君を殺した春を僕は許さない

葉月

君を殺した春を僕は許さない


“続いてのニュースです。友人を殺したと自首してきた男子高校生が青森県で逮捕されました。青年は、今日未明、青森県内で自首し、当時の状況を警察に話しました。被害者は、容疑者の親友であり……。”


「俺を殺してほしい。」

親友である君は、そう言って僕にナイフを突きつけた。僕は、彼の言葉をゆっくりと飲み込み、

「明後日、二月三日の午後十時にいつもの場所にきて。」

とだけ言い、その場を離れた。


 次の日、僕の家には一冊の日記が置かれていた。名前は書いていなかったが、すぐに君のだと分かった。そこには、君が自殺をしようしたが、上手くいかず失敗したということがわかる文がいくつか書かれていた。


「僕は今日、君を殺しにここに来た。さあ、君を殺す親友に最後のお別れをどうぞ。」

真剣に、そして、無理に笑う僕を見て、

「じゃあな、ありがとう。」

と、君は優しく微笑んだ。


 君の遺体が見つかるのが先か、僕の旅が終わるのが先か。すべての準備が終わると、僕たちだけが知っている秘密の場所に君を一人残し、自分の持っているありったけのお金と君が残した日記を持って最寄りの駅まで歩き始めた。


午前五時三十八分。僕の乗った電車が走り出した。僕の目的地はずっと北にある。何度も乗り換えをしながら、君の日記を読み返す。


『十二月二十一日。痛い。もはや、そんな感覚はなかった。蹴られようが、殴られようが、自分を否定されようが、精神的にも身体的にも何も感じない。こんな俺に生きている意味が本当にあるのだろうか。これからの人生、何か変わることがあるのだろうか。将来への不信感だけが募っていく。』


『一月十五日。死にたいのに死ねない。覚悟なんてものは、とっくに決めていたはずなのに……。首吊りも、飛び降りも、あと一歩のところで足が出ないない。なんでだよ、なんでなんだ……。死ねないことがこんなにも苦しいだなんて知らなかった。誰か俺を殺してくれ。』


僕は、知っていた。君が、かなり前からクラスの人からいじめにあって苦しんでいたことも、親から虐待のような行為を受けていたことも。そして、そんな君がそろそろ限界を迎えようとしていたことも。

おそらくこの日記が一冊目ではないだろう。

 僕は君を助けるために動かなかったし、君も唯一の親友である僕に助けを求めもしなかった。ただ、君を限界から救いたいという思いだけを絶やさず心に閉じ込めてあった。親友として、君を、君の心を楽にする存在でありたい、そう思っていた。


僕が長時間電車に乗り続けている間、僕以外は人や景色もころころと変わっていった。学校に行く学生や職場へ向かう社会人、お買い物に出かけるおばあちゃん。高いビルや広い海、子供のいない公園。たくさんの人や景色を見て、君と比べる。


『二月一日。明後日、俺の十八年間の人生は終わりを告げる。まだ冬の寒さが強い中、誰もが迎える春の日を俺は生きることができない。俺は、春に殺される。いや、春に殺してもらうのだ。』


 君を殺したのは、僕だ。僕がこの手でナイフを突き刺した。それは間違いない。ただ、君が春に殺されるというのも真実なのかもしれない。この電車に乗っているほとんどの人が明日を迎えるが、君に明日は来ないのだから。

春が来たから君は死んだのか、君が死んだから春が来たのか。そんなわけも分からない考えは、電車が次の駅に止まるまで僕の頭の中を駆け巡った。


ただ一つ、君が春に殺されたというのであれば、僕は春にあらがおう。春を迎えようとする地元を離れ、まだ冬を感じられる場所に行こう。君の生きた冬探そう。そう感じた僕は今、電車に揺られながら、長い道のりを進んでいる。目的駅は、青森県の筒井駅。そして、**だ。


最後の乗り換えを終え、青い森鉄道に乗った僕は、君の残した日記におかしな点があることに気が付いた。一枚だけ他のページよりも少し厚みのあるページを見つけたのだ。よく見ると、上からきれいに紙を貼っていてその上に日記が書かれている。なぜ、僕しか見ない日記にわざわざこんな仕掛けをしたのかは分からなかったが、恐る恐るその紙をはがすと、中には僕宛の手紙が綴られていた。


『 親友へ

 俺は、お前がいじめや虐待を止めてくれることは元から期待してなかった。それでも、俺を地獄から救ってくれるのはお前だと信じて疑わなかった。俺が殺してほしいと頼んだあの日、何も聞かず、俺を殺すことを決めてくれたお前はとてもかっこよかったよ。

 次の日、俺は日記をお前の家に届けた。その内容は、ほとんど知っている内容だったかもしれないし、むしろ知りたくなかったこともあるかもしれない。でも、途中で読むのを辞められても、捨てられても別に良かった。ただ、それでも、こんな手紙を書いているのは、お前ならきっと最後まで読むだろうし、この手紙にも気づいてくれるだろうと信じていたからだ。

 ︎︎苦しくて前が見えない。そんな限界に達したとき、俺を助けてくれたのはお前だ。俺を殺してくれたのはお前だ。自分の手で死ねないのなら、俺はお前の手で死にたかった。

 ︎︎俺を殺してくれてありがとう。

 最後に一つ。お前は確かに俺を殺したけど、その罪はお前にはない。日記にも書いたが、俺を本当に殺したのは春だから。安心して俺のいない世界で幸せになってほしい。

じゃあな。本当にありがとう。』


 ああ、死んでもなお、殺されてもなお、君は僕の親友でいてくれるのか。君が殺してくれと言ったあの日、布団に入って目を閉じても眠りにつくことはできなかった。そして次の日、君の日記を見てこの計画を立てた。

君のため、君を思う僕のため。春を捨て、冬を探す旅に出たんだ。


ガタンゴトン ガタンゴトン

 ︎︎午後十一時四十七分。最後の乗り換えから一時間以上も乗っていた電車は、僕を夜の駅において暗闇に消えていった。僕はスマホのマップだけを頼りに見知らぬ土地に足を踏み入れた。


 二月四日午前零時。まだ冬の強い寒さを感じる真夜中、僕は、駅から少し離れたところにある**にたどり着いた


「どうされましたか。」

目の前で立ち止まった僕に、一人の男性が声をかける。


 君を殺したのは春であり、僕に罪はない。君は、そう言った。ただ、それでも僕は、春に殺された君と君が生きた冬を忘れないために、忘れさせないために、冬の寒さを感じながらはっきりと言う。


「親友を殺しました。」

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