第84話先手
私は黙って雷の竜の瞳を見つめた。そのままポケットの中に入れた手の指で魔石をゆっくり擦ると自分の意志を確かめる為に深呼吸する。変わらず毛布の上で行儀の良い御座り姿勢をぴんと保った小さな竜は、爬虫類が大丈夫なら愛らしいとも言える人畜無害な見た目をしながら何でもない顔で私に言った。
「私が関与したのか、気になりますか?」
「気になる。
……帰還することにならない?
私が寝てる間に話したよね。ラダさんと。」
「新たな大魔女が現れれば動くものがある。
情報は幅広く集めているのかと、念の為に、
尋ねましたが既に承知のようでした。」
「この事件は知ってたの?」
「勿論知っています。でなければ、
此処に来る意味がありません。
前にも言いましたが、
我々は重大事項の検分の為に来訪し、
構築された事象を崩して再構築する、
そういった事が許されているのです。」
??聞いたっけ??そんなこと??
「私達が来てる時点で変わるのに、いいの?」
「許されています。変わる事が前提です。
最悪の事態を防ぐ為にのみ、
私達にはその権限が与えられているのです。
世界に竜が存在し新たな力を与える事が、
事態の抑止に繋がる為に我々は在るのです。」
??なんかさっきから難しいな??
帰還とか、竜の仕事?に触れたからかな?
「ライトニングさんの知ってる未来では、
……戦争になったの?」
「危機にあることは伝えました。
それ以上は魔女といえ差し控えます。
本来は、未来は自由で在るべきです。」
「……多分だけど、そうなったら、
即おしまいってわけでもないでしょ。」
「そうですね。
それでも領主の官邸や聖殿に、
あんなものを呼ばれてはいけません。
聖カランゴールは聖地侵攻を許さない。
民衆は絶望のままに開戦してしまいます。
動機は不明ですが元聖殿長は時期を見て、
勝てない戦争を始めるつもりだった。
そのように思われます。」
「勝てないのに?どういうこと?」
「私には理解できません。
元聖殿長は現在も聖殿に影響力がある。
聖殿関係者には少なからず、
志を同じくする者達がいるかもしれません。
聖殿には聖騎士団という武力が存在します。
今は伝統に沿った形だけのものであり、
防衛の為の武力ですが魔法は侮れません。
そうなると抗議やテロでは片付かない。
これだけの事を画策したならば、
やはり反乱と考えられてしまいます。」
「聖騎士団も動いたの?」
「さあ。そんな様子はありません。
私も仔細は把握しかねます。
今も現聖殿長と繋がりがあるのか、
そこが大きく問題となるでしょう。
領主家と聖殿がどう結論付けるのか…、
私はあまり興味はありません。
それより気になるのは聖カランゴールが、
果たして領主家の説明を信じるか、です。
真相を知れば再びミロスを強く敵視する、
そしてミズアドラスの水の竜信仰と聖殿に、
不信を抱き警戒する事でしょう。
例え元聖殿長の暴走だとしても、
<讃える会>が侵食しているのは事実。
そのように受け止められてしまいます。」
……?そうなの?
「この反乱はあまりにも無謀です。
<讃える会>に領主家が追放されるか、
滅ぼされれば南の地で孤立してしまいます。
<讃える会>は竜を信仰していますが、
聞いた通りミロスに核のある集団です。
領主家の転覆が実現してしまえば、
聖カランゴールは容赦なく攻撃するはず。
この領国は荒れ果て、<讃える会>は負けます。
転移は相当の負担であり制限ですからね。
逆に元聖殿長は自分が転移してしまえば、
ミロス側には同志がいますし、自由です。
反乱を煽るだけ煽って逃げることも出来る。」
「…それはズルい。」
「息子はその可能性を考えて先手を打った。
どうしても逃がしたく無かったのでしょう。
襲撃の情報を得て領主に訴えるだけではなく、
自らの責任で手を下すことを望みました。
グラ家が危険を覚悟しても息子の計画を認め、
その罪を許したのが本当に正解なのかは、
私には判断が出来ません。」
……………私もよくわからない。
「更には元聖殿長の挙動も理解出来ません。
亡命が目的という事も有り得る、
というのが息子の主張でしたが、
元聖殿長は何を考えてこれを企てたのか。
どうして聖地を貶める様な事をしたのか。」
確かに聖殿長まで務めた人なのに変だけど。
「普通に考えたら、歳でボケたとか…。
なんかあってどうしても反抗したいとか……。
あとは…勝てると本気で思ったんじゃない?
自分の頭の中では、出来るって。」
「そうなるでしょう。」
「?」
「それが不思議なのです。
魔の可能性は許容されていますが、
人類の知性として私は無力ですから、
今は魔女に頼るしかありません。」
「?何の話?」
??これだけ話をしておいて…??
私に知性を頼られても困る。むしろ、
頼りにならないことに自信があるくらいだ。
「水の竜に会いに行きましょう。
正式ではありませんでしたが、
ファルーの子にも無事面会が出来ましたから、
躊躇う理由もないでしょう。」
…確かに。もう公認、というか領主家に行動は筒抜けと思ったほうがいいのかもしれない。私達なんかに構ってる場合でもないだろうけれど。
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