第91話仕事
"なんでこんなことになっているのかわからない。だれかせつめいしてくれ。"
自分が置かれた状況に思考が追いつけなくなって心も体もうんともすんとも動かない。そんなこと、誰でもあると思う。
もしも困難な状況を瞬時に解読して、それを踏破し、むしろ水を得た魚のようにスイスイ泳ぎ回る事が出来るならば夢の様だ。なにをするにもグダグダな私にはそんな夢は見られなかった。可能であるという発想すらない。しかしここにそれを難なく可能にする仕事の鬼の様な存在がある。
ウィノ少年である。
実際彼がどんな人なのかは、まだよく知らない。わかるのはファルー家の人達というは、その一員として子供の頃から働いているらしいという事。尊敬されるのはちゃんと理由があったのだ。
「ン゙、水の竜の参拝をご案内します。」
と、ウィノ少年。
今日は丈の長い魔法使いのローブを着ていて、シュッとした王子様スタイルよりはオーラも控えめになっている。あくまでも慇懃な態度で私の横に立ち、挨拶もそこそこに本題に入った。目の前のテーブルに雷の竜が"お座り"しているのにも全く動じない。
「?会えないんじゃねぇの?」
と、ナクタ少年。
私の向かい側の席に座って例の肩掛け鞄を両腕に抱えたまま通常運転だ。
ウィノ少年は"いけるらしい"と、謎の言葉で制して話を続け、竜の能力の事などものともせず単刀直入に要点を述べてゆく。
「ナクタが案内すると聞いていますが、
しばらくは町を歩くのは、ゲホン、危険です。
領主家の発表から官邸は混乱していますし、
今朝の新聞記事に詳細が載ったせいで、
聖殿前には暴徒化している人達もいます。
聖騎士団は辛うじて機能していますが、ん゙ん。
一部の背信が明るみになり逮捕者が出ました。
聖職者はくまなく憲兵に調べられで、ん゙、いて、
魔法関係の物は手に入りにくい状況です。」
一気に事情を説明して、それでも少年は笑った。
「領主家のお二人が面会したいと、
雷の竜の君と大魔女様をお待ちです。」
!……お二人??
「ゲホッ、ん゙ん。すみません…。
大魔女様に必要な品はウチで教えて下さい。
姉の知り合いの商人を呼んでいます。ん゙。
何でも言って下さい。運んで貰いますから。」
……そこらの大人より優秀じゃない?
ウズラ亭の酒場には私達とウィノ少年とナクタ少年しかいなかった。テーブル席に座る私は、どうもこの状況が落ち着かない。ウズラ亭の住人達はどうしたんだろうとキョロキョロ辺りを見ていたら、ナクタ少年が気付いてくれた。
「俺達は山側の裏道を通って来たんです。
逆にリッカ達は裏道から避難してます。
イドもついてるから大丈夫です。」
竜の前でも随分慣れてきている。さすが初日の夜長に盛り上がっていた仲だ。
「治してくれて、ありがとうございます。
おかげでイドも一緒に行けました。」
「あ、いや、私じゃないから。」
「ちゃんと頼んでくれたじゃないですか。」
「あ…そう…だけど。……ありがとうってさ。」
ライトニングさんの方に顔を向けて話を振ってみた。どんな反応をするんだろう。
「猫の少年には期待しています。」
なにそれ。意外と現金だな。
「?…あ、髪留めか。もう出来てるんだけど、
表面にニスを塗れればなぁと思ってて。」
多分そうじゃないのだろうけど、ナクタ少年も意外に真面目な返答をしてきて和む。昨日の夜から作ってくれていたらしい。この職人、仕事が早い。
そしてここに来てやはりと言うべきか、ウィノ少年が僅かに仰け反って固まっていた。
この運命は逃れようがないんだな…。
平然と話すナクタ少年と竜を交互に見て口を真っ直ぐ結んでいたと思ったら何故か不意に横を向いて吹き出すと、体ごと逸らしてのらりくらりしながら笑いはじめた。
「こうやってお話になるんですね。知らなかった。
ナクタ、期待されてるって凄いじゃんか。」
クールなのかと思ったら感性は豊か…というか、ちょっと独特。気分が上がれば年相応の子供っぽい顔になるらしい。キラッキラで眩しいのに陽キャという程ではない、カリスマティックな雰囲気がある。
…素直に友人を認められるの、結構凄いな。
竜の前だから嘘ではない。本当にいい子だ。
「ライトニングさんは凄いんだよ。
何でもわかってる。知識が深い。」
まるで自分も何もかもわかってる風にナクタ少年が言うので失礼ながら、また鼻で笑いそうになる。
「それは知ってるよ。」
「お前が想像するより、知ってるんだよ。
聞いたことない話ばっかだぜ?」
「………。聞いたことない事教えていいの?」
歴史改変みたいにならないのか心配になって軽く釘を刺してみる。
「猫の少年はナクタといいましたね?」
華麗に無視された。代わりにナクタ少年が急に緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
「…はい。」
「我々が貴方を水の竜の大魔女に推薦します。
と言ったら、受け入れることは出来ますか?」
「??は??」
私とナクタ少年の声が揃った。ウィノ少年はその場から一歩引いてマズイ事を目撃した様な神妙な表情を浮かべている。既に何事か考えを巡らせているようだ。
「俺には無理です。彫刻の腕を磨きたいし、
…誰でもなれるんですか?大魔女って。」
ナクタ少年はブレない。流石だ。
「あ、でも、それはなれるよ。
私も偶然で、特に理由はなかったから。」
「本当ですか!?」
ウィノ少年から驚いてツッコまれてしまった。あれ?話しちゃマズかったのかな。言われてみれば裏話みたいなことになるかも……まいっか。もう喋っちゃったし。
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