第119話 終わりの始まり

『それでは次の曲行きますわ~!TVの前の小さなお子さんも一緒に歌って欲しいですわ~!さみしがりやのこぎつねちゃん、ですわ~!!』


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


「凄い事になってますね、六角さん」


「そうだね。これはちょっと予想できなかったかな」


「織田遥さんが乱入してすでに20分が経過しましたが、現在協議中のアナウンスが流れて以降、大会運営の動きがありません。一体どうしたんでしょうか」


「そもそもなんの協議をしているんだって話だよね。僕らなら即刻取り押さえてるけど」


「そうですね。織田遥さんの行動は本来なら極刑ものです。万魔様の挨拶前に割り込んだ上に妄想と偏見に満ちたあの演説。首と胴体が泣き別れになっていても不思議ではありません」


「そうなってないという事は、万魔様が認められたという事だろうね。万魔様の機嫌が悪くなっていれば十傑衆が速攻排除してるだろうから。遥さんを放置しているという事は、むしろご機嫌なのかもしれないね」


「探恊が動いてないのは何故なんでしょう。天獄杯の通称が馴染んでいますが、正式名称は全国探索者養成高等学校総合技能演習大会、探索者協会肝いりのイベントであり、天獄郷は場所を提供しているだけにすぎません」


「遥さんが織田家の御令嬢だから尻込みしてるのかな?織田と関係を悪化させたくないとかくだらない理由でさ。むしろ早く取り押さえなきゃ探恊と織田家が赤っ恥だと思うんだけど。当主は今頃TVの前で頭抱えてそうだね」


「成程。指示を出す側が協議中で連絡が取れず、現場の人たちは責任を取りたくないから傍観しているという事ですか?」 


「ま、平たく言えばそうだろうね。それでなんの協議をしているかだけど、ここまで時間を掛けてるって事は遥さんの処罰どうこうじゃなくて、このまま天獄杯を続けるかどうかじゃないかな?」


「確かに織田遥さんの乱入は想定外すぎましたが、中止にするほどの事でしょうか?」


「言い方が悪かったね。天獄杯を例年通りに開催するか、それとも遥さんが提唱したバトルロイヤルをするかで話し合ってるんじゃないかってこと」


「確かに、協議するならそういった内容になるかもしれませんが、本当にバトルロイヤルをするつもりなんでしょうか?今までの天獄杯の歴史を真っ向から否定しかねない案件ですが」


「そうなんだよね。探恊がバトルロイヤルを認めるとは到底思えない。万魔様もそこまで乗り気になるとも思えないし…となると、カメラさん。魔央様がいた場所って今映せるかな?」


「一瞬で切り替わりましたね。さてはずっと定点で撮っていたのでしょうか?後で蔵出し映像で使うつもりでしょうか…って、万魔央様がいませんね。呆れて帰ってしまったのでしょうか」


「その可能性もあるけど、この後ありす様達が出場する1年のPT戦があるからね。おそらく万魔様の所に行ったんじゃないかな?」


「万魔様の所にですか?」


「そう、実は万魔様と一緒に天獄ドームに来られてたんだよね。何かしら理由があって別行動されてたみたいだけど。なのにわざわざ万魔様に会いに行ったとすれば、魔央様はバトルロイヤルさせるつもりなんじゃないかな?それを万魔様に伝えに行ったとすれば、ここまで協議が長引いてるのも説明つくと思わないかい?」


「確かに!!つまり探恊の偉い人達を説得する為に協議が長引いているという事でしょうか」


「万魔様が問題ないと判断されたなら協議する必要なんてないでしょ。魔央様のお願いなら断ったりはされないだろうし。となると…ざっくりしたルールでも決めてるんじゃないかな?流石に詳細を詰めるだけの時間はないしねっと、言ってる側からアナウンスがあるみたいだよ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 はぁぁぁああああ!最高ですわぁぁああああ!!この盛り上がりっぷり!!私、今最高に輝いてますわぁぁぁあああ!!まさかアイドルデビューまでしてしまうとは思ってもいませんでしたが、歌も踊りも練習していて良かったですわぁぁあああ!!途中から音楽団の人たちも伴奏してくれましたし、私の認知度も鰻登り、後は実力さえ示して万魔に認められさえすれば、万魔央と同じ土俵に立てますわ!!万魔央の我儘放題が見逃されているのも万魔の後継者という地位があってこそ。それさえ奪い取ってしまえば、あんなの分不相応な力を手に入れてイキっているクソガキにすぎませんわ!!他の誰が無理だろうとも、私なら可能ですわ!!誰も私の行動を止めようとしませんし、これはもう勝ったも同然ですわね!全てが私の味方!!これが神に愛されるという事なんですのね!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 乱入による宣誓、そしてそれを止める者も現れず、協議中のアナウンスが流れる中、熱狂の中壇上に一人立つ織田遥は考えた。このまま降りるのも芸がないと。幸い観衆は自分に好意的。そして止める者は一向に現れない。流石に自分がやった事が許されるとは思えない。なにかしらの罰は下るだろう。ならもうやれるだけやってしまおう。死ぬときは前のめりだと。そして織田遥は唐突に歌った。アカペラで流行りの曲を。なんかアイドルのコンサートだと思ったからだ。受けた。盛大に受けた。幸か不幸か、織田遥は多才だった。これは行ける。調子に乗って更に歌う。盛り上がる。最早織田遥を止める者など存在しない。そう思わせる天獄ドームの盛り上がりは、しかし。


