三章

序文

 闇が広がる静かな夜、気温の下がり始めたソラリア王国の王都。


 城門の外にあるスラム街の小屋では、場所に似合わないイブニングドレスを纏う少女が粗末な椅子に腰かけていた。


 血のように真っ赤な瞳に白い髪の少女は、時折小屋の扉を見やり、退屈そうに足をぶらつかせる。



「…………」



 しばらくの間、少女が手持ち無沙汰に自身の爪を見ていると、ギギギと音をたてて小屋のドアが開く。


 そして、真白なローブに真白な仮面という奇妙な風体の男が、扉をくぐって中に入ってきた。



「随分と偉くなったものね、フィリップ」 



 遅れてやってきた同僚に、少女はふくれっ面でチクリと嫌味を飛ばす。


 しかし、後ろ手にドアを閉めたフィリップは、どこ吹く風とばかりに用意された椅子へと近づいていった。


 

「大分待たせてしまったようですね、シェリー。いやぁ、申し訳ない」



「……気に入っているの?その恰好」



 机を挟んで対面の椅子に腰を下ろすフィリップを、シェリーは上から下までじろじろと眺める。


 すると、小さく鼻で笑ったフィリップは、仮面を外し、シェリー同様真っ赤な瞳と白い髪を晒した。



「まさか。思いのほか、集会が長引きましてね」



「へぇ、そっちは上手くいってるんだ」

 


「ええ、今では放っておいても情報が向こうからやってくるほどですよ」



「ふーん」



 聞き慣れたフィリップの自慢に、シェリーは爪を見ながら気のない返事をする。


 すると、得意げに口角を上げていたフィリップは、一転して口をへの字に曲げた。



「死者蘇生や不死に関する研究の情報を、誰が集めていると?」



「それはまあ、貴方たちだけど……」


 

 返す言葉に詰まると、シェリーは逃げるようにフィリップから視線を逸らす。


 しかし、不満げに腕を組んだフィリップは、グイと顔を寄せて言葉を重ねた。


 

「死者蘇生や不死などに関わる研究は、我々の天敵となりうる可能性があるのですよ。この重要性を、理解していただきたい」



「……その割に、いつも報告がショボいのよね」



 徐々に声を大きくするフィリップに対し、シェリーは目線を外したまま、ボソリと呟く。


 痛いところを突かれたフィリップは、苦虫を噛み潰したような顔で身を引いた。


 

「ぐっ!……そういう貴女は、どうなんです?」



「あら、私の作戦は簡単よ。さくっと襲って人族どもを滅ぼすだけだもの」



 邪悪な笑みを浮かべたシェリーは、楽し気に目を細めながら肩を揺らす。


 そのままゆらりと濁った魔力を漂わせるシェリーに、フィリップは一層表情を険しくした。



「指示を忘れたのですか?デモルニアの統一まで、ラナスティア大陸での表立った行動は慎むことになっているはず……」


 

「ソラリア王国を滅ぼして、あの辺り一帯をアルデンティア帝国に吸収させるのよ。その方がラナスティア大陸の管理も簡単に済むわ」



 成功を確信したように話すシェリーは、釣り上がった口角の間からギラリと犬歯を光らせる。


 シェリーの作戦を聞いたフィリップは、額を抑えて首を横に振った。


 

「それは結構ですが、ソラリア王国には勇者の卵がいます。不用意な刺激はしないでくださいね?」



「なんですって?なんで、そんなことを……」



 ため息交じりに呟かれたフィリップの言葉に、シェリーは目を見開く。


 しかし、対するフィリップは表情をピクリとも動かさず、呆れ顔を浮かべていた。



「貴女が馬鹿にする組織の報告ですよ。……提出した資料すら読めないなら、予め教えて頂きたいものです」 



「チッ!」


 

 疲れたように笑うフィリップの皮肉に、シェリーは俯いて親指の爪を噛み始める。


 しばしの沈黙の後、拳を握りしめながら、ゆっくりと顔を上げた。


 

