第五五六話 明日旅に出ます
時間が浮いてしまった。
なんでも、ダンジョン踏破者を断定するためには、ダンジョンが消滅するまで様子見をして、他に我こそが踏破者であると名乗りを上げる者が出ないか確認しなくちゃならないらしく。それ以外にも、ダンジョンクリア報酬を用意するための手続きがあるとか何とかで。
そんなわけで、リィンベルを離れる旨を告げられないまま、数日待機することになってしまった。
それから、ダンジョンから得た諸々のアイテムに関する換金についてだけど。
マジックバッグごと預けたら、それは良くないことだと言って買取おじさんにお小言を貰ってしまった。
ただでさえそれ自体が高価なマジックバッグを、如何にギルドとは言え簡単に預けてしまうのは用心が足りないと。
それにバッグの中身に関しても、通常の入れ物とは違って中身が確認しにくいため、万が一売るべきではない品を入れっぱなしにしていては事である。
そうした無用なトラブルを避けるためにも、マジックバッグごと預けるような真似は、褒められたことではないとのこと。
物が多いのであれば、カウンターではなく奥の部屋で品を一個一個見せてくれればいいから、と。
せっかくスマートな方法だと思ったのに、ちょっぴり恥ずかしい思いをしてしまった。
が、まぁこれも勉強である。
斯くして、私はまた一歩冒険者としての経験を得たのである。
まぁ、それはともかくとして。
時間が空いたのなら、鍛錬をしなくちゃならない。
私はおもちゃ屋さん地下に籠もり、延々と自主練に打ち込んだ。
しかし実戦も恋しくなったため、急遽イクシスさんに一人でも出来そうな依頼を回してもらい、大暴れしたりもした。
そんなこんなで『技』を中心とした鍛錬を繰り返していると、一週間があっという間に過ぎ去っていた。
楽しい時間というのは、本当にあっという間だ。
★
ショボショボと雨の降る、そんな午前一〇時過ぎ。
混み合う時間を避けてギルドを訪れたが、天気が悪いせいかいつもよりギルドに残っている冒険者の数が多い。
そしてそれ故に、私へ不躾な視線を寄せる者もチラホラ居り。何とも居心地の悪さを感じる。
思えば宿の食堂でも、ちょいちょい噂話が耳に届くようになった。絡まれかけたこともある。
対処は至ってシンプル。三十六計逃げるに如かず。
幸い、追いかけ回されるようなことは無かったため、ここまで然程大きなトラブルには見舞われていないけれど、多分それも時間の問題なんだろう。
「グラァ」
ゼノワが頭上で煩わしそうにしている。
私はそんな鬱陶しい視線を意識的に無視し、受付のミトラさんへ声を掛けた。
すると早速、奥の部屋へと案内される。
前回言われた『一週間後にまた来て下さい』という言葉に違わず、どうやら進展があったらしい。そうでなければ受付で追い返されているだろうから。
因みにアイテムの換金は既に済み、かなりのお金を受け取り済みである。
なので正直、今の私は特にお金に困ってはいないのだけれど、それでも貰えるものは貰いたい。ダンジョン攻略の成功報酬というのが出るそうなので、それを受け取ってから町を離れるつもりだ。
今日はその話もしなくちゃならない。ミトラさんが一体、どんな反応を示すか……強く引き止められないことを祈るばかりである。
取り敢えず座っていて下さいと促され、ミトラさんは部屋に入らぬまま何処かへ行ってしまった。
仕方なく言われたとおり、椅子を引いて着席する。
暇なので鍛錬がてら、魔法で水を出して宙に浮かべ、綺麗な球体を保ったまま高速回転させるという魔法操作訓練をしていた。ゼノワも真似して、一緒にやっている。
水の球を高速で回転させるっていう操作の訓練に加え、綺麗な球体を保つという形状保持能力をも鍛えられ、更には二つの異なる魔法操作を同時に行うことで、マルチタスクのトレーニングにもなるっていう。これはそんな、意外と為になる魔法の鍛錬である。暇つぶしにはモッテコイだ。
これをさらに複数個一遍に行えば、魔法の同時展開、同時操作能力も鍛えられるので、地味だけどかなりやり甲斐のある鍛錬となる。
しばらくしてミトラさんらしき足音が部屋に近づいてきた。
部屋中に浮かんだ無数の水玉をパッと消し、ゼノワともども何食わぬ顔で彼女を迎えれば、ミトラさんは何やら重そうな布袋をトレーの上に乗せてやってきたではないか。
まさか、お金だろうか……?
