怪異いまだ死せず

 疑問の答えを見つけるべく、僕は次に三神さんに話を聞きに行った。


 幸い、こちらは容易にコンタクトをとることができた。なにしろ同じ学年なのだ。三時間目の授業前に、僕は話し合いの約束を取り付けることができた。


 だが約束の昼休みには、思わぬおまけがついてきた。見るからに申し訳なさそうにしている三神さんの傍には、須羽さんが仁王立ちをしていたのだ。

「私がゆりちゃんに話したの」何やら黒くて大きなショルダーバッグの肩紐をいじりながら、三神さんが消え入りそうな声で弁解した。「そうしたら、一緒にいるって……」


「香宮君って、こちら側の人間だと思ってた」腕を組んで、須羽さんは吐き捨てるように言った。


「はて、こちら側とは」


「とぼけないで。あなたも吉川と同じに、ミドウサマのことを信じてないんでしょう? それで儀式のセッティングをしたあまねを疑ってるんだわ。私たちが何かずるをしたんじゃないかって」


 何となく話が見えてきた。つまり須羽さんの中ではこのミドウサマ騒動はすでに決着していて、僕が今になって調査に乗り出すことそのものが、自らの“勝利”に水を差す許し難い蛮行というわけだ。


「ゆりちゃん……」三神さんが宥める。「公平な外部の意見も聞こうって言い出して、香宮君に会に加わるよう頼み込んだのは、そもそもゆりちゃんだったでしょ。恩人にそんな言い方はよくないよ」


 だが、須羽さんは一歩も引かない。「だって、この事件はすでに解決したも同然でしょ。ミドウサマの怪異は、実際に起こったのよ。見たでしょ、あのひとりでに割れた蛍光灯。覚えてないとは言わせない。起こったったら起こったの。それなのにどうして今更蒸し返さなきゃなんないの」


「それは、その……」僕は口下手である。「事件現場に、ちょっと不審というか、不自然な跡が残っていたから……」


 須羽さんがますます眉を吊り上げる。


 僕は頭を抱えたくなった。

 吉川君は控えめに言っても好感を抱くのが難しい人物だが、彼女もなかなかの難物だ。どうしてこう、世の人を敵と味方の二種類に分類せずにはいられないのだろう!


 口ごもってしまった僕に、またしても三神さんは助け舟を出してくれた。「知ってるでしょ、香宮君のお仕事。心霊探偵として、怪しいことがあったら調査せざるを得ないんだよ。別にゆりちゃんが犯人だなんて断言したわけじゃないんだから、少しは話を聞いてあげよう。ね?」

 そう宥めてはくれるものの、彼女が僕に向ける目もまた全面的に好意的とは言い難い。まるで追及を恐れているかのように、その視線はあちこちを彷徨って定まらない。


 勝手に与えられた心霊探偵の二つ名を“仕事”などと断言されるのは心外極まりないが、ともかくも須羽さんはようやく矛を収めてくれた。右手の手のひらをこちらに向け、話を切り出すよう促す。それで僕も、やっと本題に入ることができた。


「じゃあ、さっそくだけど質問その一。二人はあのミドウサマの怪異を、どこで誰から聞いたの?」


 須羽さんとちょっと顔を見合わせてから、三神さんはゆっくりと慎重に語り始めた。「教えてくれたのは演劇部の友達で、場所は教室。二週間くらい前のことだったと思う。その友達が言うには、部活の先輩がやってるところを見たんだって」


「二週間前……失礼、メモをとってもいいかな」


「どうぞ」


 ワイシャツの胸ポケットから取材用のペンとメモ帳を取り出す僕を見て、須羽さんは「なんか、新聞記者みたい」と呟いた。素直にユーモアと受け取ってよいものかわからず、僕は不自然な相槌を何度か打つ他なかった。


「その部活の先輩は誰から教えてもらったのか……なんて、わかるわけないよね」


 予想通り、三神さんは首を横に振った。「ごめん。知らない」


 少なくとも僕の前ではいつもおどおどしている彼女にしては、珍しくきっぱりとした口調だった。


「ああ、でも……その先輩たちが儀式をやってるところは、動画で見せてもらったの」


 須羽さんがまたしても眉を吊り上げた。ご友人の方に向き直ると、まさに僕が聞き返そうと思っていた通りのことを口にした。「撮ったの?」


 まるで自分が咎められたかのように怯む三神さん。「う、うん……まずかったかな」


「まずいってことはないと思うけど……」他人事ながら、僕は嘆息した。


「いや、まずいでしょ」須羽さんも呆れ顔だ。「よくそんな不遜なことする気になったね、その人たちも」


 儀式本番のあの異様な雰囲気を思えば、小心者の僕などはカメラを回そうだなんて気には到底なれなかった。そんなことを平然とできるのはうちの部長くらいのものだろうと思っていたのだが……世の中、心臓に毛の生えた人は多いらしい。


