第96話 現状確認

 ――――――最悪の寝覚めだ。まさか小雪ちゃんと初めて会った時の事を夢に見るとは…消えろ黒歴史!俺の記憶から跡形もなく消え去ってくれ!!あの頃の俺はどうかしてたんだ!与えられただけの力を得意げになって振りかざす痛いお子様だったんだよ!!


 通過儀礼の一種とでも言えば良いのか。突然降ってわいた超常的な力が使えるようになれば、好き放題使ってみたくなるのはむしろ当然だし、その結果が良好なら調子に乗るのも当然と言えよう。降って湧いた力に翻弄されるのは転生者のお約束みたいなもんだし。相手になる人が周りに誰も居なかったのもそれに拍車を掛けて当然だよな。だから俺は悪くない。悪いのはこの世界だろう。魔法が使えるのが悪い。モンスターなんているのが悪い。ダンジョンなんてあるのが悪いのだ。そもそもの話、なんであんな噛ませ犬増長ムーブが成功してんだよ!!普通あそこはボロ雑巾の如く負けて、自分の未熟と至らなさを痛感するところだろうに。


 もしあそこで負けていたらどうなってたんだろうな。とりあえず毎年再戦する為に天獄郷に行ってただろう。貰ったチートを成長させる方法も考えたと思う。あーちゃんもほったらかしにして強くなるための努力ってやつをしていただろうし、近接戦闘の訓練なんかもしてたかもしれない。そしてその結果生まれるのは、友情・努力・勝利・才能を網羅した王道主人公路線な俺というわけか…女の子のピンチに颯爽と現れ無自覚に惚れさせ、男のライバルと殴り合って友情を深め合い、ヒロインの為に強大な敵に立ち向かい、仲間と共に禁忌領域を解放する。ふむ…勝って良かったぜ!!


 小雪ちゃんに勝てたからこそ、この自堕落で平穏な生活を手に入れる事が出来たと思えば、葬り去るべき黒歴史にも存在価値はあったのかもしれない…忘れたい事に変わりはないが。最近またぞろ騒がしくなってきてる気はするが、まだ許容範囲内だ。少なくとも日常を侵食はしていないからな…していないはず…していないという事にしておこう。


 はぁ…めっちゃテンション下がったな。二度寝する気も起きないし…仕方ない、起きよう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

         


 部屋を出ると朝食の用意をしているレナちゃんがいた。なんでいるんだろう。ここは天国の間の筈なんだが。


「おはようございますれーくん。こんな時間に起きて来るなんて珍しいですね」


「おはようレナちゃん。なんでか目が覚めちゃってね。二度寝する気も起きないから仕方なく起きたよ」


「朝ご飯はもうすぐできますから、良ければ座って待っていてください」


「あれ?ご飯って黒巫女さんが作るんじゃないの?」


「料理のシフトは天獄杯が終わってからだそうですよ。今日のご飯は紗夜さんが作っています」


 紗夜ちゃんもいるんだ…まあそりゃそうか。そもそもレナちゃんだけで天国の間に来るとは思えないし。朝からここに来ようなんて言い出したのはあーちゃんかなっちゃんだろう。リップサービスをまともに受け取る奴は強いな。俺も言質を取られない様に気を付けよう。


「旅行に来てるんだからわざわざそんなことしなくて良いのに」


「好きでやっている事ですから」


 地産の料理をちょっと期待してたんだけどな。まあいいや、後のお楽しみに取っておこう。


「とりあえずシャワー…いや、折角あるんだから露天風呂に入ってこようかな。俺の事は気にしないで良いから」


「はい、いってらっしゃいれーくん」


 うーむ、このやり取りはまるで新婚さんいらっしゃい…いや、世話焼きお母さんだな。あーちゃん達の面倒を見ていればそうもなるか。まともな奴ほど苦労するのは何処の世界も変わらないな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 …はぁ…生き返るぜ。朝から温泉とか最高か?誰に憚る事もなく独り占め出来るって最高だな。誰もいないからぷかぷか浮かんでも問題ないし。これが普通の旅館やホテルじゃこうはいかないからな。惜しむらくは家に帰ったらこれが味わえなくなってしまうという事か…気が向いた時に好き放題一人で入れる温泉なんて家にはないからなぁ。やはり一人は気楽でいい。思えばレナちゃんを助けに行ってからこっち、こんなにゆったりゆっくりした事はなかったかもしれない。


 ワンダラーエンカウントに始まり、あーちゃんの配信者デビュー、天獄郷強襲、超特特待生で探学に入学して、最強仮面バレしてレナちゃんとなっちゃんが隣に住むようになって、北条が喧嘩売ってきたから返り討ちにしたら紗夜ちゃんが家にやってきて、年に一度のお仕事先がメイド喫茶になってて…半年足らずなのになんでこんなにイベント起きてんだろうな。こんなはずじゃなかったんだが…世間が俺に関して騒いでないのとあーちゃん達がダンジョンで襲われてないだけまだマシか。