私がギョッとしていると、彼女はそれに構わず着席。さっさと話を進め始めた。
「冒険者ギルドは、ミコトさんを件のダンジョンクリア者として認めます。それに伴いまして、報奨金が授与されます」
「おぉぉ……」
ミトラさんの話によると、崖のダンジョンは先日完全消滅が確認され、中に残っていた冒険者の排出も認められたと。
しかしながら、不思議なことにボスを倒した冒険者は確認されておらず、この辺りの冒険者界隈をざわつかせたそうな。一体誰が攻略を果たしたんだ……?! って。
で、消去法的に私の名前が挙がっていて、ますます変な注目を浴びるようになってしまった。
もしかすると今日明日にでも、お前があのダンジョンをクリアしたのか? って絡まれかねない。
とまぁ、そういう諸々の情報を踏まえた上で、冒険者ギルドは私をダンジョンの踏破者であると正式に認め、各種手続きを経て今、報奨金の授与と相成ったわけだ。
私の知っている限り、ダンジョンクリアに際してここまで面倒な審査なんて無かったはずだけれど、やっぱりそれだけ崖のダンジョン攻略っていうのは、リィンベルにとって一大事だったってことなんだろう。
ちらりと、受けとった布袋の中を見てみれば、白金貨や金貨がジャラジャラ入っており、この金額からして事の大きさが分かろうというもの。
何だか目眩がしそうだったので、私は布袋をさっさとマジックバッグの中へしまい込んだ。
すると、それを認めてミトラさんがしみじみと語り始める。
「それにしても、まさかでしたよ。悪評のついてまわるあの『仮面のペテン師』がよもや、ソロで崖のダンジョンを攻略してしまうだなんて……」
「……待って。なんですかそれ、『仮面のペテン師』?」
「ああ、一部の冒険者はミコトさんを指してそう呼んでいるみたいですよ。ギルドに取り入って異例の速度でランクを上げ、実力あるソロ冒険者をPTに引き込んだ、謎多き仮面の冒険者。不気味な不審者。稀代のペテン師」
「悪名じゃん!!」
「グル」
「他にも『顔なし』とか『腰巾着』とか『寄生虫』とか『教祖様』とか、色々呼ばれているみたいです。有名人ですね」
「ぜ、全然嬉しくない……」
どれも酷い。
っていうか教祖様に至っては、絶対ココロちゃんとかアグネムちゃんとか聖女さんとか、そういう一部の人が原因じゃん……。
クラウが『女騎士』に対して、もっとかっこいい二つ名が良かった! って嘆いてたのが今なら理解できる。
頭を抱える私を無視し、ミトラさんは尚もしみじみと語る。
「正直ダメ元だったんですけどね。もしかしたらお仲間の力でダンジョンを攻略してくれるかも? くらいのつもりでお話を振ってみたんですが、ミコトさん以外の鏡花水月メンバーを見かけた、なんて話はとうとう聞こえてきませんでした。なので正直、一時は落胆もしたんですけどね。しかしミコトさんは、そんな私の予想や世間の評判なんかを全部ひっくり返してしまいました。実は本当に優れた冒険者だったんだなって、思い知らされましたよ。いやぁ、評判とは当てにならないものですね」
「……色々ぶっちゃけますね」
「私とミコトさんの仲じゃないですか。このくらい明け透けでも良いでしょう?」
「そんなに親しくなったつもりは無いんですけど……」
「ひどい! でも大丈夫、ここからですよ! ところでミコトさん、次に攻略をお願いしたいダンジョンについてですが」
早速地図をババっとテーブルの上に広げ、勢い任せに話を進めようとするミトラさん。
このリィンベルには、まだ幾つか目の上のたんこぶ的な、強力で厄介なダンジョンが存在しており。それらをなるべく速やかに排除しなければ、この町がモンスターの脅威に呑み込まれてしまいかねない。
