第17話 リーゼロッテ・バウマン①
リーゼロッテ・バウマンという少女についてよく知っている人間はGEエリアでもそう多くない。
A²の操縦に優れている事以外は、それなりの時を過ごしたかつての軍事学校の同級生も知らない。
交流しようにも大抵の事は黙り込んでしまうリーゼロッテに対して同級生たちは次第に距離を置いていった。
そしてリーゼロッテは優秀ながらコミュニケーションが取れない問題児としてこのJAエリアに来る事となった。
そしてそのJAエリアでも中々口を開かない彼女の真意が今明かされようとしていた。
「…さて、と。」
コウはヨコハマ基地にある第十三ミーティングルームの前に立っていた。
他にもミーティングルームがあるのと番号が不吉である事からいつの間にか使用されなくなった場所であるここになぜコウがいるのか。
その理由は朝方、端末に送られて来たメッセージに呼び出されたからである。
《本日17:00に第十三ミーティングルームに一人で来られたし。》
そう簡潔に書かれたメッセージにコウは素直に従う事にした。
そのメッセージに書かれていた差出人に色々と聞かなければいけない事があるからである。
無論その差出人が名前を偽っている可能性もあるため拳銃から閃光弾まで持てるだけ持っている。
意を決して第十三ミーティングルームの扉を開けると、そこには確かに差出人通りの人物が一人で待っていた。
コウは警戒を多少緩めながらも注意しつつ声を掛ける。
「こんな所にわざわざ呼び出して、何のつもりだ?…バウマン。」
呼ばれたリーゼロッテはジッとコウを見つめるが、その口は開こうとしない。
コウもそれ以上は質問をしようとしないため無音の状態が続く。
五人の中でも、もっとも情報が少ない彼女に対してコウはどう対処するべきか悩んでいた。
ある意味これはコウにとってリーゼロッテを知るチャンスでもあるため慎重に事を運ぼうと決めていた。
「!!」
突如覚悟を決めたかのようにリーゼロッテがコウとの距離を詰めていく。
万が一の事を考え、拳銃に手をかけるコウにリーゼロッテがとった行動は。
ガバッ!!
「…え?」
コウの目の前でしゃがみ込み手を床に置き、頭を床に擦りつけるほど近づける。
いわゆる土下座と呼ばれる行為であった。
流石に予想外な行動にコウも動揺してしまう。
「ば、バウマン?」
「コウ・ロックハート教官!」
普段口を開かないリーゼロッテの大声につい驚いてしまうコウを余所に、彼女は土下座をしたままにじり寄る。
「どうか私に!私に!」
「バウマン!とにかく落ち着け!」
そう言うコウであったが聞こえていないのか土下座のままコウの足元まで来るとリーゼロッテはコウの目を見て嘆願する。
「私に友達を作るコツをお教えください!!」
「…はい?」
「落ち着いたか?」
「…はい。」
コウは取り敢えずリーゼロッテを立たせると、転がっていた椅子に座らせて落ち着かせる事にした。
最初取り乱していたリーゼロッテであったが、徐々に落ち着きを取り戻した。
「よろしい。じゃあ何であんな事を口にしたのか、説明出来るか?バウマン。」
コウは出来るだけ優しく問いかけるとリーゼロッテもゆっくりではあるが頷く。
「わ、私。凄い考えちゃって。き、嫌われないようにとか。傷つけないように、とか。だ、だから。何も口に、出せなくて。」
「…なるほどな。」
リーゼロッテの無口は極度の口下手、そしてコミュ症である事が理由と知りコウは納得する。
「け、けど皆と。仲良くしたくて。き、教官は。み、皆と親しいから。」
「だから呼び出してお願いした訳か。…だからって土下座は無いだろ、土下座は。」
「ね、ネットで見たら。ど、土下座は。最高の交渉手段って。き、聞いたから。」
「そんな事、簡単に信じるな。」
「も、もう一つの案で。か、体を差し出すって。あ、あったんですけど。ゆ、勇気が無くて。」
「そんな事を実行するか悩むぐらいなら、友人を作る方法を考えろ!」
落ち込むリーゼロッテを見下ろしながらコウは取り敢えず思考を回す。
これはあくまでもリーゼロッテ個人の問題であり、一人で考えさせるという方法もある。
だが土下座の実行や体を差し出す事を悩んでしまうリーゼロッテを放置すれば、どんな行動を取るか分からないとコウは考える。
それに現在一番浮いているリーゼロッテが皆と仲良くしたいという姿勢を見せれば他の候補生も協力関係を強めるかもしれなかった。
「…分かった。友達作り、手伝おうじゃないかバウマン。」
「ほ、本当に。協力して、く、くれるんですか?」
信じられない物を見るかのようにコウの顔を見るリーゼロッテに対してコウは苦笑いを返す。
「まあこっちにも色々と打算があってな。…ってどうした?」
「(グスッ)す、すみません。ひ、人に受け入れてもらったのが。ひ、久しぶりで。」
「…。」
リーゼロッテ・バウマンの家庭環境は多少複雑である。
産みの親は事故により死亡、その為リーゼロッテは養子としてバウマン家に引き取られる。
急な家庭環境の変化は本人にとってかなりのストレスになった事は間違いない。
リーゼロッテが人見知りなのもそこにも理由があるのかも知れないとコウは心の隅で考えていた。
「さて、今日は一旦戻れバウマン。明日改めて計画を立てよう。」
「は、はい。ありがとうございます教官。あ、あの場所はここでもいいですか?ここ、とても落ち着くので。」
「ああ。じゃあ時間については明日メモで渡すからその時間に。」
「はい。…あ、あの出来ればこの話は内密に。お、お願いしたいんですが。」
「…誰にもか?」
「は、はい誰にも。…も、もちろん。き、教官がそうするべきと思うなら。お、お任せします。」
「…。」
実際のところコウはこの事をアランに相談するつもりであった。
コウが知る限りで一番こういった事態に強いのはアランだからだ。
(まあ、リーゼロッテにとって人には知られた無いような事かも知れないしな。)
コウはそう結論付けると了解した事を頷きで示す。
「お、お気遣い感謝します。き、教官。」
「じゃあバウマン。遅くならないように寮に戻れよ。」
そう言って戻ろうとするコウであったが、ある事を思い出しその足を止める。
「そうだ。俺の個人用の端末番号はどうやって知ったんだバウマン。知っている人間はそう居ないはずだが?」
呼び出しのメッセージが軍事用ではなく個人の端末に来た疑問を口にするコウ。
個人用の番号はこの基地内ではアランしか知らないはずであったからだ。
「そ、それは。き、教官の端末をハッキングさせてもらいました。」
「…ん?」
「わ、私。そういった事が得意で。ほ、他にも。いつ自室に戻るか、とか。いつの時間が一番空いているか、とか。か、監視カメラを覗かせてもらって。」
「…。」
コウはリーゼロッテの話を聞き終えると部屋の鍵を閉める。
「き、教官?か、帰るんじゃ?」
「…バウマン。帰る前に、いや友人を作る前にやるべき事が出来たぞ?」
「な、何でしょうか?」
「人の事を簡単にハッキングして調べるなって事をミッチリと教えてやる!そこに座れ!」
その後、夜まで第十三ミーティングルームから怒鳴り声が止まる事は無かった。
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