミスがなくなったわけではない。
2日目の事件に懲りて慎重にやってはいるが、毎回何かしらのミスを犯している…。
そこが恵里っぽいとこでもあるが。
指導が怖すぎて、入部から1週間で陸上部をやめてしまった人もいることを思えば、恵里はまだいいほう(?)である。
部活つながりの友達もできたので、部活を頑張れている感も生まれてきたようだ。
「あの、黄金さん。ちょっといい?」
入部初日からずっと恵里たち新入部員の指導をしている中3の先輩が声をかけてきた。
「え、あ、はい!」
また何かミスを指摘されて怒られるのか…。そう思って中3の指導係についていった恵里だったが、告げられたのは思いもよらぬ言葉だった。
「中3全員で検討した結果、反省が見られたので黄金さんを中1リーダーに決定します。主な役割は後で連絡します。」
え?
そう困惑しながらも、レスポンスをきちんと返す恵里。
「は、はい!すざいます!」
すざいますとは、すみませんありがとうございますの略である。
入部3日目に、みっちり教えられた言葉だ。
比較的冷静な顔をして、トラックに戻った恵里だったがそれは、びっくりしすぎて感情を顔に表せていないだけである。恵里の心の中はこんな感じだ。
(え、本当にいいの!?なんか嬉しいような、嫌な予感がするような…。私この役合ってないよなー!?務まる気がしないなぁ…。どーしよ〜!!)
〈立秋の時期のある日〉
キツい夏練を乗り越えた恵里は一回り成長していた。
なんせ夏練では、地面からの照り返しがきついし、ハードルなどの道具はすぐに熱くなってしまって、準備を行うだけでも一苦労だったのだ。
なんでわざわざ屋外の部を選んだんだろーと後悔してる部員も多かった。恵里もその一人である。
中1はランニングや道具運びばかりをやらされていて、陸上部というよりは、「道具運びボランティア」と思えてきているようだ。
指導係の先輩たちは、
「この時期がどれだけ大事かは後々わかる」
と言っていたが本当かどうかは怪しいところである。
秋に入って涼しくはなってきたが、体力的にキツイようだ。
恵里なんかは、トラックを3周もしたら、限界が近くなるようだ。(ノルマは6周)
中練になりそうな雨の日も多いのだが、霧雨なら外練を強いるのだ。そのうえ、この間なんて大雨なのに外練を強行したものだから、数人の部員が体調を崩したそうだ。そうなるのは当たり前なのに意地でも外練を行う先輩方の考えがわからない。
恵里の最近の悩みといえば、中1のリーダーのくせに、ずば抜けてできることがないことである。体力はない方だし、動きはのろいし…。陸上を習っている人にはさっぱり敵わない。
だが、優しい先輩が時々褒めてくださったり、同輩と部活の後に笑い転げて帰ったりするのは、励みになっている。
…しかし、小学校の頃と比べて学力が低下し、なぜか足も遅くなって、わがままにもなり、抜ける部分もすごく多くなっている。
なんのために自分は生きているのか分からなくなった日もあったようで、学校に行きたくなくなったこともあったようだ。
でも、気づいたらなんとかなっていたようで、そんな日々を繰り返している。
楽しい気持ちでいられるときもあれば、悲しくて、自分を消したい時だってある。
今は辛いことが比較的多いだけで、いつかは必ず、楽しくてたまらない時がやってくるはずだ。
この陸上部に入って大人の厳しい世界に少しだけ足を踏み入れた恵里。
いや、恵里がそう思っているだけかもしれないが、そう思えているうちに、決心をした。
自身の中の自分と戦い続ける、と。
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