第18話 資金の調達
かつて、仲間に対して最初に教えたのが、屋内に入る際は必ず二人以上で行け、ということだ。これに関しては、染みつくまで何度も何度も口にした覚えがある。
退路を確保しろ。
目的を達成するよりも、生き残ることを大前提とした行動であり、時には、目的よりも優先順位の高いものだと教え込んだ。それをわかっていないと、単独で屋内に入ることは――まあ、できないと考えても良い。
退路を見つけることも、作ることも、確保することも、意識がなければどうしようもない。
逆に言えば、意識してできるようになれば、単独で入ることもできる。
建造物を調査して、周辺情報を得て、仕込みをした上で最悪を想定し、最後に内部の人数や配置を把握しておけば、準備完了だ。
屋内に入り、目的の二階に行くまですれ違ったのは一人、そしてもう一人は便所にいた。見つからずに行けたのは技術もあるが、幸運もある。
そもそも、敵の侵入を想定していない。それはそうだ、ここは彼らの領地なのだから、敵なんていない。
目的の部屋は大きな広間になっており、ソファに座っている男女が一組。パイプ椅子に座っている男が一人――。
「なんだぁ?」
パイプ椅子にいた男が立ち上がる。さすがに今のエンスは子供だ、体格差がかなりあったが、怖くはない。
「よう、邪魔するぜ」
「ガキが来るところじゃねえよ、帰れ。痛い目に遭いたいのか?」
「安心しろ、お前みたいな三下に用はねえよ」
「そうかい」
胸倉を掴まれ、逆の手が拳を作る。
だが、顔に振り下ろされる前に、手首と腕に隠すよう持っていたナイフを、男の喉に突き刺し、ため息と共に拘束から逃れると、男の腰にあったナイフを抜く。
強い力は必要ないが、子供の腕力なんて知れている。だから骨を避け、できれば筋肉も避けて、可能な限り致命傷になりうる一撃が通る場所を選択した。
反応したのは、ソファに座った男だ。
エンスがするりと抜けてきた時点で、黒色の――拳銃を抜いており、銃口をエンスに向けて。
エンスの判断は早い。
左足の踏み込みによって、かかと、膝、腰までの骨が軋むような音を立て、激痛を発生させるがお構いなしに突っ込む。
左手に持ったナイフは顔の前に立てて構え、銃弾の軌道を見極める指針とし、ナイフの側面で銃弾を弾いた。
螺旋を描くように飛来する銃弾を逸らすなら、ほんの少し、横から力を与えればいい。それこそ触れるくらいで構わないのだ。
二歩目は加速せず、勢いをそのまま繋ぐだけ。ナイフをそのまま彼らの前にあるテーブルに突き刺して制動、やはり左腕に痛みはあったが手を離し、くるりと彼らの頭上を旋回するようにして勢いを殺しつつ。
お得意の
小型の
M39チーフスペシャル。
かつては、隠し持っておくサブウェポンのような扱いに限りなく近かった。デリンジャーのよう袖口に仕込むほど小さくはない。
「さて」
どさりと、ようやくそこで、最初の男が地面に倒れ、動かなくなった。
「おっと、忘れてた」
改めて立ち上がり、ナイフを引き抜くと、ガラステーブルは思い出したよう音を立てて、一斉に割れた。
「ああ悪い、怪我はないか姉ちゃん」
「――ええ大丈夫、ありがとう」
「じゃ、いくつか確認と要求が一つ。俺は国を出ようと思ってるんだが、先立つものがなくてな? ここで、お前らの
「……それだけのために、単身で来たのか、小僧」
「おう」
嘘ではない。
「まず聞いておきたいんだが、薬を売ってんのは、お前らじゃないんだな?」
「違う。それに関してはこっちも困っているところだ」
「孤児を商品にしているんだから、当然か。こいつは確証がない、単なる俺の予想だが、材料を外から仕入れて、中で完成させてる。場所は街の地下、つまり下水だ」
「……」
「というわけで姉ちゃん、情報は鮮度が命だぜ? でけえ釣りをするなら、余計にな」
「あら――」
彼女の口の端が、つり上がる。
「――気付いてたのね」
「見りゃわかるさ。隠してるなら気を付ける」
「そうしてちょうだい」
彼女が、ここのボスだ。エンスが来て、何もせず、動じず、状況の推移を見守っていただけの女性だが、彼女だけ。
エンスの踏み込みに使った左足の負傷に気付いている。
「でも、どうかしら。さすがに殺すのはやり過ぎでしょう?」
「あ? なに言ってんだ? 2、3人殺して見せしめにするなんて、お前らがよくやる手段だろうが。同じことをされて文句を言うなよ」
「……、……それもそうね。でも私以外はどうかしら」
「ああ、それな」
そこで、一人の青年がやってくる。
「ボス、なんか音が――イザック? おい! イザック!」
彼は倒れている男に近づき、躰を揺らすがもちろん反応はなく、すぐ仰向けにしようと動かして。