『静まれ』


 ちょうど一曲歌い終わった空隙に響いた一言、ただ一言が観衆を黙らせた。


『万魔十傑衆筆頭、無常鏡花だ。これより協議で決まった内容を伝える』


 無常鏡花。万生教における最高戦力、万魔十傑衆において筆頭を担う女性。すなわち万魔を除いて万生教最強戦力。その声に感情は含まれておらず、しかし他を圧するだけの重さがあった。


『結論から伝える。協議の結果、今年の天獄杯は特別ルールとしてバトルロイヤル形式を採用する』


 まさかのバトルロイヤル採用。提案したはずの本人もびっくりして壇上で開いた口が塞がらなくなっていた。


『詳細については明日正式に発表するが、取り急ぎ決まった事を公表する。まず開催日は明後日の朝9時スタートだ。場所はパンデモランドの疑似ダンジョン探索アトラクション・天獄郷解放にて執り行う。故に明後日のパンデモランドは関係者以外全面立ち入り禁止となる』


 まさかのパンデモランド終日貸し切り。一瞬テンションが爆上がりするも、織田遥の脳裏につい先ほど時天月ありすに言った言葉が蘇る。


――全国のパンデモランドを楽しみに天獄郷に来た子どもたちに申し訳ないと思わないのか――


 まさか自分の発言がこんな結果をもたらすなんて思いもしなかった。だが決まってしまったものは仕方ない。せめて遊べない子どもたちを楽しませるために、派手に戦おうと心に誓う。


『そして参加者についてだが、現在この場にいる天獄杯代表選手に限定する。そして不正防止の為、出場希望者は開催時まで天獄殿にて拘束させてもらう。天獄殿内でのある程度の自由は保障するが、外出や外部との接触は許可しない』


 不正防止、おそらく替え玉や部外者の参加を禁止する為に外出や外部との接触を禁止するというなら問題ない。他者からの入れ知恵や不正なアイテムなどを使わせない意図もあるだろう。そこはあくまで学生のみの天獄杯という体裁を残したという事か。しかし天獄杯代表選手に限定するという事は、万魔央の参戦はあり得ないという事。そこは残念極まりないが、我儘を言っても始まらないだろう。それよりも天獄殿に泊まれるチャンスなど金輪際ないかもしれない。そっちの方が重要だ。


『今回のバトルロイヤルは急遽決まった為、参加は強制ではない。辞退したい者はそのまま帰って貰って構わない』


 果たして辞退する者はいるのか。辞退、つまりは逃げるという事だ。これほどまでに異常な出来事、世間には一瞬で広まり話題になるだろう。そんなイベントで尻尾を巻いて逃げる?死ぬまで言われ続けるだろう。あの天獄杯から逃げた奴だと。そんな愚行を選択する者が居るとは思えない。


『取り急ぎは以上だ。それではこれより特別に万魔様が直々にお声がけ下さる。心して聞くように』


『万魔じゃ。急に決まった事ゆえ色々と荒も多いが、天獄杯に参加出来るお主たちには期待しておるでな。存分に力を振るい、儂を楽しませてくれ。とはいえ無茶振りしているのはこちらの方じゃ。ここは一つ、儂からさぷらいずぷれぜんとじゃ。このばとるろいやるの勝者の願いを一つ、可能な限り儂が叶えてやる。流石に北条の時の様な奴隷になれとかは無理じゃがの。死ぬまで遊べる金が欲しいでも、天獄郷に住みたいでも、万魔の後継者になりたいでも、何でもよい。融通が利く限り、儂が全力で叶えてやろう。


 儂から課すルールは単純じゃ。今現在お主らが持っている物は全て使ってよい。今日試合がないからと、使う機会がないからと得物や魔道具を持ってきておらん者は残念ながら常在戦場の心構えが足らんという事じゃの。次に、流石に殺生は禁止じゃ。後処理が面倒なんでの。腕や足が捥げる程度なら問題ないから存分に殺り合うがよい。徒党を組むもよし、独りで挑むもよし。裏切り、騙し討ち、不意打ち、集団で一人を襲う。ばとるろいやる中は世間では卑怯卑劣と言われる行為、その全てを認めよう。戦いとは本来そう言うものじゃからの。勝った者が正義じゃ。だからといって己の下種な欲望を満たす為に女子を襲うような輩は、即刻この世から排除するからそこだけ注意するんじゃぞ。一応これは天獄杯なんでの。最低限の倫理は必要じゃ。それ以外はなんでもありじゃ。分かりやすい例じゃと、そうじゃな。北条が決闘で使った極光を持ち込んでいるなら使ってもよいぞ。最後に。これが一番重要じゃな。当然じゃが勝者は一人じゃ。徒党を組もうがそれは変わらん。儂が願いを叶えるのは一人だけ。つまり自分以外は全て敵じゃ。それを踏まえた上でばとるろいやるに挑むがよい。お主らの健闘を期待しておるぞ』

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