第98話 護衛

 あーちゃん達を見送った後、天国の間に残ったのは小雪ちゃんと紗夜ちゃんと俺の三人になり、さっきとまでとは打って変わり静寂が場を支配した。何となく居心地が悪い。別に嫌いだからというわけではなく、この面子は全員自分から会話をしたがるタイプではない。そして両者とも俺を間に挟んでの知り合いという事もあり、俺抜きでの会話は成立しないと思われる。小雪ちゃんは紗夜ちゃんに興味ないだろうし、紗夜ちゃんも小雪ちゃんに話しかけるなど畏れ多いだろう。


すなわち俺が会話を切り出さねば三人いるのに無言という事であり、そして俺は人がいる空間で無言でいるのがものすごく気まずく感じる性質なのだ。


 そう、例えるならそれは家族と一緒にTVを見ている時に萌えゲーソシャゲのCMを見るような、恋人と女性専門下着売り場でお買い物をするような、成人向け雑誌を立ち読みしてる最中に友達と遭遇したような居た堪れなさだ。思い返してみればいつもあーちゃんやなっちゃんがいたからなぁ。勝手に話題を振ってくれる陽キャのありがたみよ。ウザいと感じる事も多々あるが。普段なら用があるなら呼んでと一言残して自室に引き籠れば済む話だがそうもいかないだろう。まあ普通に話せば良いだけなんだけど。不意に沈黙が訪れると話を切り出し辛いよねという話だ。ここはこの俺が二人のかすがいとして仲を取り持ってやろうじゃないか。


「さて、ありす達は行ってしもうたが儂らはどうする?まだ時間はあるぞ」


「でしたら万魔様。天獄杯の会場にはどのように移動されるのか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


「うむ。会場には儂の部屋から行くからの。何か持っていきたい物があれば準備する時間くらいはあるぞ」


「でしたら向こうで食べる軽食を用意いたしますので、30分程お時間を頂いてよろしいでしょうか?主様もいかがでしょうか」


「別にその位なら構わん。お主はどうじゃ?」


「…全然OKだよ」


「それでは申し訳ありませんが、しばしお時間を頂戴いたします。出来るまでの間、お二方ともお寛ぎくださいませ」


 ぺこりとお辞儀をして台所に向かう紗夜ちゃん。うーむ…


「なんじゃ、微妙な顔をして。なんぞ不満でもあったかの?」


「いや、なんでもないよ」


 まあ、そりゃそうだよな。小雪ちゃんも紗夜ちゃんも普通に会話するよね。小雪ちゃんも紗夜ちゃんも俺と似たようなもんだと思ってたけど、立場を考えたらコミュ障なわけないよな。かたや万魔でかたや北条のお姫様なわけだし。紗夜ちゃんに至っては捨て猫ムーブなんてアグレッシブビーストチャージするくらいだし余計な心配だったようだな。よし、後は二人に任せて邪魔者はさっさと退散しよう。これはコミュ障だからではない、戦略的撤退なのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 部屋でゴロゴロして時間を潰している内に、軽食を作り終えた紗夜ちゃんが呼びに来たので居間へと向かうと、小雪ちゃんと知らない女の子が二人がいた。


「来たか。お主に紹介しておこう。こやつらは儂の護衛じゃ。要らぬと言っておるのじゃが聞く耳を持たなくての。こまったやつらじゃ」


「当たり前です。ただでさえ郷外から多数の人が来てるんです。万魔様に近づこうと考える不埒な輩がいないとも限りませんから」


「そうだよ万魔さま。何かあってからじゃ遅いって鏡花お姉ちゃんがいつも言ってるもん」


「ひまわり、公私は分けなさいっていつも言ってるでしょ。そんな砕けた話し方じゃ万魔様が舐められちゃうよ!」


「大丈夫だよ奈々ちゃん。お兄ちゃんは万魔様を舐めたりしないよね?」


 流石にペロペロ舐めるのはちょっと…もふもふはしたいけども。というかなんだこの子。初対面の俺をお兄ちゃん呼びとか一体何を考えてるんだ。


「ほれ、お主たちが誰か分からんで困っておるぞ。はよう自己紹介せんか」


「はい!失礼しました万魔央様。私は万魔十傑衆第七席、七海奈々です。本日は護衛を務めさせて頂きます。よろしくお願いします!」


「わたしは万魔十傑衆九席の九重ひまわりだよ。よろしくねお兄ちゃん!わたしの事覚えてる?わたしはずっとお兄ちゃんに会いたかったんだよ!」


 覚えてるもなにも、会った記憶がないんだが…大丈夫かこの子。頭お花畑の住人かな?


「こらひまわり!そんな口調じゃ失礼でしょ!それに私たちの事なんて覚えてるわけないじゃない。出会って早々やられちゃったし…あ!これ言っちゃダメなやつだった…」


 七海奈々ちゃんと言ったか。こっちはまともっぽいな。年齢的には紗夜ちゃんと同じくらいかな?勝気な口調とうっかり属性を合わせもった面倒見の良いまさしく旧世代のツンデレといった所だろうか。ツンもデレもしてなくて礼儀正しいけど。髪型もサイドテールだし。金髪じゃなくて茶髪だし…色々と惜しい子だな。


 そしてこっちの頭おかしいのが九重ひまわりちゃんか。言動よろしく見た目もフワフワしてるな。これだけならぽわ子ちゃんで済ませるんだが…持ってる人形が問題だな。何で持ってきてるかはともかく、滅茶苦茶見覚えがある服着て仮面付けてるんだが…ちょっと再現度高すぎない?どこで売ってるのそれ、作ってる所壊しに行くから教えてくれない?


「ご丁寧にどうも。万魔央です。ところで二人とは初対面だと思うけど違ったかな?ちょっと記憶にないんだけど」


「いえ…その…初対面かどうかと聞かれたら初対面じゃないですけど、ほとんど一方的に知ってるって言うか…万魔央様と会うのが初対面というか…」


「最強仮面さんが天獄殿に来た時に、ちょっとだけ会ったんだけど覚えてないの?すぐ負けちゃったから当然かなぁ…自己紹介も出来なかったし」


「ちょっとひまわり!それ言っちゃダメなやつ!北条さんもいるんだよ!?」


 ああ…十傑衆って言ってたし、天獄殿襲撃の時のアレか。残念ながら無常さんくらいしか記憶にないんだよね。というかこの子たちもあそこにいたのか?意外と万生教も人手不足なのだろうか。こんな子どもが十傑衆とかさ。まあ年齢=強さじゃないのは俺自身良く知ってはいるけども。


「心配しなくても紗夜ちゃんも知ってるから大丈夫だよ。ただそれの事は言いふらさないでくれると嬉しいかな。もうみんな忘れてるかもしれないけどね」


 ひまわりちゃんの持っている人形を指さして願いする。そいつの出番はないに越した事はないからな。ひまわりちゃんは人形の仮面を外しながらニッコリ笑った。


「わたしとお兄ちゃん、二人だけの秘密だね!」 


 うん、ここにいる全員知ってる事なんだ。あとその仮面外せるんだね…

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