旅籠の惨劇

 彼女の言うところの伝説を要約すると、こうだ。


 今は郷土資料館として再建された小津田の旅籠では、かつて無理心中事件があった。借金苦と酒とで精神を病んださる当主による、衝動的な殺人だったそうだ。

 とりわけ悲惨な死に方をしたのが、当主の実娘だったという。文字通り咽喉が潰れんばかりに締め上げられ、助けを求めることも叶わず、ただ死の時までもがき続けた娘──旅籠が資料館に生まれ変わった現在もなお、どこかの柱には顔に似た模様が浮かび上がっているらしい。まるで娘の苦悶の表情を、再現しようとでもするかのように。


「それ以来、その亡くなった娘さんは、潰れた声帯を震わせて、誰かを呼び続けているんだって。助けか、それとも自分と同じ世界に降りてきてくれる、親切な遊び相手か……っていうのは、とあるサイトの受け売りなんだけどね。あ、ごめんねこんな陰惨な話を聞かせちゃって。苦手だった?」


「……いえ、ええ、お気になさらず」


 僕はそうと知らずに、苦いものでも舐めたような表情を浮かべていたらしい。


 別に僕は、凄惨な事件──それとて本当にあったのかどうか──に胸を痛めたわけではなかった。川村さんがどう思っているのかは知らないけれど、僕はそんなナイーブな人間ではない。むしろ僕は鼻白んでいたのだ。

 萎えるんだよなぁ、こういう“タネあかし”。この世ならざるものは、この世の情理からかけ離れたところにいるから怖ろしく、そして楽しいんだ。『遠野物語』のオクナイサマや猿の経立がそうであるように。

 なのに、この取ってつけたようなバックストーリー! まるで上質の和菓子にメープルシロップをぶちまけるが如き愚行と言わざるを得ない。しかもこれ、こんな噂がありますよって説明にすぎず、なんの根拠にもなってないじゃないか。こんなありきたりな噂を仰々しくも「伝説」などと呼んだ川村さんに、僕は軽い失望を覚えた。


 とはいえ──ここ最近連続して持ち込まれてきた他愛ない怪談なんかよりは、やはりよっぽど真味が感じられた。


 僕は彼女の調査依頼を引き受けることにした。

 ……もっとも、断るなんて選択肢はもともとなかったのだけど。


 なんせあの部長ときたら、三度の飯よりキルタイムがお好きなのだ。せっかくのご馳走を無下に断っただなんて知られたら、後でどれだけひどい目にあわされるか。

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