「……計画は変更しないわ。勇者だって、何とかしてみせる」



「はぁ、そうですか」



 作戦を変える気のないシェリーに、フィリップはがっくりと肩を落とし、諦めたように数回頷く。


 すると、口を開けたり閉じたりしていたシェリーは、表情を引き締めてフィリップへ顔を寄せた。


 

「……協力は、してもらえるのかしら?」



「おや!貴女の口から協力などという言葉が飛び出るとは。これは面白い」



 シェリーの言葉に目を輝かせたフィリップは、机に手をついて前のめりになる。


 フィリップの珍しいものを見るような視線に、シェリーは眉を顰めながら、じっと睨み付けた。


 

「それで、してくれるの?くれないの?」



「フフフ、喜んでご協力いたしましょう。私は何をすれば?」


 

「そうねぇ、まずは……この国の貴族を1人――」 



 薄汚れた机の上で顔を寄せ合った2人は、共に計画を練り始める。


 2人の冷たい笑いと悪意の籠った囁きは、ガタガタと小屋を揺らす風に消えていくのだった。


 



 夕暮れの光が差し込む屋敷の一室で、暖炉の中から舞い上がる炎が、パチパチと薪の弾ける音をたてている。


 優しい暖かさの広がる室内では、豪奢な衣装を身に纏った男が、執務机に肘をつき、頭を抱えていた。



「……マズイことになった。このままでは我が家は破滅だ」



「――失礼いたします。ど、どうされたのですか、父上」



 小さなノックの後、扉を開いた少年は、うずくまる父の姿に目を丸くする。


 すると、男は静かに顔を上げ、ぎこちない笑みと共に髪の乱れを整えた。



「すまない。見苦しいところを、見せてしまったな」



「い、いえ。しかし、一体何が?」



 見慣れない父の様子に困惑しつつも、少年はゆっくり机に近づいていく。


 やがて、少年が机の前で立ち止まると、男は険しい表情で口を開いた。



「良い話と悪い話がある。まず良い話は、”永遠の命”が目前に迫っていることだ」



「おお!遂にですか!……それの、どこに問題が?」



 嬉し気に頬を緩めた少年は、すぐにキョトンとした表情に変わる。


 一方、髪をかき上げる男の表情は、苦虫を噛み潰したように歪んだままだった。



「ここからが悪い話だ。……なんでも、永遠の命を授ける条件は勇者の抹殺だそうだ」



「な!?それは不可能です、断るべきかと」



 予想外の条件に目を見開くと、少年は顔を青くして小刻みに首を振る。


 しかし、頭を抑えながら首を横に振った男は、大きなため息と共に椅子へ体を預けた。



「……事態は既に断れる段階にない。この話が明るみに出れば、我が家は終わりだ」



「ですが、勇者に剣を向けることは英雄派や教会勢力が許さないでしょう」



 恐怖にぶるりと体を震わせた少年は、縋るように机へと手をつく。


 チラリと机を一瞥すると、男は両手の指を組み、じっと少年の顔を見据えた。



「ああ。だから、やるなら”外”ではなく、”中”でやる」



「”中”、ですか?」



「詳しいことはいずれ話す。何をするにしても、お前がアイワズ魔術学院の試験に合格しなければ始まらん」



「……承知しました。では」



 有無を言わせぬ態度の父に、少年は俯くように頭を下げる。


 そして、肩を落としたまま振り返り、無言で部屋を出ていった。


 

「……必ず、この機をものにしてやるぞ。たとえ王国が滅びても、私は生き残ってみせる」 

 


 少年が部屋を出てしばらくした頃、男は堪えきれなくなったように呟きながら席を立つ。


 そのまま男が部屋を出ていくと、誰もいなくなった部屋には、パチパチと暖炉で薪の弾ける音だけが響き渡るのだった。

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