第五五五話 私がやりました
ここ数日では一番、スッキリした目覚めだった。
何日も自分をいじめ抜く勢いで走りまくって正直へとへとだったし、その上思うような鍛錬も出来ないっていうんじゃ、それはストレスも溜まるってものだ。
しかし昨日は晩御飯こそ味気なかったものの、心ゆくままに鍛錬に勤しめたので、気分は爽快。
そのおかげか、不思議と体に溜まっていた疲労も消え去った気がする。
なんて、目覚めて早々心身の調子に機嫌を良くしながら、朝支度を整えてルーティーンをこなす。
ゼノワのご飯に、精霊術の訓練。魔道具づくりの修行は夜にやるとして。
いい頃合いになったなら、モチャコたちに行ってきますを告げてからリィンベルの自室へと飛んだ。
ここからはまた、重い縛りを設けた時間の始まりである。
けれど、この生活を始めた当初に比べたなら、随分と慣れたものだ。余計な精神疲労も感じなくなっている。
やっぱり、何をしていいのか、何をしたらダメなのかが分からないっていう状態は、心がとても疲れやすいんだろう。
その点今の私は、ベターってものを見出すことが出来ている。構築したと言っても良い。
ルーティーンや生活・活動のサイクルってものを乱さなければ、摩耗を最小限に押さえることが出来るってわけだ。
でもこれって、人が社会の歯車として取り込まれていくプロセスのような気がしていて、疲れこそ緩和できるけれどあまり好ましいことのようには思えないな。
そういう意味に於いても、やっぱりそろそろこの町を出るタイミングなのだろうね。
だって私は、冒険者なのだから。
朝食を済ませて、時計を見る。
午前九時過ぎ。今日はギルドへダンジョンのクリア報告をしに行く予定だけれど、今向かっても混み合っていることだろう。
少し時間を潰してから出発するべきだけれど、さて何をしようか……。
と、一つの思いつきが頭を過り、私は一旦自室へと戻ることに。
肩掛けのマジックバッグを床に降ろし、自身もよいしょと屈み込む。
「グア?」
ゼノワが、何をするのか問うてくるので、私は簡単に考えを伝えた。
「いや、今回もまた換金の時に目立ったら嫌だからね、いっそのことマジックバッグごと渡してしまおうと思って。ああ勿論、マジックバッグ自体は売らないけど」
「グル」
「んで、今のうちに換金して良いものと、取っておきたいものを分けておこうと思ってね」
装備の類はどうせルール上身につけることが出来ないので、全部売却である。
ああでも、クリア特典だけは例外。多分攻略達成の証拠としても提出しなくちゃならないしね。
それにオルカたちからは、私の判断で装備してもいいって許可も貰った。
今のところ必要性を感じないし、色々バランスが壊れそうだからしまったままにしてるけど、どうしたものだろうね。
まぁともかく、特典以外の武具やアクセサリーは全部換金。
それ以外のアイテムについては、使えそうなものだけ取っておく。
そんな仕分け作業を行っていると、思いの外時間がかかって。
気づけば時計の針は、午前一〇時を回ろうとしていた。
そろそろギルドも空いた頃合いだろう。
取っておきたいものはリュックに、売って良いものは肩掛けカバンに詰め込んで、今度こそ宿を出る私。
ほんとに、マジックバッグがもう一個手に入ったっていうのは僥倖だった。
認めたくはないけれど、ハイノーズとやらには感謝しなくちゃいけないかな。いや、正しくはそのお仲間さんに、だね。
天気は晴れ。心地の良い春の陽気を全身に浴び、お散歩気分でギルドへの道を歩む。
そうしてそれなりに見慣れてきた入口を潜ったなら、そこは屈強な冒険者たちの集うギルドロビー。
未だに残っている冒険者やスタッフさんの視線がこっちを一瞥し、一部ではひそひそ話が始まった。ヤな感じだ。
以前のやらかしが未だに尾を引いているらしい。
一先ず受付カウンターに視線を走らせれば、担当のミトラさんと目が合った。
が、先に換金窓口の方へ足を向ける。
遠巻きに、ますます視線を感じる。また私が何かをやらかすんじゃないかと、期待されているのかも知れない。
が、そうは行かんのだよ! 対策は打ってきたのさ!
「いらっしゃい」
「換金お願いします。品はこのバッグの中に入ってるんで、可能なら全部引き取って下さい。あ、バッグは返して下さいね」
「お、おぉ……」
「じゃ、後でまた来ます」
買取窓口を離れ、ミトラさんの方へと歩む私。
完璧だ! スマートだ! 今度からこれで行こう!!
