Mの喜劇 -2
須羽さんが、あ、と口の動きだけで言うのがわかった。だが対照的に、思惑を指摘された先輩は、どこまでもポーカーフェイスを貫いている。
「そう考えると、納得のいくことが二つあります。一つはマッチ箱の件。あの日吉川君がこぼした愚痴は、正鵠を射ていました。なぜ火をつけるための道具はマッチだったのか。言い換えれば、なぜ百円ライターやチャッカマンではいけなかったのか」
先輩が、きちんと挙手をしてから言う。「校内で調達できるのはそれだけだった。あの日もそう言ったはずだけど」
「そうでしたね。ですが、だからといって、何も中身の乏しいマッチ箱を選ぶことはなかったはずです。実験室の中をもっとよく探せば、より中身の詰まった箱は見つかったはずなのに、あなたはそうしなかった。なぜか?」
あの日、先輩がマッチ箱を袋から取り出してみせた時のことを思い出す──カラカラと軽やかな音を立てていた。
「もちろんそれも、理由あってのことだったんです。全部のキャンドルに火を灯すなんて無駄な手間を省くため。そして光量を控えめにして、ミドウサマのメッセージを置きやすくするため。
もう一つの納得のいったことは、演劇部から借りてきたローブの件です。あの当時のあなたは吉川君の体格は知らなかったでしょうけれど、だからといって、何もいきなりあれほど大きなサイズを用意することはなかったはずです。うちの演劇部は似たようなローブを何着も保管していました。去年の文化祭で世界一有名な魔法学校物語のパロディを演じた際に、先代が私財をなげうってまで何着も揃えたそうです」
だから動画の中で、三神さんのご友人はより自分の体格にあったサイズのローブを着用していたのだ。もっともあれはあれで、袖が短すぎたみたいだけど。
「ならばなぜ、吉川君のローブはあのサイズでなくてはならなかったのか? あれでは袖が余って何をするにも不便ですし、俯くたびに大きすぎるフードが垂れ下がってきて煩わしいでしょう。……ですがそれにも、ちゃんとした意味があったんです。降ってきたガラス片で、彼が手や顔に怪我をするような事態を回避するための配慮がね。あの生地の厚みならば、天井から降ってくるガラス片程度では傷もつかないでしょうからね。そして事実、彼はまったくの無傷で済んだ」
儀式の間中、彼は俯いて不慣れな読経をしていたのだから、蛍光灯の破片で顔に傷を負うことはほぼありえなかっただろう。が──やはり万が一ということも考えられる。先輩としては、自らが仕掛けた“怪異”によって後輩たちが怪我をするリスクを、限りなくゼロに近づけたかったのだろう。
と、ここまで考えたところで、僕は三つ目の納得のいくことに気がついた。異様にかび臭かった部屋の空気のことだ。
あの日先輩は、地下教室に入るなりすぐさま壁の方へ向かった。他の者たちが寒さに震えている間、悠然とエアコンのスイッチのあるあたりにもたれていた──もしかしてあれは、スイッチをオフにするためだったのではないか?
学校のエアコンは、教室からではオンにしたり、設定温度をいじることはできない。だが、おそらくは節電のためだろう、例外的にオフにすることだけは可能である。あの時先輩は暖房をつけようとしているように見せかけて、その実無用になった冷房を切ったのだ。
では、そもそも何のためにあのおんぼろエアコンはつけられたのか? もう夏は終わったというのに、なぜ冷風が必要になったのか?
答えは一つしか思いつかない。衣装の着用をしぶりかねないシャーマン役が、進んでローブを着るよう仕向けるためだ。
さて、ここで新たな疑問が二つ生じる。ならば誰が、職員室の管理用端末を操作して、地下教室のエアコンをオンにしたのか? そして誰が、シャーマン役たる吉川君の人となりを田中先輩に伝えたのか?
ここから先を開陳することに、僕は若干のためらいを覚えた。須羽さんも三神さんも、決して真相を言いふらすようなことはしないだろう。だが──壁に耳ありという諺もある。僕がすべてを暴き立てたことによって、先輩が不利益を被りはしないだろうか?
しばしの逡巡。それから僕は、思い切って話すことにした。このままでは須羽さんは納得しないだろうし、それに、先輩にしたって、後輩たちの催した会に便乗して事を起こしたからには、相応の覚悟はできているだろう。
「ミドウサマの儀式は成功させたい。しかし一方で、自分が施した細工によって、誰かを害することは断固として避けたい。あなたはこの二つの問題で板挟みになった末に、苦肉の策で儀式の内容にも手を加えた。その結果が、あの多すぎるキャンドルや大きすぎるローブだったんです。そうですよね、田中先輩? ……いえ」
息をひとつ大きく吸い込み、勇気を振り絞って犯人の目を見据える。
「三神
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