空気が破裂するような音と共に、吹き飛ばされ、柱にぶつかった。
「ん、威力は抑えたから気絶してるだけだろ。思ったよりうるせえな」
「――」
「錬度が低いぞ、姉ちゃん。
「……、五万くらい用意して」
「いいのか?」
「情報料も含めてね。ああ、子供が持ち運べるように」
「わかった」
裏口から男が出て行って、彼女は大きくため息を落とした。
「あなたなら、身内の裏切りをどう見つける?」
「釣りの話か? まあ、人数集めて話した時点で、一番最初に動いたやつとか、現地での動きもあるが――簡単なのは、誰にも言わず、極秘で、少人数で全て先に解決させておくことだ」
「――何食わぬ顔で、見つかったと言って動かすわけか。あとは現地で見極めれば良い」
「トップのやることは、裏切りの粛清だろ。こんなのはセオリーだぜ、日ごろから五つくらいのパターンを用意しとけよ」
「ははは、言葉もないね」
「お前らの事業としては、ガキを研究所だか訓練所に送るか、商品として育てるか、ここで過ごせるよう育成するか――その三種類が大きなところか?」
「あら、知ってたのね」
「俺がここで過ごしてたと、言ったはずだ。ま、身なりを整えるために一度外に出たけどな。ちなみに俺なら訓練所送りか?」
「いいえ? 支度金を持たせて、丁寧に送り出すわ。――二度と戻って来ないよう、念押しをしたいくらい」
「賢いな、姉ちゃんは。長生きするぜ」
「そうありたいけれど……ちなみに、屍体はここに一つだけかしら」
「ん? 今のところはな」
言って、くるりと手元のナイフを回し、また掴む。
「必要がねえなら、殺しもしねえよ」
「そうあって欲しいわね」
そこで男が戻ってきた。手にしていたのは小さな背負い式の荷物袋だ。
「ほれ」
「おう、ありがとな」
受け取ったエンスは、口を開いて拳銃を中に入れてから、背負った。
「あら、確認は?」
「屍体の横で金勘定するのは間抜けだぜ」
さてと、ナイフを右手から左手へ。
「金を受け取った以上、俺はここから出ていく。もう関わることはねえだろう」
「そうしてちょうだい」
「ただ、忠告はしておく」
一応まだ、宿に戻って解約しておく必要もあるし、乗り合い馬車は嫌なので徒歩になるが、食料くらいは買っておきたい。
そうでなくとも、言っておく必要はある。
「俺は、――敵に容赦をしたことがない。頼むから面倒を増やすなよ?」
じゃあなと言って、背を向ける。
彼女たちはそれを見送った。
※
大きな吐息を落としたのは、一体どれくらいの時間が経過してからだろうか。
男はそれを聞いて、彼女の隣に腰を下ろす。
「よかったのか?」
「ああうん、限りなく被害は最小限で済んだ。五万じゃ少なかったかもね」
「こちら側に招き入れる案は?」
「途中までは考えてたけど、あれは駄目。いつの間にか全権を握られて、気分次第で壊されて終わり――そもそも、一ヶ所に留まるタイプでもなかった」
「……神の落とし物だろう、あれは」
「おそらくね。確定はしないでね? それを訊ねて、――肯定されるのが怖かった」
彼女は散らばったガラスの中から煙草を手に取り、火を点ける。
「肯定されていたら、こっちは生きてなかったでしょうね」
「…………」
「あなたも、よく撃ったね」
「反射だ。イザックがやられたと、思った時にはもう撃っていた」
「その行動は正解よ。反応されるとは思ってなかったけど、ね。まあ、大きな損失がない以上、こっちからの干渉はない。たぶんだけど、ほかに仕掛けもあるだろうし」
「仕掛け?」
「言ってたでしょ? 日ごろから五つくらいのパターンは用意してるって。これたぶん、最低限の話であって、それ以上は考えてる。最悪、人海戦術で、あるいはこの場に十数人が存在していたとしても、あの子は切り抜けるだけの準備をしてたはず」
「……そう考えてみりゃ、確かに、被害は最小限か」
「というわけで、今回のことはさっぱり忘れて仕事に取り掛かりましょう」
「地下か。人員を選出するか?」
「それはまだ。訓練所で使ってる薬の出所が軍である以上、こっちと立場は同じはず」
「――こっそり稼いでるヤツがいる」
「そういうこと。まずは信用できる相手に、定期報告のフリして相談してみるわ。まだ陽も高いし、今日から動けるのは幸いね」
言って、彼女は立ち上がり大きく伸びをした。
「あとは、いつも通り」
「おう、いつも通りな。イザックの片づけはこっちでやっておく」
「お願いね」
事故のようなものだ。あるいは、災害が発生しただけ。
彼らはそうやって日常に戻る。
その後、十年以上、エンスと再び顔を合わせることはないし、話題になることもなかった。
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