仮面の下で得意顔を作り、足取り軽く受付カウンターの前へやって来ると、早速ミトラさんに声を掛けられた。
「ミコトさん、もしかして……やりましたか?」
「…………え?」
目的語。目的語を下さい。
何時になく真剣な顔で、不思議な質問をしてくるミトラさん。
私が首を傾げて見せれば、彼女は「取り敢えずこちらへ」と、先導して個室へ通してくれた。
道すがら、察する。
もしかしてダンジョンクリアのことを言っているのだろうか、と。
ギルドには、ダンジョンの所在を察知する魔道具があるとか言う話だし、そうでなくとも崖のダンジョン前には冒険者たちが屯していた。
既にギルドに話が届いていても、何ら不思議ではない。
しかしだからといって、私が攻略に成功したのだという確証もないので、あんな曖昧な言い回しで問いかけてきたってわけだ。
でももしかすると、私が把握していない全く別の事件がこの町で起きていて、これからその事に関する謂れなき事情聴取をされる可能性がないわけでもない。
なので、私の心中は穏やかじゃない。さっきまでのご機嫌が一変である。
個室のドアを潜り、テーブル越しに椅子に腰掛け対面する私とミトラさん。
別に悪いことをしたわけでもないのに、これからお説教でもされるんじゃないかとビクビクし、すっかり萎縮して彼女の顔を窺う。
そんな私へ、早速ミトラさんが問いかけてきた。
「それで、やったんですか?」
「な、何を?」
「ダンジョンですよ。クリア、したんですか?」
「!」
「グゥ」
途端に、肩から力が抜ける。怒られるパターンのやつではなかったらしい。
私は小さくホッとため息をこぼすと、居住まいを改め、ミトラさんへとしかと頷きを返してみせた。
「はい。私がやりました」
なんだコレ。まるで自供してる気分だ。言い方が悪かったのかな……?
しかし、そんなことを思っているのはどうやら私と、ついでにゼノワだけだったらしい。
ミトラさんは強張った顔で、「証拠はありますか? クリア特典や、ボスのドロップアイテムをお持ちなら見せて下さい」と、攻略証明の提示を要求してきた。当然の流れである。
私は膝に乗せていたリュックに手を突っ込み、ガサゴソと漁ると、直ぐに三つのアイテムをテーブル上に並べてみせた。
特典宝箱から出てきた、仮面と蛇腹剣。そして、紫大蛇のドロップである心命珠だ。
それを認めた瞬間、いよいよミトラさんが綺麗に固まる。瞬きもしない。
一個一個アイテムの説明をして聞かせても、うんともすんとも言わないのだ。
証拠を見せろと言っておいて、そのリアクションはどうなのだろう。
私が仮面の下でムッスリしていると、ようやっと思い出したかのようにパチパチと目を瞬かせた彼女は、ぎこちなく私の顔を眺め。
「こ、これらを、どこで……?」
なんて頓珍漢なことを訊いてくる。
私もゼノワも大いに首を傾げ、再度説明した。
「だから、この仮面と剣は特典部屋の宝箱から。心命珠はダンジョンボスからドロップしたんですよ」
「…………な、なるほど」
理解したのかしていないのか、さっぱり感情のこもっていない返事をするミトラさん。
その視線は、ガッツリ心命珠を捉えている。
希少なアイテムらしいからね。興味津々なのだろう。
「あ、あげませんよ?」
と一応釘を刺しておく。
それでようやっとハッとした彼女は、一つわざとらしい咳払いをし、姿勢を正した。
「し、失礼しました。それではミコトさん、こちらの品々を改めさせていただいても構いませんか?」
「えっと、本当に特典として得たアイテムかどうかを判別する魔道具、とやらがあるんですっけ?」
「ええ。失礼とは存じますが、間違いがあってはならないことですから」
「うん、大丈夫。調べてもらって構いませんよ。心命珠も、鑑定が必要ならどうぞ」
「ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」
そう言って席を立ったミトラさんは、パタパタと落ち着かない足取りで部屋を後にし、それから少しすると買取窓口のおじさんを連れて戻ってきた。
しかも、おじさんは何やら魔道具らしき機材の他、私が預けたマジックバッグまで持っているではないか。
その様子に私とゼノワが首を傾げれば、それを他所に二人は早速作業に取り掛かった。
一言私に断りを入れてから、仮面と蛇腹剣を魔道具で調べ始める。
さながらブラックライトを当てる為の機械のようなそれを起動したなら、何やら光を発し始めたその魔道具。勿論、本当にブラックライトってわけじゃないだろうけど。
その魔道具でスキャナーのように仮面と剣を照らせば、十秒と待たずして早くも結果が出たらしい。
「うぅむ……確かに、どちらも特典宝箱産のアイテムだ。グレードも恐ろしく高い……」
「では、こちらの心命珠は……」
「心命珠か。本物なら、俺も初めて実物を見ることになるな。どれ……」
何やら二人して、真剣な表情、神妙な雰囲気で鑑定作業を行っている。
それをテーブル越しに眺める私。偽物なんかじゃないはずだけど、妙にドキドキする。これが、痛くもない腹を探られるって感覚なのかな? ちょっと違うか。
そうしてソワソワしながら待つことしばらく。
何やら話し合っていたミトラさんと買取おじさん。しかしようやく結論は出たらしく。
二人して静かにこちらへ向き直ると、
「……状況証拠、物的証拠により、ミコトさんをダンジョン踏破者として推定します」
ミトラさんは、そのように宣言したのだった。
え、断定ではなく……?
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