第20話 よーい、ファイト。

「おっすおっす!」

駆け寄って来たサソリさんは、とてもフランクだった。

「黒いスーツ着てる時と、全然雰囲気違いますね。なんか、チャラい。」

第二ボタンまで開いた、派手柄シャツの胸元にきらりと光る金色のネックレスを見ながら、俺は言った。

「さっきまで、大学の講義だったんですよねー。家に着くまでが大学生で、家に帰ったら使用人ですよ!」

サソリさんはピースを目に当てウインクした。

「大学お疲れ様です。あの、りんのすけに会いたいんですけど、会えますかね?」

俺は恐る恐る聞いた。

「あー!やっぱり、ぼっちゃまに会いに来てくれたんすね!嬉しい!ぼっちゃまも喜びますよー!ちょっと連絡してみるんで、待っててくださいね♪」

サソリさんは俺の手を握りブンブン振った後、スマホで誰かに電話をかけた。

「サソリです。ただいまお時間よろしいでしょうか?りんのすけ様のご友人様が、いらっしゃってます。中にお通ししてもよろしいでしょうか?え、堅苦しいのやめろって?ははは。わかりましたよー!はーい。じゃあお部屋で大人しく待っててくださいねー。」

サソリさんはスマホを仕舞うと、指でOKマークを作った。

「そんじゃ、行きますか!俺からあんまり離れないでくださいね。不法侵入者だと思われると何されるかわからないですから。」

「え、怖い。わかりました。よろしくお願いします!」

不穏な事を、意気揚々と言うハイテンションなサソリさんの後ろを、俺はピッタリとくっつきながらついて行った。

 コンクリートの塀は高さも長さもある。それに沿って少し歩いたところで、サソリさんは首につけていたネックレスをシャツの上に出す。

 飾りのない細いチェーンのネックレスを、何も目印のない無機質なコンクリート塀に近づけると、ピロピロと微かに機械音がした。

 すると、コンクリートの塀が変形し、カメラと文字盤とマイクが出て来た。

 サソリさんは、パスワード入力と、顔認証、声認証を解除する。

 更にコンクリート塀が変形し、小さなドアノブのない入り口が現れた。

「先に俺が入るんで、ちょっと待っててください。」サソリさんは手を合わせて俺にウインクした後、ドアの前に立つ。ドアが自動で開くと、少し屈みながら中へ入って行った。

 しばらく待っていると、コンクリートの塀が変形し小さなドアは跡形もなく消えてしまった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 大きな音を立てて、門の様にコンクリートが左右に開いた。

「どうぞ、入ってください!」

サソリさんは、俺を手招きした。俺は小走りで門の中に入る。

 また大きな音を立てて、門が閉まった。

 門の中は、大きな日本庭園が広がっていた。川の様に広い池、綺麗に手入れされた松や椿の木々。そのまた奥の方に、和風の大きなお屋敷が見えた。

「先に使用人室へ行って、来客様用の記入シートを書いて欲しいです。俺はそこで着替えしなきゃなんで、とりあえず向かいますね。」

「わかりました。」

 門を入ってすぐ左側に、コンクリートの壁でイマドキなデザインのモダンな建物が見えた。そこが使用人室のようだ。

 サソリさんは、カバンからカードキーを取り出しドアを開ける。

「その辺のソファに座ってて欲しいです。少々お待ちください。」

 俺は建物に入ってすぐ、左側にある大きな茶色のソファに座った。談話室の様で、ソファとローテーブルのセットがいくつか置いてある。

 目の前の真っ白い壁に、大きな絵画が飾ってあった。ライオンが口を開け、立て髪を靡かせ、飛びかかろうとする瞬間を切り取った絵だ。背景の黒色に、炎の様な立て髪が映えている。

「大変お待たせ致しました。お手数ではございますが、こちらの用紙へ記入をお願い申し上げます。」

サソリさんがスーツに着替えて戻ってきた。さっきのチャラついた雰囲気がなくなり、大人びた好青年へと姿が変わっている。

「あの、俺も堅苦しくしなくて大丈夫ですよ。」俺は紙を受け取りながら言う。

 サソリさんは、爽やかな笑顔を向けた。その後、俺に顔を近づけて囁く。

「上の人に見つかるとめんどいんで、堅苦しくさせてください。」

「大変なんですね。」

俺はなんて返したら良いかわからず、てきとうに返事をしてしまった。

 渡された紙に、名前、連絡先、住所、到着した時間、帰る予定の時間を記入する。

「書けました。よろしくお願いします。」

俺はサソリさんに紙を渡す。

「ご記入お疲れ様でございました。ご協力いただきありがとうございます。こちらの個人情報は、お客様が安全に帰られた後、責任を持って私共が処分致しますので、ご安心くださいませ。」

