第97話溜息
旅に出る為のプランを考えていたら、あっという間に時間は過ぎる。茶色い屋根と白壁が目を引く洋館の広い玄関口から見えたのは、二階まで吹き抜けになった歴史あるホテルのロビーのように上品な空間と、その高い天井からいくつもぶら下がる美しい造形の照明装置だった。シャンデリアと似たような意味合いのものだと思うが、繊細な金属製の長い鎖に一つか二つずつの照明装置が繋がれている。奥には滑らかな手摺のついた幅の広い階段が中央に見えていた。その手前に明らかな違和感を感じる。階段下には白い石材の床の上に大きな半円の絨毯が敷かれており、絢爛な織物文様が見物出来るはずなのだが、そこには唐突に既視感のある物販コーナーが展開されていた。普通に考えたら本来はおもてなしのラウンジみたいな用途に使われる場所なのだろうが、おそらく私達の為に、まるでコンサートのグッズ販売さながらに多種多様な物品がズラリと並べられている。陳列もわかりやすく整然としていて、一個人の為だなんて嘘みたいな光景だ。
商人から買い物をするなら雷の竜には何処かに隠れて貰った方が良いはず。話しが滞るのは面倒だと思った私がファルー家の二人にそう話すと、お姉さんはハッとして真剣な表情になり、また何度も頷きながらアッサリと同意してくれた。すぐに失念していた事を謝ると、一足先に階段の方に走り寄り、手頃な革製のバッグを物販コーナーからヒョイと持って来て、どうぞ、と手渡してくれたのだった。こんな簡単に皮のボストンバッグって貰えるもんなのか。
とりあえずライトニングさんにはその中に入って貰ってやり過ごす事にした。竜の姿は近くでは見られなかったから大丈夫だろう。翼を畳んでしまえば、遠くから見てコレを竜だと初見で判別するのは学者でもないと難しいと思う。
階段脇には並んで立つ男女の姿があった。領主家の人ではなさそうだ。少なくとも私は知らない。街の中でもよく見るラフな服装をした大柄の男性は女性と短く会話した後で、階段のさらに奥にあるドアの方に向かうとそのまま退室してしまい、姿勢の良い中背の女性だけがその場に残った。
エリアナお姉さんの友人だという商人はファルー家の二人には伯母にあたり、結婚したものの嫁ぎ先が近くて今も頻繁に交流があるそうだ。本当に友人と呼べる仲なのかは怪しい。社交辞令の範囲で、そう呼ばされているだけじゃないかと思う。年齢差があり過ぎるし、迫力があって化粧が濃くて、正直に言うと印象としてかなり怖い人だった。
"古い名前はルドラステスタよ。"とだけ名乗った商人の伯母さんは、長袖のチャイナドレスに幾つかヒレを垂らしたような形の民族衣装らしき服をモノトーンの統一感のある配色で決めている。上がった眉とエリアナお姉さんを超える眼力の持ち主で、目が合うと射竦められる思いだった。
見た感じはヒト族に見える、おそらく五十代くらいの女性なのだが、熱量を感じる荒々しいハスキーボイスを怖がっていたら、会話自体は流石の熟練度で、明るく険のないやり取りを始めた途端に流されるように談話に巻き込まれ、気付いた時には話は纏まり畳まれている。狐につままれたとはこのことか、と思うような体験をしたのは私は初めてだった。意に沿わない方向に持って行かれる訳ではなくて、むしろ私に足らない部分を埋めてくれる温かな話し方だったのでちょっと感動しそうになる。結論として、やっぱり怖い人で合っているのかもしれないし、ちゃんと商売人として讃えた言い方をするべきなのかもしれない。知識が無いとこういう時に困る。
買い物の時間は順調に終わってしまい、結局エリアナお姉さんと親しげな会話が出来るほどに仲良くもなれないまま買った(貰った)物をまとめて整頓するために、無い知恵を絞り四苦八苦して今に至る。着の身着のままでミズアドラスに来た私(ユイマ)は、ようやく自分の所持品と呼べる生活必需品と革製の背負い鞄を手に入れたのだ。
しみじみと今までの苦労が解消された事を実感して癒される。やっぱり何か貰うって、嬉しい。
ナクタ少年にも必要な物は無いか聞いてみたのだが、荷物が増えるから要らないとの返事だった。いくらなんでも身軽過ぎるだろうと思って確認すると、やはり荷物はファルー家に預けてあり、所在を尋ねられたウィノ少年が大喜びで爆笑しているのを見て嫌な予感がした私は、ナクタ少年に預けた荷物の中身を尋ねた。
……誠に遺憾であるが、少年は固い布の端を縛って造ったナップサックの様な袋に最低限の肌着と本だけを入れて来たと話しており、「顔拭きや服は何とかなると思った。護身には彫刻刀が使えるし、最悪獣化すればいい。」などと主張して全く反省する様子も見られなかった為、主である私(雷光の大魔女様)が替えの服を数枚と果物ナイフに似た鞘付きの刃物を持つように指導したが、改善する意思もなく話を逸らして逃亡を図った。
その後、手持ちのバッグの中から顔を出した偉大なる雷の竜の君に、髪飾りの話を持ち出されて説明を余儀なくされると大人しくなり、周囲を気にしながら魔石を嵌め込むだけとなった髪飾りを三人?で確かめた。それと同時に褒めちぎる事で態度が軟化したところを見計らい(本当に素晴らしい出来栄えだったのだけど)、半ば強制的に袋にねじ込んで無理矢理に了解をとった結果、少年の荷物はまんまと大幅に増量された。顔拭き(手拭い)はナップサック風の袋に入りきらず、整理整頓は難航したが、首や頭に巻く提案をしたところ、頭に巻くのが帽子代わりになって良いということで落着した。
「……はぁ〜……。(溜息)
まぁでも、貰えるんなら、いいか。」
私の苦慮と苦心に見合わず、ナクタ少年の感想はそんなもんであった。
キミももう中学生の歳なんだから、もう少しちゃんと考えて準備して来んかい!と、ボヤきたくなったが、これだけお世話になったファルー家の方々の前で再び大魔女様のイメージを崩す事も憚られ、例の似非アルカイックスマイルを多用する作戦で何とかその場を乗り切ったのだった。
……中一っていっても、私はもうちょっと、
しっかりしていたと思うんだけどなぁ…。
小柄だから荷物が重いのが嫌なのは本当のところなのだろうけど、貰える物は有難く貰っておいたらいいと思う。怖い相手でもあるまいし…。
てか、雷の竜が宙に浮かべてくれるから荷物は重くても大丈夫だと、先に言ってあげれば良かったな。
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