第五六〇話 昨日の今日

「もー! 信じらんないっ! 昨日冒険はじめたばっかりなのに!!」


 まだ日も顔を出さぬ時間帯。おもちゃ屋さんの中に、そんなモチャコの叫び声が響いた。

 理由は唐突に決まった、仲間たちとの中間報告会であり、その予定を彼女へ告げたことであった。

 私としては、みんなに会えるからとソワソワしっぱなしで、モチャコへの配慮がすっかり疎かになっていた。素直に反省である。

 彼女としては、昨日長い旅の一歩目を一緒に歩んだばかりで、当然今日もグランリィスを目指す旅路をともにするものだと信じていたのだ。

 それが突然、今日はみんなと会うから中止! なんて言われちゃ、そりゃ腹も立つだろう。ドタキャンってやつだ。

 これにはゼノワも、お前が悪いと頭の上でベシベシ叩いてくるし。全く返す言葉もない。


 どうにか良い落とし所を用意できないかと、腕組みをして考えた結果、一つのアイデアがポロンと閃いた。

「そうだ、それならコミコトと一緒に冒険するっていうのはどう? 私本体がみんなと合流するんなら、コミコトの手が空くから丁度いいと思うんだけど」

 そのように提案してみれば、モチャコはプンプンしていたのがしばし黙って逡巡し。そして、

「むぅ……それならまぁ、悪くないかもね」

「ガウ」

 と、興味を示してくれたのだった。ついでにゼノワも乗り気である。


 そんなわけで一応話はついたのだけれど。

「ところでさ、モチャコ」

「なにさ」

「『朝』って、具体的に何時からなんだろうね?!」

「…………」

 ソワソワソワソワ、一体何時頃オルカたちのとこへ向かって良いのか、目覚めてからこっちずっと落ち着き無く部屋の中を歩き回っている私。

 モチャコに文句を言われている最中だって、残念なことにこの足は止まることを知らなかった。


 いよいよ「はぁ……」と、盛大なため息を吐くモチャコ。

 そういうモチャコだって、既に冒険衣装を着てゼノワに跨ってるんだから、私と似たようなものだと思うんだけど。それは言わぬが花か。

 しかしながら、日記に『明日の朝迎えに行く』って書き込んでしまった私。

 考えてみたら、朝っていうのはそもそも何時から何時までが朝なのか曖昧で、どのタイミングでオルカたちのところへ向かって良いのか分からず、ずっと気が気じゃなかった。


 すると、呆れた風にモチャコが言うのだ。

「とりあえず、朝の修行をサボっちゃダメだから。行くのはその後!」

「あ、はい……」

 グゥの音も出ない真っ当な返しだった。

 そりゃそうだ。私にも朝のルーティーンってものがある。

 それを果たさずして出掛けるわけには行かなかった。緊急事態ってわけでもないしね。



 斯くして精霊術の修行やゼノワのごはんなんかを済ませ、何やかんやで時刻は午前八時頃。

 そろそろ頃合いだろうということで、私は出発の支度を整え、久方ぶりとなるマップウィンドウを展開したのだった。

「おぉ……ぉぉぉ……」

 その瞬間、自分の手書きマップとのあんまりな差に、変な声が漏れてしまった。

 3Dマップである。拡大縮小アングルも自在に変えられるし、ディティールも細かい。色もついてる。

 謂うなれば、オープンワールドのフィールドモデルが自由に観賞できる、みたいな感じだろうか。

 便利とかいう次元の話じゃないじゃない。

 試しに、手帳を引っ張り出して手書きの地図と見比べてみる。

「……ッスゥゥゥ…………」

 取り敢えず、見なかったことにしておこう。比べるようなものじゃないもの。うん。


「ミコト、まだ行かないの?」

「あ、はい。行きますっ」

「グラ」


 モチャコに首を傾げられ、慌てて我に返る私。

 急ぎマップを操作して、オルカたちが潜っているダンジョンを探した。

 彼女らもマップウィンドウの使用には縛りを設けていたけれど、しかし共有化を解除していたわけではない。

 そのためマップにはちゃんと、彼女らが辿った軌跡が記されているし、ダンジョンの位置を見つけることも容易だった。


 しかしマップをスクロールする過程で、ふと気になる情報が目に止まり、私は小さく首を傾げて手を止める。

 皆が潜っているダンジョンとは別の、野良ダンジョン。特級でもなんでも無いそれに、ちょっと見慣れない表示を見つけたのである。

 ダンジョンを示すアイコンの下に、謎の☆マークが並んでいたのだ。金色の星である。それが三つ……。

 なんだか、レア度を示してるみたいで妙に懐かしい気分になった。ガチャかな? ダンジョンガチャ?

