第14話――留まる声

 相川は目を細めた。


 背丈は低く、ピンクのパジャマを着た女児のように見えた。

 軽く俯いている。


 ふと、女の子は気づいたように、こちらへ顔を上げた。

 その口がわずかに動いたのがわかった。

 何かを言っているようだ。


「なんだって……? 何を?」


 見ると、女の子は消えていた。


 相川は、一瞬だが、その少女の顔を見た。

 見覚えがあった。

 髪が長く丸い顔で笑顔の写真――


 この事件がニュースで報道された際に映された被害者の一人――

 葉室麻綾はむろまあやの写真の顔とよく似ていた。


 あの日、この家で一体何があったのか? 


 胸の辺りに、また、いつものモヤモヤした重苦しい感覚を感じ始めた。


 そう。

 刑事を辞めた理由も、急に覚醒したこの『個性』のせいだった。


 場所に残された人の気持ちや、思惑。

 それらが頼みもしないのに耳に入って来る。時には、さっきのようにことも。

 それまでは、何も感じないまま平然と通り過ぎていたのに。


 実際に担当した殺人事件の犯行現場では、「亡き被害者」の声を聞き、容疑者の名前が浮かんだこともある。

 

 しかし、証拠がない。

 そして、釈放。


 そんな事件の捜査を繰り返しているうちに、相川は、刑事でいることの無力さに耐え切れなくなってしまった。


と出会わなければ」


 相川は独り事を呟きながら、今ある風景に意識を集中させた。


 なぜ、麻綾と思われる女の子が姿を現したのか?

 刑事というしがらみに縛られない現在、その意味を自由にリサーチすることが今の彼にはできた。


「え?」


 背後から聞こえた声に思わず相川は振り返った。


「あっ……」


 振り返ると、が若いと目を丸くして立っていた。


「何しているんですか! こんなとこで?」


 高倉が声を上げた。


「いや……ちょっと気になってな。あのメールの主が、なぜこの一家に執心するのかと」


 相川は、突然の再会に少し戸惑いながら言った。


「早速、元サイキック刑事の本領発揮ですか!」


 米田が、横から身を乗り出すように、ワクワクしながら言った。


「だから相川さんは、そういうのだけじゃないって!」


 高倉の高い声に、一緒に来た複数の捜査官が一斉に振り返った。彼らの視線が、相川一点に注がれる。


「サイキック? 相川って……まさか、あの」


 多くの警察官にじろじろと見られ、一瞬、相川はその場から立ち去りたい気分になった。


「で?」


 高倉が、不意をつくように唐突に聞いてきた。


「……で? って?」


「何か見えたんですか?」


 高倉が少し悟ったような目で相川を見つめた。


「いや……特に」


 相川は高倉の目をじっと見据えながら表情を変えずに言った。


「見えたんですね」


 高倉が、さっきまで相川が見ていた家と山の境に目を移しながら言った。


「え?」


「わかりますよ。で? 何が見えたんです?」


 相川は諦めたようにその方向を向いて、鼻でため息を漏らしながら言った。


「……女の子が見えた」


「女の子? どんな?」


「ピンクのパジャマを着てた」


「殺された麻綾まあやちゃんが着てた……」


「え! 早速見えるんですか? マジすげ――!」


 米田が浮かれるように声を上げたが、それを無視するように高倉は聞き直す。


「彼女は何か言ってました?」


「……『』と」


「話を……聞いて?」


「ああ」


 高倉は意表をつかれたように目を瞬かせると、訊き返した。


「……で? その……話の内容は?」


 すると、相川は、その境界線の方に視線を置いたまま、首を軽く横に振り、


「いや……それだけ言って、消えてしまった。彼女は亡くなった後でも、まだここに留まっている。何かを必死に伝えようとしているんだ」


 そう言うと、また高倉の顔を真っ直ぐに見つめて言った。


「だから」


「……え? だから?」


 彼女はきょとんとした表情で問い返す。


「ちょっと……中見せてくれない?」


 相川が、張られているテープの先を見つめながら足を進めようとした。


「な……! 駄目です! もう刑事じゃないんだから!」


 高倉が両手を広げながら、相川を制止した。


「いいだろ。捜査の関係者かなんかだと言ってくれたら。少しぐらい」


 相川が蟹歩きのように、横に体をスライドさせながら言った。


「何かあれば私が責任をとらなきゃいけないんですから!」


「懐かしいな。久しぶりに聞いたよ。そのセリフ」


 相川が、嬉しそうにはぐらかしながら言った。


「ふざけないでください!」


「僕も見たいです! 超能力探偵の実力を!」


 米田がそばあおるように言った。


「ちょ……! ちょっとあんた何言ってんの! 全部私に降りかかってくるんだから!」


 結局、押し問答の末、相川は高倉に固く阻止され、渋々その場を後にした。

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