「で、でも、その動画のおかげで、私も儀式のやり方がわかったんだから。細かいところは田中先輩の教えでなんとかなったし……」

 彼女の擁護の言葉は、尻すぼみとなって消えた。なんだか弱い者いじめをしているような気分になってしまい、僕は須羽さん共々それ以上は何も言えなかった。


 もちろん彼女を責める気なんて毛頭なかったし、他の人が執り行った儀式の有り様が動画の形で保存されているのならば、むしろありがたがって然るべきだろう。何らかの資料になることは間違いないのだから。

 僕は訊いた。「その動画、もしよかったら見せてもらってもいいかな。ひょっとしたら何かの参考になるかもしれない」


「う、うん……」


 少しの逡巡の後、三神さんは友人に、儀式の動画を送ってほしいとメッセージアプリで頼んでくれた。

 友人の反応は素早かった。ものの一分もしないうちに返信をしてくれたし、目当ての映像を二つ返事で共有してくれた。須羽さんと並んで、送られてきた動画を拝見する。


 儀式の進行自体は、ほぼ僕らのケースと同じだった。床に並べられたキャンドル。シャーマン役の着ているローブ。鳥居と五十音の書かれた紙。経文の声。だがキャンドルの結界は僕らのそれよりずっと小規模だったし、シャーマン役の衣装もサイズが小さすぎた。

 そして何より、参加者たちの態度が、雰囲気をまったく異にしてしまっていた。ひっきりなしに失笑の声が上がり、当のシャーマン役の声もどこか調子外れだ。乗り物に乗っているわけでもないのに動画がブレているのも、撮影者たる三神さんの友人が忍び笑いをしているせいだろう。


 動画の終わりは、シャーマン役が盛大に噴き出す場面で締めくくられていた。短すぎる袖から出た白い手が、床をだんだんと叩いている。「ダメだわ、これ。無理。笑っちゃう。シュールすぎでしょ」

 シュール、か。

 まぁ、否定はできない。


 スマホから顔を上げると、苦りきった顔をした須羽さんと目があった。

 彼女は吐き捨てた。「悪趣味」


「悪趣味、かな?」


「悪趣味だよ。別に怪異に対して最大の敬意を表しろとは言わないけどさ、こんな風にふざけて儀式をやる法なんてないでしょ。やるからにはもっと真剣にやるべきだよ。ちょっとあまりにも無神経すぎない? ……まったく、これだから陽キャってやつは嫌なんだよ。ひとが大切に思っている領域を土足で踏み荒らして、その上こっちが嫌な顔すると『その程度で怒るなよな』みたいな顔すんだからさぁ……」


「ゆりちゃん……」


 まるで自分が責められているかのように消え入りそうな友人の声に、須羽さんはハッと我に返った。


「……ごめん、ちょっと言いすぎた」


 ひとが大切に思っている領域を、土足で踏み荒らすべからず。まったくもってその通り。彼女は思い出したのだ。この動画に写っている人物が、他ならぬ親友の大切な知人であることを。


 気まずくなりそうな空気を察して、僕はなるべく鷹揚に聞こえそうな声で言った。「まぁ、いいんじゃない? このミドウサマの儀式にしたって、きっと揺籃期は今よりアバウトだったに違いないんだからさ。それにどんな形であれ、こうして語り継いでくれる人がいるっていうのは、怪異にとってはありがたい話じゃないか」


 かつて中学校の国語の先生が、こんなことを教えてくれた。

 文化が死ぬ時は、それを後世に語り継ぐ者が絶えた時である。


 ユネスコの無形文化遺産に登録されているあの男鹿のナマハゲさえ、担い手不足で存続の危機に立たされているご時世である。いわんや一介の県立高校でのみ語られている、ローカルな怪異なんて。


 オカルト研として、僕の言うことに思うところがあったのだろうか。須羽さんは賛同こそしなかったけれど、同時にそれ以上動画の内容に批評的なことも言わなかった。彼女が口をつぐんだ隙をつくように、僕は三神さんに向き直って訊いた。

「じゃあ、質問その二。三神さん自身は、このミドウサマという怪異について、どう思う?」


 僕は本当は、「この間の“しるし”は本物だと思う?」と訊きたかったのだ。須羽さんの目と耳を意識した結果、こんな婉曲に婉曲を重ねたような質問になってしまった。


 そんな僕の怖気など露知らず、三神さんはごく淡々と答えてくれた。「そうだね……オカ研のメンバーとして、すごく興味深いと思う。コックリさんからどんな風に発展して今の形になったのかとか、どうしてミドウサマなんて名前をしているのかとか。しっかりとした調査レポートのようなものを作れたら、文化祭のいい展示資料になるかもしれない」


 あっ、僕と同じことを考えてる。ちぇっ、ネタが被っちまった。というのはさておき。

 それは僕も気になるところであった。いつから百物語の要素が加味されたのか、そもそもなんで“ミドウサマ”なんていう奇態な名前をしているのか。

 だがそれは、とりあえず今回の事件の解決には関係なさそうだ。


 さて──僕は次の質問をしようとして、しかし言葉に窮してしまった。

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