 いや、そんなはずはないか。でも、以前までは見なかった表示だ。

「……もしかして、マップスキルのレベルが上った……?」

 小さく独り言ち、取り敢えずオルカたちの潜っているダンジョンを探す。


 見つけた。そこにも当然のように、星の印があり。

 しかしこちらは金色ではなく『★』。すなわち、赤色の星だった。それも、一つだけ。

 何となくだけど、察しはついた。仮説にはなるが。

「ひょっとして、レア度じゃなくて『難易度』を示してるのかな? 星の色が違うのは、特級だから……とか?」

 それで言うと、オルカたちが潜っているのは特級の一つ星ダンジョン。

 最大で星幾つかはまだ判然としないけれど、星一つなら一番低いってことだろう。確かに特級危険域でも浅い地域にあるダンジョンだしね。

 でも、だとするとこれ、ダンジョンの難易度がマップで確認できるようになったってこと?

 めちゃくちゃ助かるんですけど! 後で色々検証しなくちゃ。


 って、そんなことより。

「それじゃ、行ってきます!」

 師匠たちとゼノワに改めてそう告げてから、私はようやっと転移スキルを発動。

 オルカたちの潜る、屋敷の特級ダンジョン前へと一瞬で移動したのだった。




 転移早々、私の目に飛び込んできたのは一枚の豪奢な扉だった。

 両開きのそれは、正しくどこかのお屋敷の扉然としていて。

 それがポツンと草原の真ん中に、何の脈絡もなく存在しているものだから、まぁ奇妙である。違和感しか無い。

 でも、こういう不思議な感じ、嫌いじゃない。何かの演出みたいで良いじゃない。あ、中二心が疼いちゃうな。

「気分はまるで聖地巡礼だね」

 先程マップウィンドウで現地の様子を確認したというのもあるのだけれど、それ以前にソフィアさんが写真を撮っておいてくれたので、すでにこの景色を私は知っているのだ。だから実際訪れてみると、なんだか妙な感覚を覚える。

 知らないのに知ってる場所へやってきた、っていうアレだ。ここテレビで見た! みたいな。


「さて、それじゃ早速みんなに会いに行きますか……ド、ドキドキするな……」

 今日はゼノワがいないっていうのに、つい独り言が漏れてしまう。彼女はコミコトやモチャコと一緒に冒険の続きだ。

 傍から見た私は、ゼノワに話しかける時ってこうやって独り言を言ってるようにしか見えないんだよね。

 ただでさえ仮面をしていて怪しいんだから、その辺りはちょっと注意するべきかも知れない……。

 まぁ、そんな事よりも。


「よし……よし、いくぞっ! いくぞっ!」

 緊張しながら、いよいよフロアスキップのスキルを発動する。

 ギュムッと目を瞑ってスキルを行使すれば、次の瞬間には足元に柔らかな感触。しかし戸惑いはない。

 事前に聞いていたとおり、どうやらダンジョン内に敷かれているっていう絨毯を踏んだのだろう。つまり、転移は成功したってことだ。

 更にそれを裏付けるように、目の前には確かに四人分の気配があり。


 ソロリと片目ずつ開けてみれば……。

 そこには、懐かしい顔ぶれがワナワナと震えながら立ち尽くしていたのである。

 かくいう私も、彼女らの姿が目に入るなり、謎の震えが襲ってきて。

「あ……あっ……」

 と、言葉にならない声が喉の奥から漏れるが、向こうもそれは同じみたい。

 みんなでしばし、「あ……あ……」とコミュ障をこじらせた感じの奇妙な間合いを過ごし。

 たった二ヶ月会わなかっただけだと言うのに、どのように声をかけるべきか決めかねて、結果おかしなことになってしまっている。


 しかし、誰からともなくおずおずと一歩を踏み出せば、プルプルしながら皆ゆっくりと距離を詰め始める。

 勿論私も同様に、じわじわと彼女らに歩み寄っていき。

 しかし、不意にオルカがピタリと足を止め、スンスンと自身の匂いを確かめ始めた。

 これを機に、皆の動きが一斉に止まる。

 そうさ、冒険者と言えど女子だもの。まして、久々の再開ともなれば気にならないはずもなく。

 幾ら日々清浄化の魔法を使っているとは言え、心許なくなるのは当たり前だった。

 特に私なんて、お洗濯は自分で行っているわけだし。むしろ彼女たちよりも気になるまである。


「……………………」


 何とも言えない沈黙。

 そして。

 静かに目と目で通じ合った私たちは、しかと頷き合い。

 次の瞬間には既に、転移を発動していたのである。




 約二ヶ月ぶりのイクシス邸転移室。

 見慣れたはずのそこは、しかし随分と様変わりしており。

 部屋中に豪奢な飾り付けが施され、さながらお誕生日会かクリスマスパーティーめいた華やかな様相を呈していたのである。

 そして、私たちを迎えてくれたのは、イクシスさん、レッカ、スイレンさんの三人で。

 皆ぱっと笑顔を咲かせて私たちを歓迎してくれた。

 特にイクシスさんなんかは、流石の反応速度でクラウめがけて飛びつこうとしたのだけれど。


 バッと、そんな彼女を手で制するクラウ。

 ビクッと急停止するイクシスさん。

 何事かと目を丸くするレッカとスイレンさん。

 そんな彼女らへ向けて、クラウの第一声が発せられた。


「先ずは風呂だ! 話はそれからにしよう!!」


 女所帯である。当然、誰から異論が出るでもなく。

 私たちは一も二もなく大浴場へと直行したのだった。

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