名探偵(?)登場

「可愛い子だったじゃないの、香宮クン」先程まで頭から被っていた毛布を除けつつ、悪魔──部長は言った。「君、すっかりタジタジだったね」


 努めて冷静沈着に、僕は言った。「なんだ、起きてたんですか。起きてたんなら、せめてテーブルにつくくらいのことはしてくださいよ。曲がりなりにも部長でしょ?」


「生憎と私も、ああいうタイプのお嬢さんは苦手でね」


「私、も? ってなんですか、って」


 僕の抗議なんてどこ吹く風、部長はチェシャ猫じみた薄ら笑いを浮かべながら、ひょこひょこと猫背で部室を歩き回った。「おぼこいなぁ、君。実におぼこいよ」


「なっ!」


 僕の冷静は、子豚が建てた藁の家よりもあっけなく吹き飛んでしまった。「恥ずかしげもなくそんな言葉使うのやめてください! 僕、男ですから!」


「ほら、すぐそうやってムキになる。そういうところがおぼこだっていうんだよ、君」


 僕は顔が熱くなるのを覚えた。ハラスメントだ、これは立派なセクハラだ。


『おぼこい』は関西の方言で、「未熟で可愛らしい」という意味……らしい。名詞である「おぼこ」を形容詞化したもので、漢字で書くと『未通女』。つまりは──うん、これ以上はやめておこう。僕まで部長の同類に堕ちることはなかろう。


 民俗学部部長、真ヶ間まがま彩子さいこ。ご覧の通りの無頼のひとである。


 烏の濡れ羽色をした長い髪。直線的に切り揃えられた前髪。どこか挑戦的な色を帯びた、切れ長の目。長身も相まって、黙ってさえいればクールビューティの呼び名にふさわしい外見なのだけれど、どっこい天は二物を与えてはくれない。


 無精、無遠慮、無神経。彼女を端的に言い表すなら、この三つの言葉だけで十分だ。三拍子欠いた民俗学研の密かなる首領ドン。デリカシーを欠いている上に傍若無人で、娯楽や暇つぶしのネタにはとにかく意地汚くて、そのくせ自分からは決して能動的に動こうとしない。


 なおも頬っぺたを熱くする僕をよそに、真ヶ間部長はどっかと椅子に腰を下ろした。パイプ椅子の悲鳴なんてどこ吹く風、でかでかとあくびを一つ。

 頭をバリバリと掻きながら──あれだけ無造作にソファに寝そべって、かつその上から毛布をすっぽり被っていたくせに、その髪には寝癖ひとつない。異性ながら、こんな不条理があっていいものかと非常にムカつく──、彼女は言った。


「香宮クン、コーヒー飲みたいな。出来立てで熱々のコーヒー」


「ありませんよ、そんなの。用意できるわけないでしょ、だいいちカップもないのに」


「村田のやつ、コーヒーメーカー持ってたじゃん。あれ持ってっちゃったの? シンコクケンに」


「持っていったんじゃないですか? ここにあるのは、いらなくなったものばかりだから」


「んだよ、使えない」


 舌打ちをひとつ。ちなみにシンコクケンとは、無論申告敬遠の同類などではなく、新・国語科研究室のことだ。僕の知っている限り、そんな略称を使うのは部長だけである。


 と、部長が獲物を見つけた鷹の目になった。その視線の先にあるものは──僕のペットボトルの紅茶。


「ちょっ!」


 部長の動きの方が、僕より一瞬早かった。


「くれ」


「やだよ、返してくださいよ! それ飲みかけですよ!?」


「いーじゃん、もうほとんど残ってないし」


「そういう問題じゃなくて!」


 僕が手を伸ばしたときには、はや、部長は残った飲み物を盛大に呷ってしまっていた。その飲み口に、微塵も臆することなく口をつけて。


「ごっそさん、ゴミは捨てといてね」


 部長が軽く放った空のボトルを、僕は頭頂部で受けてしまった。ポコンとバウンドしたそいつを、床に落ちる前にキャッチ。アシカもかくやの大道芸に、ちょっとだけ自画自賛。もはや進言する気さえ失せていた。


 先刻の川村さんは毛布の不自然な膨らみには触れなかったし、僕もあえて言及はしなかった。彼女が気づかないでいてくれてよかった、と心の底から思う。

 異性間の機微もわからぬこのひとを、紹介しなきゃならないような事態になったら──考えただけで、三日ほど寝込んでしまいそうだ。


「さて、さてさてさて」閉口する僕をよそに、部長は机に肘を立てて手を組み、身を乗り出した。「そろそろ仕事の話をしようじゃないか。小津田の山中の怪事件。響き渡る恐ろしげな声──君、こういうの好きだろ? かまわん、存分にやってくれたまえ」


 あんたはどこのアニメの司令官だ。

 ため息を吐いて、仕方なく僕も彼女の向かいに腰かけた。

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