水土竜

 湖があってそれをぐっと潜っていけば何があるかと言えばそれは底があって、と考えるのは素人というものであって、実際に水土竜の沈んでいったところにあったのは大きな穴だった。

 それは恐らく無限に水の出入りする穴であってどこか別の場所につながっているはずだった。


 水土竜はその湖に生きることに飽いているところだったから迷わずその穴に飛び込むことにしてその行き先がどうなるかなんてことはかけらも考えもしなかった。

 現在に対して退屈しているものに未来に対する不安など持ちようがないのだ。


 それは半ば自動的な運動で途中から水土竜の肉体は奥へ奥へと引きずり込まれていって引き返すことはできなくなった。

 その強制は徐々に水土竜から思考をうばっていくことになり、またその穴は光の差し込まない暗い場所であって、さらには吸い込まれていく先は非常に距離のあるようだったから、水土竜は結局のところ考えることを投げ出した。


 つまり彼は死体となって湖の底に空いた穴へと吸い込まれていったのと変わらないわけだけれど、けれども吸い込まれた先でもう一度生き返ることを考えるとまるで違うことになるのだけれど、そういった細かい違いは細かいからこそどうだっていいのだ。


 水土竜は一度死んだかもしれないし死んでないかもしれないしそれは定義の問題にすぎない。

 とにかく機械的に言ってしまえば彼は再起動されたのでありそのトンネルはやはり生死の境目にあったといってもいい。

 おはよう。光によって目を覚ます。彼の体は波打ち際に打ち寄せられていた。波が寄せては返して水土竜の体を洗いさらう。ちょこまかとヤドカリが横切っていく。


 水土竜は尋ねた。ここはどこか。

 ヤドカリは答える。ここは私がいる場所で、いずれ私がいなくなる場所だ。あるいはあなたがいる場所で、いずれあなたがいなくなるのかそれは私の知るところではない。


 水土竜はまた尋ねた。このあたりでいろんなことを知っているのは誰か。

 ヤドカリはまた答えた。北にまっすぐすすめ。そこに都があってお城の王様なら何でも知っているよ。

 それらの答えに水土竜は非常に満足した。ヤドカリは水土竜の前からそそくさと去っていった。


 都には舗装された道がつながっていてそれはとても歩きやすかった。つまりはその道を歩いていくは水土竜だけではなくてひょろりとした旅人と水土竜はすれ違うことになった。

 水土竜は旅人に訊く。この先に都はありますか。

 旅人は水土竜に答える。ありますよ。旅人はそう言ってからさらに言葉をつけくわえた。残念ながらあなたは都に入れないかもしれない、あまりにみにくすぎるから。


 旅人は去っていった。水土竜は彼とそれ以上の会話をすることができなかった。


 水土竜は入れるにしろ入れないにしろとりあえず行ってみてから考えようという性質だったのでそのまま道を歩きつづけることにした。その生き方が賢いかそうでないかはここでは問題としない。

 道には分かれているものと分かれていないものがあって、大抵の場合は分かれているものでこの場合も分かれているものだったが、中心に向かっていく道というのは太くなっていくものだったから、迷う心配はしなくてすんだ。

 その方法が常に通用するかはさておくとして、とにかく水土竜は迷うという心配はしなかった。


 旅人が現れてその旅人はさっきとはまた別の旅人だった。

 水土竜は尋ねた。ここから都はずっとまだまだ遠いですか。

 旅人は答えた。私の足ではそれは遠くてうんざりするほどですが、あなたにとってはさほど遠いと感じるものではないかもしれません。

 さらに尋ねた。僕は都に入ることができるでしょうか。

 旅人は水土竜に石を投げつけた。そんなこと知るわけないだろうが、バカが。それを知ってるのは門番だけだ。門番だけがそれを判断することができる。


 旅人は去っていった。水土竜は彼とそれ以上の会話をすることができなかった。


 このことから水土竜は1つのことを学んだ。特定の物事について判断するのは特定の人にしか許されてはいないということだ。

 水土竜は都に入ることができるかもしれないし、入ることができないかもしれない。それを彼自身には判断することができず他人にゆだねなくてはいけない。


 水土竜は道に対して直角に進路をとった。それは決定的な別れを意味していた。

 道なき道を歩いて行きながら彼は考えた。きっと都にはたくさんのすばらしいものがあるだろう。きらきらしてていい匂いがしてうっとりさせるような素敵なものだ。

 でもそれらは僕には関係がないものだ。

 門番とかいうやつ、会ったことのない想像上のそれはいかつくて血走った目であたりにいばりちらす黒服のおじさんだった、そいつのせいでみんな遠ざけられているのだ、きれいなきれな宝物から。

 くそくらえ。


 もし万一このまま歩いて行って都に出くわすことがあったらどうするか、腹は決まっていた。

 全部丸ごと飲み込んでそんなものぶっ壊してやるのだ。

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