第97話 天獄杯当日 

「はぁ…一体なにやってんのさ。今日が何の日か分かってる?」


 脱衣所から4人を追い出した後、朝食の前に居間でお説教をする事にしたわけだが。流石に今回はアウトだろう。覗きだぞ覗き。そういうのは修学旅行とか合宿で、友達と一緒に説教と今後の学校生活を投げ捨てる覚悟でやるもんだろうに。あれ、間違ってない?…いやいや、少なくとも女の子がするもんじゃないだろう。だよな?


「れーくんがいつまで経っても戻ってこないから心配になって…」


「レナちゃんには俺の事は気にしないでって言っておいたはずだけど」


「でもでも!烏の行水のれーくんが温泉に行ってから30分以上経ってたし。朝ご飯の用意もしてるってレナちゃん伝えてたんでしょ?戻ってこないし心配になるのは当然だよ」


 そんなに温泉に入ってたのか。いや温泉で30分くらいは普通じゃないのか?あれだけ静かで気持ち良ければ時間なんて忘れて浸かるもんだろう。シャワーや自宅のお風呂とは違うよ流石に。


「ここは天国の間。他に宿泊客がいる旅館やホテルとは違う。万が一を考えれば様子を確認するのは仕方のない事だと思う」


「万が一がないとは断言できないから百歩譲ってそこは良いけどさ。そもそもの話、脱衣所から声なり掛ければ済む話じゃない?」


「そう言われればそうとしか言えない。だけどわたしも折角なら一緒に温泉に入りたかった。れーくんに配慮して水着もちゃんと着てから確認に向かった」


 なんという事でしょう。早々に日向さん家の奈月ちゃんは建前を投げ捨ててしまっているではありませんか。そもそも万が一を考えてれば水着に着替える余裕などないから当たり前だけど。人工呼吸前に歯磨きするようなもんだろうよ。


「万魔様にはちゃんと確認した。ここにある温泉は混浴可だから問題ない」


「うむ。そもそも儂以外に使う者はおらんかったしの。男もお主以外におらぬし、混浴で問題ないじゃろ」


 そういう問題じゃないだろ。俺は天獄郷にいる間、毎日襲撃者に怯えながら温泉に入らなきゃ駄目なのか?折角の癒され空間にそんな不安を持ち込みたくないんだが。


「次からはちゃんと声掛けて確認するように。一応言っておくけど声掛けると同時に入ってくるとかそういうのもなしだから。そんな事したら天国の間出禁にしてもらうからね」


 天国の間出禁とか凄いな。ある意味最も意味のない行為だと思うわ。


「分かった。でもそうなると混浴出来ない」


「それは困るよ!今日はいきなりだったから覚悟してなかったけど、ちゃんと混浴プラン考えて来たのに!!」


「素直に混浴してくださいとお願いすればいいでしょう」


「事前に言ったられーくんが頷くわけないじゃん。どうしよう、こうなったら万魔様権限でここの温泉は混浴しないと入れないようにしてもらうしか…」


「天獄郷には温泉なんて沢山あるでしょう。そんなに混浴したいならそちらに行けばいいと思いますが」


「れーくん以外の男の人と混浴なんてありえない。お父さんや弟でも無理」


 急に家族に流れ弾飛んだな。まあ俺もあーちゃんがどこぞの馬の骨と混浴など絶対に許さんがな。


「こうなったら…使うしかないね。れーくんが何でも言う事聞いてくれる券を!!」


「は!?あーちゃん正気?」


「勿論正気だよ!れーくんには天獄郷にいる間、私たちと混浴してもらうよ!!」


「いやいやいや無理だから。流石にそれは出来るだけ言う事聞いてあげます券では聞いてあげられないから。あーちゃん達と毎日混浴とか冗談じゃないよ」


 風呂は一人で入るから疲れが取れるんだよ。しかもよりによって混浴だと!?色んな意味で俺の精神がもたないわ。


「そんなぁ…だってこういう機会でもないとチャンスないし…うぅ…ぜったいだめ?」


 くっ…なんというおねだり上手。うちのあーちゃんは可愛いなぁ!!でも駄目なものは駄目だから!!


