第29話 出撃
「どうして!!」
コウが下した決断に、シャナは悲痛とも言えるような表情で叫ぶ。
リンやアンジュたちも納得できないような目でコウを見ている。
それに対してコウは浅く息を吐くつつ説明をしだす。
「基本的な問題として、お前らは対『天使』の訓練をまともに受けてない。そんな状態で戦わせる訳にはいかない。」
「っ!でも!!」
「でもも何も無い。今のお前らが向かったところで邪魔になるのが関の山だ。」
コウの今までに無いほどの厳しい言葉に唇を噛みしめるシャナ。
そんなシャナをフォローするようにソフィアがコウの正面に立つ。
「ですが教官。多くの市民が被害を受けようとしているのに戦える我々が何もしないのは、…嫌です。」
「…ゼムスコフ。お前がそう言いだすのはかなり意外だったな。」
「だとしたら教官の影響かと。」
そう言うソフィアの目には固い意志が宿っているようで退く気は無さそうであった。
だがそれを見てもコウの決断は変わりはしなかった。
「そうだったとしても、お前らを行かせる気は無い。」
「…どうしても、ですか?」
リーゼロッテがコウにそう質問すると、その首は縦に動いた。
「どうしてもだ。…それに市民を犠牲にする気は無い。だからこそ急いでシェルターに避難させるんだ。」
「でも。…トウキョウ地区は壊滅します、よね。」
リンのその問いに対してコウは一瞬固まるが、すぐに言葉を返す。
「…だとしても人命には代えられない。都市はまたいずれ蘇れる。」
「けど、復旧するには時間がかかります。その間に、住んでた人たちは路頭に迷います。」
「…。」
アンジュの言葉に何も言い返せないコウに対してシャナが言い寄る。
「そうよ!確かに建物はいつか建て直せるかも知れない!けど一度壊れた日常を立て直すのはそれ以上の時間がかかる!それを知らない訳じゃないでしょ!」
「教官。我々は逆らいたい訳ではありません。ですが、戦える者が他にいない以上、ここは我々が出るのが最善だと思われます。」
「力不足だと言うなら補います!ここで戦えなかったら後悔します!」
シャナに続くようにソフィア、リーゼロッテがコウに詰め寄る。
そしてリンとアンジュも後に続く。
「…お願いします教官。我々に出撃させてください。」
「必ず全員帰ってきます。ですから教官、どうかお願いします。どうか命令してください。」
「「「「お願いします!」」」」
アンジュの言葉に続くように、全員が頭を下げて懇願する。
アランもヨナもその様子を見ながらコウの決断を黙って待つ。
そしてコウが下す決断は。
「…ダメだ。認められない。」
変わらなかった。
「…どうして。」
信じられないような物を見る目でコウを見つめるシャナ。
他のメンバーもそれぞれ差はあれど、コウに対して失望の顔を見せる。
そんな視線を受けながらコウは全員を見渡して言う。
「…お前らの言う事は正しいのかも知れない。この状況を打開できるとしたらお前たちで、力を合わせて『天使』を撃退出来る可能性も…まあゼロじゃないだろう。」
「なら!!」
「だが、あくまでも可能性の一部だ。そして、この可能性を掴むには準備が足りない。実力も何もかもが、な。多くの奇跡というのはその僅かな可能性をつかみ取るために念入りに準備した結果だ。」
「…我々ではその奇跡を起こせない。…そういう訳ですか。」
ソフィアの言葉に頷く事も無く、コウは五人に言い放つ。
「恨むなら俺を恨めばいい。例え俺に失望したとしても、仕方のないことだと思う。…だが、そうだったとしても俺はお前らの命を預かる者として。その出撃を認める訳にはいかない。」
「っ!!…もういいわよ!!」
そう言ってシャナが作戦会議室を飛び出すのを皮切りに、次々に落胆の表情をしながら出ていく候補生たち。
最後にソフィアが一礼をして出て行くと、コウは大きくため息を吐く。
「お疲れ。だいぶ嫌われ役になっちまったな。」
「…全くだ。こんな事ならお前に任せるべきだったよ。」
そう軽口をアランに返すコウであったが、その浮かない表情は隠し切れなかった。
その表情に気付かない振りをしつつヨナは発言する。
「既に各部署には連絡を入れてあります。…あとは我々の仕事です。中尉はお休みになってください。」
「そうさせて貰おうかな。…じゃあな。」
そう言うとコウは振り返る事無く自室へと、その重い足を進めるのであった。
「…ふぅ~。」
作戦会議室から自室まで、まるで石のように重くなった足を引きずりながら戻って来たコウ。
そして何をする訳でも無く、ベットにその身を投げ出す。
「もう夜、か。」
カーテンが開けられたままの外を見てそう呟くと、現在も進行してるであろう『天使』の事について考える。
「トウキョウ地区に到着するのは数時間後、このままなら真夜中にやって来るだろうな。」
コウはつい考えてしまう。
もし自分がマナ過少症でなければ現地の部隊と合流して、被害を防ぐ事が出来ただろうかと。
「ありえないIFではあるんだけどな。」
マナ過少症でなければコウはここには居ないため、笑えもしない仮の話だと自分自身を笑う。
そして段々と考え事は自分の教え子たちの事へとシフトしていく。
「アイツら恨んでるだろな。まあ当然と言えば当然か。」
多少でも築いてきた信頼を壊した、その事に対してコウは虚しさや申し訳なさが込み上げて来る。
だが、それに耐えてでも彼女たちの出撃には賛成できなかった。
『天使』を甘く見て死んでいった仲間をそれこそ死ぬほど見て来たコウにとって、何の準備も出来ていないまま彼女たちを行かせるのは容認できる事では無い。
「…もう寝るか。」
全ての答えの出ない問いに疲れたコウは取り敢えず寝る事にする。
ベットから一度起き上がり、寝る準備を進めるコウ。
すると突然、再び緊急を告げるアラートが基地中に鳴り響く。
「!!」
すぐさま銃をつかみ取りコウが部屋を出て状況を確認しようとすると、手持ちの連絡機器に着信が入る。
相手を確認して、それがヨナである事を確認するとコウは通話を始める。
「副司令。」
「中尉!ああ良かった。通じましたか。」
いつもの冷静さが窺えない声で安心するヨナにコウは状況を確認する。
「このアラートは一体何ですか。『天使』の増援ですか?」
「いえ、ですが間違いなく緊急です。特に中尉には。」
一旦間を空けるとヨナは簡潔に、事実のみを伝える。
「シャナ・ナフティ、ソフィア・ゼムスコフ、リーゼロッテ・バウマン、アンジュ・レーナ―ル、リン・マツナガの五人が無断出撃しました。方向から見てトウキョウ地区へ向かっています。」
「っ!!アイツら!!」
『天使』のトウキョウ地区への進行。
それは急展開を迎える事になったのであった。
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