第116話 宣誓 

「禁忌領域。私たちにとって身近な存在であると同時に、排除しなければならない脅威であり、その解放は全ての国民にとって悲願と言えるでしょう。ですが万魔様が恐山天獄門を解放されてより二百余年、新たな禁忌領域が解放される事はありませんでした。しかし今年に入り、解放の兆しを感じた人は多いのではないでしょうか。


 そう、万魔の後継者・万魔央さんです。万魔央さんと禁忌領域守護職北条家との決闘を鮮明に覚えておられる方は多いのではないでしょうか。そしてその結末に私を含め誰もが衝撃を受けたと思います。結果は北条家の敗北。それを持って新たな時代の到来を感じた人は多いでしょう。そしてこう思われた方もいるのではないでしょうか?万魔央さん一人に敗北する禁忌領域守護家は一体この二百年間何をしていたのか、と。


 結論から言いましょう。この二百年、禁忌領域守護家は惰眠を貪っていたわけではなく、怠惰であったわけでもない。禁忌領域から皆さんを守る為に戦い続けてきたのだと。疑問に思われる方もいるでしょう。不信を感じる方もいるでしょう。ですが私はそれでよかったと思っています。何故なら、禁忌領域守護家の方々に怠慢があったとすれば、それは皆さんに自分たちの成していることを伝えなかった事であり、私たちは禁忌領域守護家の方達が何をしているのか知ろうとしてこなかったからこそ、不審に思い、疑いの目を向ける事になったのです。


 お互いが盲目的に信頼していたが故に起こったすれ違い。それが万魔央さんの指摘によって表面化した事で、禁忌領域守護家と私たちが真に分かり合える切っ掛けを与えられたのです。これは慶事に他なりません。探索者養成高等学校、この学校の設立理念の根底にあるのは、禁忌領域解放の一助となるだけの才能と実力のある探索者の発掘と養成です。そしてこの天獄杯に出場する私たちこそ、その代表となる立場であり、その理念を体現する存在であるべきです。


 禁忌領域守護家と私たちの新たな関係構築のために、近い将来起こるだろう禁忌領域解放戦の為に、新たなる時代の幕開けとなった記念すべきこの年、この天獄杯で、私が、私たちが証明しましょう。希望ある未来の到来を。私たちが手を取り合い共に戦いう事で禁忌領域解放の可能性、その一助となり得る事を。万魔様のお膝元、始まりの地である天獄郷にて、私たちは新たなる時代へ踏み出す事を!」 


 私の宣誓が終わり、静寂が訪れる。あうぅ…胃が痛い。多少発言は盛ったけど、でも全く見当違いな事を言ったわけじゃない。どこにも角が立たない様に言葉を選んだ結果、ちょっと大袈裟になっただけだもん。それに今年の天獄杯は万さんのお姉さんや織田家や毛利家からも参加してるし、新たな時代の到来っていうのは間違ってないと思うし。いずれ万さんは禁忌領域解放の為に動くだろうから、将来大きな解放戦があるのは間違いないだろうし。それが20年後だろうと50年後だろうと、今まで二百年以上解放はおろか大規模な戦いすらなかったんだから近い将来だよ。そのくらい誤差の範囲だよ。私もそれに参加すれば嘘にはならないし。参加する事に意義があるって言うしね。うぅ…何のリアクションもないから壇上から降りられないよ。誰か反応してよぉ…もう降りていいかな?降りちゃうよ?寝言は寝て言えって石投げられたりしないよね?誰でもいいから切っ掛け作ってぇ…


 私の祈りが天に通じたのか、パチパチと拍手の音が探学生の居る所から聞こえた。音の方を向くと凄い髪型をした女生徒が拍手してくれている。少なくとも一人の心は掴めたみたい。見た目と違って凄く良い人!ありがとう!次第に拍手をする人が増えて、最終的には天獄ドーム中から歓声とともに拍手が鳴り響いた。うぅ…嬉しいけどちょっと恥ずかしいよぉ…ぺこぺこと観客席に向かってお辞儀をして、最後に天覧席の万魔様に向かってお辞儀をする。ふぅ…次は万魔様の挨拶だし、会場の空気が冷えっ冷えにならなくてよかったよ。


 安堵と共に降壇して元の場所に戻る途中、一番初めに拍手してくれた女生徒とすれ違う。…あれ?次って万魔様の挨拶だよね?なんであの人壇上に向かってるの?なにかプログラムの追加あったっけ?緊張しすぎてプログラムの変更聞き逃しちゃってたのかな?う~ん…あんなに堂々としてるし、うっかりで壇上に上がったりするわけないし、私が聞き逃してただけかも。誰も止めようとしてないしね。気にしてもしょうがない。私はやれる事はやったし。後は個人戦に向けてがんばるだけだね!今年は優勝狙うからね!弓なんて安置で撃ってるだけの馬火力なんて風評被害は駆逐してやるぜ~!!



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 伊達梓さん。貴女の想い受け取りましたわ。いずれと言わず今ここで!新たなる時代の幕開けをお見せいたしますわ!!それにしても素晴らしいですわね!天獄ドーム中の皆さんが私に注目していますわ!やる気が漲りますわー!!さあ、織田遥の全国デビュー、ド派手に飾りますわよ!!


「会場にお集りの皆さん、遠路はるばるようこそお越しくださいましたわ。初めまして、私の名前は―――――」



 これ以降、真似しちゃいけない壇上演説の見本として、天獄杯参加者に事前に告知される事になる織田遥の天獄杯宣誓。その幕開けであった。

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