 前者に関しては野生の熊にわざわざ喧嘩売るような馬鹿は流石にいないという事だろう。マスゴミ連中も大人しいしな。しかし喉元過ぎれば熱さを忘れ、大人しい相手には調子乗り、自分が被害を被らない限りは寝言でマウントを取るのが人という生き物。熊やハクビシン、イタチやアライグマみたいな見た目が可愛いだけの害獣を殺処分したら文句を言うような阿呆は何処にでもいるからな。悲しい事にいずれ北条の後追いをする馬鹿が現れるのは間違いないだろう。まあウザい奴は誰であろうと潰すけど。一般人だろうが老若男女関係ない。俺は男女平等パンチ主義者でありたいと思っているんでな。


 あーちゃん達のダンジョン探索に関しては、今のところは大丈夫かもしれない。そもそも入場管理してるんだから探恊が管理してるEやD級ダンジョンであれば襲われるというのはまずないだろうし。万が一があるから探恊通いは継続するけども。やらない時に限って面倒事は起こるもんだからな。過保護すぎてどうかとも思うが、やらずに後悔するよりはやって後悔した方がいいだろう。なにより俺だけ家にいると紗夜ちゃん外出しないからな…俺が気にする事ではないけど友達とかいるんだろうか?部活も入ってないみたいだし、いじめられてたりしないよな?その辺はあーちゃんがケアしてくれてるだろうけど。


 …しかしたった半年で随分俺の周りも賑やかになったな。周りにいるのが女の子ばかりというのが問題だが、そもそも俺に友達なんていないから仕方ない。子どもの時ならともかく、今更男友達なんて作ったらあーちゃん絡みで絶対面倒くさい事になるだろうし。そもそも対等な関係なんて築ける気がしない。まあゲームとネットがあればいくらでも暇つぶし出来るし、無理して作る必要はないだろ。人は一人では生きていけないが、それはインフラ関係の事であって精神性ではないのだ。そう、なぜなら俺には小雪ちゃんという精神面で数百年ボッチしてる先輩がいるからな。小雪ちゃんに比べれば俺なんて所詮十数年、前世含めても半世紀すら経ってないまだまだペーペーの下っ端よ。これで独りはつらたんとか甘えにも程がある。


 それになんだかんだであーちゃんはずっと一緒にいてくれてるしなぁ。レナちゃんやなっちゃんも短い付き合いとはいえ、もう他人という括りではないだろう。紗夜ちゃんもそうなるだろうし。この付き合いがどこまで続くかは分からないが、強引に破綻させるようなものでもないだろう。多少賑やかになったが、これはこれで悪いものではない気もするし…ん?


「ちょっと奈月!流石にこれ以上進むつもりなら実力行使しますよ」

 

「大丈夫、問題ない」


「問題しかないから言ってるんです!」


「れーくんがいつまで経っても戻ってこない。もしかしたら温泉で寝落ちしてるかもしれない。お風呂で寝たら溺死する可能性がある。そうでなくてものぼせて意識が朦朧としてるかもしれない。心配しなくても人工呼吸の仕方はネットを見て勉強したから問題ない。れーくんの命は私が守る」


「あなたは単に混浴したいだけでしょう?」


「やましい気持ちがないと言えば嘘になるけど心配しているのも本当。ちゃんと水着に着替えてるから安心して。でもれーくんが望んだら脱がざるをえないから、そこは勘弁して欲しい」


「ななな奈っちゃん本気!?当然れーくんは裸だよ!?水着なんて着てないよ!?」


「ありす、いざとなったら怖気づくのは分かる。ましてやありすのスタイルでは躊躇するのも無理はない。無理強いはしないからありすはそこで待っていればいい。わたしは行く。進まずして掴めるものなどなにもない」


「はぁ!?私は普通だから!Cはあるから!!スタイルに関して奈っちゃんにだけは言われたくないよ!!」


「ふん。ありすみたいになんの面白みもない平均値に価値などない。わたしは自分のスタイルに絶対的な自信がある」


「ぺったんこじゃん!!」


「ありすは分かってない。れーくんの師匠である万魔様もぺったんこ。つまりぺったんここそ最強。異論は認めない」


「異論しかないよ!レナちゃんも言ってやって!普通が一番だって奈っちゃんに分からせないと!」


「ありす御義姉様、奈月御義姉様に納得頂くよりも、主様の好みが一番大事なのではないでしょうか?」


「確かに…よし!それなられーくんに聞こう。そうすれば全部解決だよ」


「望む所。ここで敗北を教えて天獄杯前に厄落としをさせてあげる」


「奈っちゃんこそ、現実に打ちひしがれてPT戦に参加出来ませんなんて泣き言は聞かないよ」


 あーちゃん達は一体何をやってるんだ…一俺はゆっくり温泉に入る事すら出来ないのか。はぁ…仕方ない、とりあえず声かけて上がろう。これで済ませてしまう辺り、俺も変わったという事か。

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