第五五八話 旅のおとも

 小さな丘が幾重にも重なる丘陵地帯。

 そんな春草の香る風景の中に立ち、既に随分と小さくなったリィンベルの町を、私とゼノワは遠く眺めていた。

 町を出てからまだ三〇分と経たないけれど、基本駆け足で移動するものだから、遠ざかるのも早いものである。それがちょっぴり切ない。

 しかしまぁ、ちゃんとお別れはしてきたからね。武具屋のおじさんにも一応挨拶したし、思い残しなどはない。


 それはそれとして、である。

 私は気配察知のスキルで周囲を探り、その上で念入りにゼノワにも、

「大丈夫だよね? 誰にも見られてないよね?」

「ガウ」

 と確認を取った上で、マジックバッグからいそいそと、とあるアイテムを取り出した。


 それは、一見すると小さな卵。サイズはウズラの卵と同じくらいか。色は白と水色のファンシーな感じで、何も知らない人がこれを見ても、精々が「変わった卵だね」って感想しか湧いてこないだろう。

 しかしながらその正体を知っている私としては、取り扱いには慎重にならざるを得ない。

 改めて周囲をキョロキョロと見回した私は、徐に卵を指で撫でて、キーワードを唱えた。

「『孵ってどうぞ』」

 すると、その途端である。卵に劇的な変化が生じたのだ。


 変形である。孵化とかではない。卵が一旦バラバラに展開し、複雑なパーツに別れたかと思えば、ガシャガシャと独りでに組み上がり。

 そうしてアレヨアレヨと、一つの形を完成させたのだ。

 私の手の平の上に乗ったそれは、小さなドアだった。

 サイズ的には正に、小人用のドアって感じ。デザインも優れていて、とても可愛らしい見た目の子供ウケしそうな意匠が施されている。

 しかしながら、本当に小人用のドアってわけではない。

 それを裏付けるように、私にコレを持たせた当人が、早速ドアを開いて飛び出してきた。


 扉を勢いよく開け放ち、開口一番

「遅い! ミコト遅い! アタシ待ちくたびれちゃったんだけど!」

 なんて文句を言ってきたのは、そう。

 私の魔道具作りに於ける師匠であり、精霊術に関してもあれこれ教えてもらっている、妖精のモチャコであった。


 早速元気いっぱいあっちこっち飛び回り、テンションの高い彼女。

 そんなモチャコの様子を苦笑交じりに眺めながら、私は昨夜のことを思い返す。



 ☆



 リィンベルからの旅立ちを明日に控えた、最後の夜。

 そうは言えども鍛錬を怠るつもりなんて微塵もない私は、いつもどおりおもちゃ屋さんに戻り、スキルや技の練習の後、魔道具作りの修行に打ち込んでいた。

 そんな最中の事である。


「ミコトって次はグランリィスを目指すんでしょ?」

 と、突然問うてくるモチャコ。

 私は作業に集中しながらも、返事を返していく。

「んー? うんー、そのつもり」

「それって遠いの?」

「そうだねぇ。リィンベルからはかなり距離があるかなぁ」

「移動中って暇じゃない?」

「! そう、そうなんだよ! 聞いてよ! 鍛錬しようにも縛りがキツくってさぁ、やりたいことが全然出来ないんだよぉ!」

 グランリィスを目指す上で、一番のネックになっているのが移動である。

 普通の冒険者の苦労を知ることが目的の一人旅なれど、移動に時間がかかるってことはリィンベルでの活動中に痛いほど理解した。

 それが、グランリィスへの長旅と考えると、その道中私は一体何をしたら良いというのか。

 目下、私が一番頭を悩ませている問題だった。


 せっかく話を振られたので、これみよがしに愚痴を吐き、相談を持ちかける私。

「ねぇ、なんか良いアイデアって無いかな? 有意義な鍛錬を探してるんだけど」

 縋るような思いでそのように問いかけてみれば、モチャコはニヤリと口の端を釣り上げた。


 するとそこで、一緒に作業をしていたトイとユーグが首を傾げて、モチャコへ言うのだ。

「怪しいわね。ミコトが散々嘆いてきたことを、今になってわざわざ話題に上げるなんて……」

「臭うねー、モチャコが何か企んでる臭いがするよー」

 確かに、移動時間の手持ち無沙汰については、モチャコたちの前でしこたま嘆いてきた。

 移動中暇かどうかなんて、今更訊くまでもないようなことである。

 それを今になって問いかけてくるというのは、二人の言う通りちょっと不自然かも知れない。

 すると、指摘されて目を泳がせたモチャコはしかし、スチャッと仁王立ちすると開き直って、とんでもないことを言い出したのである。


「別に企んでなんてないし! ミコトがあんまり愚痴るもんだからさ、そういうことならアタシが移動中に、精霊術の修行でもつけてあげようかなって思っただけだよ!」