「…一回だけね」


「本当!?やったね奈っちゃん!大勝利だよ!!」


「あと、水着は着用するようにね」


「それは…仕方ないね。これ以上要求したら断られちゃいそうだし」


「ありす、見事なドアインザフェイス。もうありすに教える事はない」


 ドアインザフェイス…だと!?いやいや、俺が勝手に折れただけだから違うんじゃないだろうか。それにしてもおかしいな…メイド喫茶事件からこっち、似たような展開ばかりな気がするぞ。説教するはずが有耶無耶になってるし…まあいいや。折角の旅行なんだから多少の我儘は聞いてあげるのが男の甲斐性というやつだろう。普段から食事や掃除して貰ってるし、その対価と思えば許容範囲内なのではないだろうか。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「で、今日から天獄杯だけど、あーちゃん達は時間大丈夫なの?何時からやるか知らないけど」


「時間?大丈夫じゃないよ。早くご飯食べて集合場所に行かないと」


「えぇ…大丈夫じゃないのに混浴がどうこう言ってたの?」


 混浴以下の扱いとか、流石に天獄杯と出場してる人たちに謝るべきでは?何十年と続いてる由緒正しい全国大会だぞ。


「天獄杯も大事だけど混浴も大事だからね!」


「天獄杯なんて些事。わたしはどうでもいい」


 なっちゃんは立ってるだけだからそうかもしれないね。 


「お主はどうするんじゃ?」


「俺?どうすっかなぁ。選考会の時と違って応援行ったら面倒そうだしパスかな」


「え~、れーくん来ないの?」


「選考会の時は応援以外にも目的あったから顔出しただけだし、優勝したらご褒美あるんだから応援しなくてもやる気あるでしょ?TVで応援してるから頑張って」


「むぅ、優勝目指して頑張るけど!頑張ってる所もちゃんと見て欲しいのに!!」


「私もれーくんに下賜して頂いた刀のお披露目になりますし、見に来て頂けたら嬉しいです」


「わたしの雄姿も見て欲しい」


 雄姿?確かに全国放送で一人だけ立ってるだけというのは勇気あるな。控えめに言って晒し者では…確かになっちゃんはこのPTのマスコットとして欠かす事の出来ない人材だが、世間がそれを容認するかはまた別の問題だしな…


「御義姉様方、頑張ってください。私も主様と一緒に応援しておりますので」


 ああそうか、俺が行かないなら当然紗夜ちゃんも行かないのか…一人で好きにしていいよと言っても、おそらく天獄殿から外出しないだろうし。何なら今ここに居るからこのまま天国の間に残る可能性もある。うーむ、どうしよう。俺一人なら行かない一択なんだが。


「ちなみに万魔はどうするの?いつも通りここで引き籠りだよね?」


「儂か?儂は天獄杯期間中は会場に出向くぞ。なにかあった場合問題じゃからの」


 なんだと…そうなるとここに残るのは俺と紗夜ちゃんだけになりかねないと?他人の部屋に二人きりでお留守番とか気まずいなんてもんじゃないんだが。


「仕方ない。気が乗らないけど俺も行こうかな。万魔と一緒なら変な輩に絡まれることもないだろうし。紗夜ちゃんはどうする?」


「主様が行かれるのでしたら、私もご同行させていただければと存じます」


「死ななきゃ大丈夫だけど、三人ともなるべく怪我しない様に頑張ってね」


「任せてよれーくん!私の魂喰らう死神の大鎌・餐式が火を噴くよ!」


 そんな機能はない。あとその名前は言わないでくれ。


「もう一つの方は使っちゃ駄目だからね。死ぬから」


 俺のメンタルが、ではなく、相手がである。


「もちろん!!ぜっ


「言わなくていいから」

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