エルちゃんのぬいぐるみ2
そして、約束の金曜日。
一旦家に帰って私服に着替えたわたしたちは、近くのコンビニで買い物をしたあと、エルちゃんの家へ向かって歩いていた。
「四ノ宮、なんでそんなもの買ったん?」
「ねんのため」
「……四ノ宮さん、なんか不機嫌?」
「べつに」
そんなやりとりをしたあたりで、エルちゃんの家に到着した。
見た目は、ごくふつうの一軒家だ。二階建てで、小さな庭がついている。
玄関の隣には、「鈴原」と表札が出ていた。
久遠寺さんが呼び鈴を鳴らすと、間も無くドアが開いた。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちわ」
髪の長い女性と、わたしより背の低い女の子。
「エルちゃんの先輩さんなのよね。今日はゆっくりしていって」
髪の長い女性が、やわらかく言った。とってもやさしそうなお母さんだ。
その後ろに隠れたエルちゃんが、ちいさく「よろしくお願いします」と言った。
わたしたちは用意してきた荷物を持って、二階に上がった。
「わっ、ほんとにたくさんあるね」
御子柴さんが、のけぞり気味に言った。エルちゃんが、照れたように答える。
「いつの間にか、増えちゃったんです。なんだか捨てづらくて」
その気持ちはよくわかる。可愛がっていた人形やぬいぐるみっていうのは、不思議なくらい捨てられないものだ。
「あ、荷物はその辺に置いてくださいっ」
「おっけー」
着替えの入ったバッグを下ろした久遠寺さんが、わたしの後ろに回って肩をおした。
「さあさあ、頼むよ、四ノ宮っ」
と、いわれましても。
とりあえず、そのぬいぐるみを見てみるか……。
「それで、エルちゃん。例の、夜中に動くぬいぐるみっていうのは?」
「あ、はいっ。このクマさんです」
エルちゃんがたなから取り出したのは、何の変哲もないクマのぬいぐるみだった。
わたしも昔、似たようなぬいぐるみを持っていた気がする。
あえていえば、くたびれている。年代物というか……毛が抜けてしまったのだろう。正直、すこしみすぼらしい。
見方をかえれば、いかにも『それっぽい』ということだ。
御子柴さんが、しげしげと人形を見て言った。
「なんか、意外だね。もっと、市松人形みたいなのを想像してた」
「市松人形? って、なんですか?」
「おかっぱで、和服の人形だよ。ほら、人形の髪が伸びるーとか、聞いたことない?」
「ええっ、人形の髪が伸びるんですか⁉︎」
エルちゃんがぶるっと震えた。怖がりなのは本当らしい。
この分だと、かなしばりに合って、さぞかし怖かったことだろう。
「でも、このクマさんは……」
わたしはクマのぬいぐるみを受け取って、じっと目をこらした。
正直、よくわからない。
いやな感じがするかと言われると──そんな気がしなくもない、くらいだ。
でもそれは、このぬいぐるみが古くて不気味だからかも……。
くるっとひっくり返すと、タグにアルファベットが書いてある。
E・S。なんだろう、と考えて気がつく。ELU・SUZUKIのイニシャルだ。
「どうですか? 四ノ宮せんぱいっ」
うう。ものすごく期待を感じる……。
「ま、まあ、とりあえずは様子見かな。やっぱり、実際に動いてるところを見ないとなんともね」
「あ、やっぱりそうですよね……すみません……」
エルちゃんがしょんぼりした。こっちこそ、なんかごめんね。
そのあとは、四人でボードゲームをして遊んだ。なんだか、すごくなつかしい感覚だ。まるで、小学校のころみたい。
人間の友だちはいらない。水凪の事故があってから、ずっとそう思ってきたけど。
でも……。
ひとくぎりついたあたりで、エルちゃんが、おずおずとスマホを取り出した。
「御子柴せんぱい、四ノ宮せんぱい。あの、もしよかったら……」
これは──メッセージアプリの、友だち登録のお申し出。
御子柴さんが、目を丸くした。
「エルちゃん、もうスマホ持ってるんだ」
「はい! 去年の、クリスマス兼誕生日に買ってもらいました」
クリスマス兼誕生日?
「エルって、誕生日が十二月二十五日なんだよ」
久遠寺さんが、手札からスペードの6を出しながら言った。
そういうことか。ちょっとめずらしいけど、そういう子もいるよね。
「そうなんです。だから、いつもちょっと損した気分になるんですよね」
「まあまあ、二倍祝ってもらえばいいじゃんね」
久遠寺さんが、ぺしぺしとエルちゃんの肩を叩く。姉妹みたいだ。仲良しだな〜。
御子柴さんとエルちゃんが連絡先を交換して、次はわたしの番。
わたしは──すこしだけ悩んだあと、スマホのロックを解除した。
「うん。いいよ。交換しよう」
「ちょっっと待ったーーっ!」
わたしとエルちゃんの間に、すごい勢いで御子柴さんがすべりこんできた。
な、なにごと。
「ごめんねエルちゃん! でも、四ノ宮さんと友だち登録するのはあたしが先だから!」
「え、べつにどっちが先でも……」
「よくない! 全然よくないよ! だってあたしのほうが、先にお友だちになったんだから!」
「……前にも言ったけど、わたしは、御子柴さんの友だちには、」
「友だちだよ」
真剣な声で、御子柴さんが言った。
「四ノ宮さんは、あたしの、大切なお友だち」
わたしの手をにぎって、じっと目を見て。
「四ノ宮さんがどう思っていても、あたしにとっては、かっこよくてやさしい、自慢の友だちだよ」
御子柴さんは、まるで太陽のように笑う。
なんの話だかわからない久遠寺さんとエルちゃんが、うしろできょとんとしていた。
そしてわたしは、順番にみんなと友だち登録をして、思い切りボードゲームで遊んだ。
たくさん笑った。
ひとしきり遊んだあたりで、エルちゃんのお母さんが呼びにきた。晩ごはんだ。
エルちゃんのお母さんの作る料理はとても美味しくて、エルちゃんとミーコさんはおかわりもしていた。さすが、体育会系。
食事が終わると、わたしたちはお皿をシンクに運んだ。ゴム手袋をつけた早希さんの隣に、エルちゃんが並ぶ。
「早希さん、洗い物、手伝おうか?」
「いいのよ。エルちゃんはお友だちと遊んでいて」
そのとき。
ふと、首すじのあたりに、ピリッとした気配を感じた。
背後を振り返る。けれど、誰もいない。気のせいかな……。
背の低いたなと、窓があるだけだ。
よく見れば、たなの中には、三匹のウサギさんがいる。
白いウエディングドレスを着たウサギと、タキシードを着たウサギ。そして、一回り小さな子ウサギさん。土台には、「結婚記念」と書いてある。
あのぬいぐるみから、視線を感じたのかな……。
でも、どう見てもただのぬいぐるみだ。
もし、ここに万智がいてくれたら、こんなの全然怖くないのに。
まったくもう、あの過保護なわからずやめ。
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