空き教室の冒険 -2


 しかし実際には、容疑者はほとんど絞り込めなかった。


 なにしろあの儀式に集った人間で僕より身長が高かったのは、最もそんな工作をしそうにない吉川君一人だけ。あとの全員が、教室の机にのぼるだけでは“犯行”は不可能なのである。


 部長が撮った他の写真からは、めぼしいヒントは何一つとして得られなかった。

 ある写真には古い靴跡がうっすらと写っていたけれど、それとてほとんどの生徒が使用している、何の変哲もない上履きのそれなのだ。足のサイズを実物から割り出そうにも、儀式のゴタゴタでああも踏み荒らされた今となっては、時すでに遅しである。


「それに、台なり脚立なりをどこから調達してきたのかという問題も残りますね。まさか家から担いできたとも思えないし」


「ああ、それならなんとなく見当はついてるよ」


 地下教室を施錠しながら、部長はこんなことを教えてくれた。「体育館裏の、用務員さんしか開けることのできない倉庫の前に、雨ざらしの脚立が置いてあるんだ。あれを人目につかずにここへこっそり運び込むのは、そう難しいことじゃなかったと思うね」


「なるほど……で、次はどうしましょうか?」


 部長は小首を傾げてみせた。「どうって?」


「もちろん、誰が蛍光灯に細工をしたのか突き止めるんですよ。そのためにここに来たんでしょう? さっきはあんなに乗り気だったじゃないですか」


「何か勘違いしてないかい、君」しれっとした顔で、彼女は言った。「私は別に、犯人探しをしたいだなんて一言も言ってないよ。ただ退屈な放課後の気晴らしに、自分の考えの正しさを証明してみたかっただけさ。くだんの“しるし”が工作の産物だとわかっただけで、もう満足だね。……それとも君は、大捕り物をやりたいのかい?」


「なっ」


 部長の何気ない問いかけは、僕の顔を熱くさせた。「まさか……僕だって別に、犯人探しなんかに興味はないですよっ」


 ついムキになって否定してしまった。痛いところをつかれた自覚があったからかもしれない。

 なかなかに探偵らしくなってきたじゃないか──先刻の部室での部長の言葉が蘇ってきて、ますます顔の熱さが増す。


 確かに僕たちは、誰かに頼まれては校内で勃発したミステリアスな事件を調査し、そして時には解決に導いてきた。心霊探偵などという身に余る二つ名は、その副産物である。

 放課後は静かに研究をして過ごしたい僕としては、そんな二つ名はありがた迷惑だった。が──時には賞賛の言葉や尊敬の眼差しに、まんざらでもない気になれたのも確かだ。


 なにしろ、本来は僕なんかと接点を持つべくもない運動部所属の男子グループが、放課後の“冒険譚”を聞きたがって昼休みにランチに誘ってくれる。クラスで最も華やかな女子までもが、「頑張ってね」と声をかけてくれる。ずば抜けて優れた成績も人並みの運動神経も持ち合わせていない、陰陽で言えば確実に陰サイドの男子としては、破格の好待遇と言えた。


 僥倖にあやかれるのは僕だけではない。部長はキルタイムのネタを与えられて大満足。幽霊部員だらけの民俗学研としても、活動実績らしきものを得られることはプラスに作用するだろう。僕らの推理には、誰も不幸にならない、ささやかな放課後のお戯れという側面もあるのだ。


 ただし、それは依頼人の願望ありきの戯れだ。

 では、翻って今回のケースはどうだろうか?


 考えるまでもない。そもそも依頼人がいないのだ。

 誰かに頼まれたわけでもないのに、本物の探偵気取りで事件の裏をくんくん嗅ぎ回って、犯人を白日の下に晒す──そんなことをして、いったい誰が得をするだろう?


 たぶん、吉川君は鬼の首を取ったように勝ち誇るだろう。あの彼のことだ、そら見たことかと悪口雑言の限りを尽くして犯人を罵り、嘲笑するに違いない。集中砲火に晒された犯人は、きっと僕のことを恨むだろう。僕個人が恨まれるくらいならまだいい。最悪の場合、民俗学研とオカ研の間に、取り返しのつかないほどの禍根を残すかもしれないのだ。誰も幸せになれない、悲しすぎる結末。


 自戒すべし。己の承認欲求を満たすためだけに、暴かずともよい秘密を暴き、誰かを告発する。そんなみっともない話はない。探偵ごっこはここまでだ。


 幸い部長は、それ以上は何もツッコまないでいてくれた。頭の後ろで手を組んで、鼻唄混じりに先を歩くだけ。

 彼女もそれ以上の詮索をする気はないと言ったのだ。今回の事件の真相は、僕と彼女の胸中奥深くにしまい込んで、そのまま朽ちるに任せよう。


 ……だが、そうは問屋がおろさなかった。

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