だから、そんなダンジョンの一角を崩した私に、他のダンジョンも丸投げしてしまおうと。心眼がなくとも、そんなミトラさんの思惑が透けて見えるようだった。
いや、ミトラさんの思惑と言うよりは、もっと上の方からの圧かも知れない。
けれどそういうのは、縛りを設けている今の私のお仕事ではない。
本来の状態の私や鏡花水月、それにイクシスさんなんかであれば、グラマスのクマちゃんから振られる仕事の内容に組み込まれている可能性はあるけれど、今の私が無理をしてまで頑張る案件かと言われたなら、そうではないんだ。
なので、強引に話を進めようとしてくるミトラさんを手で制し、ハッキリと告げたのである。
「ごめんミトラさん。私、近々この町を離れるつもりだから」
言った瞬間、ダンジョンの説明に移ろうとしていた彼女が、ピタリと動きを止める。
沈黙。
かと思えば、激しく目を泳がせてガタガタ震え始めるミトラさん。
「ど、どどっ、どうして……? 理由をお聞きしても……?」
何でも落ち着いて卒なくこなしそうな彼女が、ビックリするほど狼狽している。そんな姿を見せられては、罪悪感も浮かんでこようというものだけれど。
しかし私も流されるわけには行かない。
居住まいを正して、しっかりと返答する。
「理由は色々あるけれど、私の目的は一つ所に留まることじゃないんだ。この町でやりたいことは既にやった。だから旅立つんだよ」
「そ、そんな! それじゃぁ他のダンジョンはどうしたら良いんですか?!」
「私に言われてもなぁ……あのAランクさんにでも頼んだら? それか、ギルド本部に相談するとか」
「…………っ」
がっくりと項垂れるミトラさん。
期待を、裏切ってしまったんだろうね。ひょっとすると恨まれるかも知れない。
様子から察するに、既に私の言ったようなことは試した後なのだろう。
例のAランク冒険者ハイノーズ一行は、ダンジョン攻略を果たせずに居るのが現状であり、ギルド本部へは既に応援を要請したりもしているんじゃなかろうか。
それで尚、今の状態なのだ。
そこにふらっと現れた私。当てにしたくなるのも当然である。
だけれど、私にだって事情がある。
この町では既に、危険なレベルで私の知名度が上がりつつある。知名度はリスクだ。私にとっては特に。
それにソロ活動の目的は、あくまで『普通の冒険者の苦労を知ること』であって、ソロでダンジョンを攻略することではない。実際オルカたちからは怒られたし。心配だって掛けている。
あと、ダンジョン攻略にめちゃくちゃ時間っていうか、日数が掛かることも実感した。そんなものに、これ以上掛かりきりになるわけには行かない。
次にやりたいのは、『旅』だ。路銀は十分に稼いだ。冒険者の苦労も多く知った。
なれば、まだ私が知らない苦労ってものを探しに行かなくちゃならない。
そのためにはもう、この町に留まっているわけには行かないのである。
とは言え、このままこの町を離れたんじゃ、後味が悪いのも事実。
なので、もしイクシスさんのところにこの町に関する依頼が届いているのなら、優先的に動いてもらうよう働きかけるか、或いは縛り無しで私がスピード攻略を行おうとは思っている。勿論、陰ながら。
ミトラさんはそんな私の考えや事情なんて知る由もないのだから、きっと彼女からすると今の私は、酷く身勝手な人間に見えることだろう。正直心苦しくはある。
それでも、曲げるつもりも譲るつもりもない。
しばらく、お互いに口を開かず、重たい時間が流れた。
それを破ったのは、ミトラさんだ。
「出立はいつですか?」
「準備は既に終わってるんで、今日明日にでも」
「では、明日にして下さい。冒険の書を用意しておきます」
居た堪れない空気の中、私は静かにギルドを後にした。
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