サソリさんは綺麗なお辞儀をした。俺も座ったままお辞儀をする。

「では、今から御屋敷まで案内させていただきます。その前に、こちらのアイマスクとヘッドホンを御装着願います。我が主人は、プライベートを人に見られる事を不快に感じてしまうお方です。りんのすけ様のお部屋に着くまで、わたくしの肩に手を置いて下さいませ。」

 俺は渡されたものを全て装着する。何も見えないし、何も聞こえない。

 サソリさんは俺の手を取り、肩に乗せる。そのまま、サソリさんに導かれるまま、俺は暗闇の中を歩いた。

 右へ曲がったり、左へ曲がったり、見えない中を歩き続けた。自分がどこを歩いているのか、完全にわからなくなる。

 サソリさんが、ヘッドホンとアイマスクを外してくれた。

「お部屋までのご案内は以上でございます。わたくしはこちらで待機します。何かご要望等ございましたら、遠慮なくおっしゃってください。」綺麗なお辞儀をした後、閉じた扉のすぐ横に、姿勢良く立った。

 俺は後ろを振り返る。黒シャツに黒パンツの私服のりんのすけが居た。

 1人掛けのソファに座り、膝の上で頬杖をついている。

 長いまつ毛、キリッとした眉毛、綺麗に通った鼻筋。表情から感情が読み取れない。

「りんのすけ、久しぶり。」

俺は気まずい沈黙を破ろうと、ぎこちない笑顔で挨拶をした。

 りんのすけはピクリとも動かない。また気まずい空気が流れる。

 頭が真っ白になり、頭の先からヒンヤリと冷えていく感覚。背中の筋肉が膠着する。

 言いたい事はたくさんあるのに、何も思いつかない。

 呼吸のやり方を忘れそうだ。心臓の音が耳の近くに聞こえる。

「会いに来てくれて、ありがとう。」

りんのすけは、そのままの表情で言った。

「あ、うん。俺、ずっとお前が心配だった。りんのすけがいないと、学校がつまらないんだ。でも、何て声をかければ良いかわからなくて。ずっと連絡取らなくて。本当にごめんな。」言葉を出しながら、何故か心臓が震えた。鼻の奥がツンとする。あー、駄目だ。何故か涙が出そうだ。

「僕はもう、オカルト研究部をやる資格がない。部活のためにに通おうと思った学校だ。辞める手続きを進めようと思ってる。せっかく来てくれたのに、申し訳ない。」

りんのすけは、立ち上がり俺に頭を下げた。

 俺はそれを見て、涙が引っ込んだ。腹の底から何かが湧き上がってくる様なイラつきに駆られる。

「資格がない?何言ってんだ。全部自分のせいとか思ってんじゃねーよ!SDカードを部室に置いたのは俺だ!!今回の件は、全部俺が悪いんだからな!!!この被害妄想おたんこなす!!!」

俺が怒鳴ると、りんのすけの綺麗なおでこに血管が浮き上がった。

「また『おたんこなす』だなんて、貴様のボキャブラリーの無さは猿以下だね!!!そもそも、あのSDカードを作らせたのは僕だ!!!僕が悪いに決まっているだろう!!!お人好しも大概にしてもらおうか!!!」

りんのすけは、俺に近寄りガンを飛ばした。

「猿は言葉喋れないからぼきゃぼらりーとかそう言うのないでーす!!りんのすけは悪意があってあのSDカードを作ったわけじゃないんだから、そこまで気負う必要ないからな!!!責任を取るべきなのは全部地下室のアホ幽霊だから!!!」

俺もりんのすけにガンを飛ばす。

「ぼきゃぼらりーじゃなくてvocabularyだ!!!リスクヘッジをすれば防げたんだから、立案者で部長の僕が責任を取るのは当たり前だろう!!!」

「あー!もう!!誰が悪いとか悪くないとかどうでも良い!!!俺はお前と一緒に学校生活を送りたいんだよ!!一緒に遊んだり、一緒に部活やったり、一緒に学校行事に参加したいんだ!!!たまには、俺のわがまま聞いてくれても良いだろう!!!」

俺が叫ぶと、りんのすけは怯んだ。顔を背けて横を向き、口に手を当てた。

「それは、……僕も、つかさと一緒に……いたい。」

耳を真っ赤にしながら、りんのすけが言う。

 俺は勢いで言った恥ずかしい事を思い出して、顔が熱くなる。

 側で見ていたサソリさんが、笑いを堪えられず吹き出した。肩を震わせて声を殺しながら笑っている。

「坊ちゃまの負けですね。」

 サソリさんは満面の笑みで、キシシシと笑う。

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