 言われ、その意味を理解するのに一拍。

 作業部屋が静まり返る中、私をはじめ、皆が困惑顔でモチャコへと視線を向けた。

 すぐさまトイとユーグが、確かめるように問いかける。

「それってもしかして、モチャコもミコトと一緒に外に出るってことかしら……?」

「えー、本気ー? 確かに、ミコトが羨ましいってボヤいてたのは知ってるけどー」

「べっ、別にボヤいてないしっ! 師匠として、ミコトが暇してるのを見過ごせないだけだしっ!」

 肯定である。


 モチャコの発言は瞬く間に波紋を呼び、おもちゃ屋さんにちょっとした騒動を起こした。

 が、その結果。

「考えてみたら、あんまり大きな問題でも無かったねー」

「そうね。精霊術もあるし、ミコトも一緒だからおかしなことにはならないでしょうし」

「え? え? じゃぁアタシ、ミコトと一緒に旅していいの? やったー!」

 って感じで、私の意見なんていうのは殆ど聞かれもしない内に、話はあっさり決まってしまったのだった。



 ★



 そんなこんなで今に至る。


 最初こそ、ちっちゃなモチャコを連れての長旅だなんて、大丈夫なのかと心配だったけれど、疲れたら何時でもおもちゃ屋さんに戻れるわけだし、確かに案外大丈夫そうではある。

 それに何より、ウキウキで旅支度をしているモチャコの様子を見ていたら、反対なんて出来ようはずもなかった。

 とは言え、携帯用転移扉をあっという間に拵えてしまったのには驚かされたけどね。流石師匠である。


 で、そんなすごい師匠は未だにテンション高く大はしゃぎしており、わくわくとした気持ちを全身で表していた。

 普段の作業着や寝間着なんかともまた違う、冒険用衣装もよく似合っていて、正直めちゃくちゃ可愛い。

 しばらく愛らしい師匠のはしゃぎっぷりを眺めていたい気持ちもあるのだけれど、しかしそんなことをしていては、あっという間に日が暮れてしまう。

 私は気を取り直して、一先ず転移扉を卵の形に戻してからマジックバッグにしまった。

 代わりに、事前に買っておいた地図を取り出す。


 先日までダンジョンを探すのに使っていたものよりも、随分縮尺の小さなその地図には、これから目指すグランリィスの位置も記されており。リィンベルとの位置関係と方角が分かれば、どっちに向かって歩き進めていけば良いのか知ることができた。

 私が地図を眺めているのに気づき、いつの間にか一緒になって覗き込んでくるモチャコ。とゼノワ。

 方位磁石も取り出して見せれば、やけに張り切っているモチャコが、

「ミコト、こっち! こっちに歩いていけば着くよ!」

 と、彼方を指差してドヤ顔をしている。

 正解である。正解ではあるのだが……。

「それだと道は歩けないね。私はそれでも良いけど、モチャコとゼノワは大丈夫?」


 モチャコの指差す先には、森や山がでんと横たわっており、人や馬車の通れるような道は存在していなかった。

 グランリィスを道なりに目指すのなら、結構回り道をしなくちゃならないらしい。

 私としては、別に森や山を突っ切っても構わないのだけれど、モチャコ的にはそれで良いのだろうか?


「え、それでこそ冒険じゃないの?」

「グラ」


 問題ないらしい。むしろ望むところであると。

 そんなわけで、話は決まった。

 どうやらまともな道は行けないみたいだけど、まぁ結果的にグランリィスに着くのなら、険しい道でも構いはしない。むしろ鍛錬になると思えば有り難いくらいだ。


 地図を畳んでマジックバッグにしまい、磁石は腰のポーチに入れておいて。

「そんじゃ、出発しようか」

「冒険! 冒険!」

「ガウガウ!」

 私の声に応じ、モチャコは意気揚々とゼノワの背に跨った。

 ゼノワは当然のように私の頭部にガシッとしがみつき。

 私の頭の上には、鏡餅よろしく精霊と妖精が積み上がったのだった。

 新形態、モチャコオンゼノワオンミコトの完成だ。


 まぁでも、別に重たいってわけじゃない。

 なので私は頭上を気にすること無く、早速グランリィスの方角へ真っ直ぐ駆け出したのだった。

 移動の基本は駆け足。ステータスの上がらない私は、せめて走って体力づくりでもやっていなくちゃ、鍛錬不足で発狂してしまう。ダッシュ移動はデフォルトなのだ。

 ワーキャーというモチャコの楽しそうな声を聞きながら、いよいよ本格的な一人旅(?)が始まったのである。


 はてさて、グランリィスまでどれくらい掛かることやら。

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