第10話――常連
高倉と米田は、和也が通っていたと思われるキャバクラを訪れるため、上野近辺を歩き、その店を探した。
時計を見ると、夕方五時を回っており、通りはこれから賑わう装いを始めていて、店員が電飾看板を出している姿も見受けられた。
米田がきょろきょろしてると、毛皮を羽織ったかなり厚化粧の五十代……いや、六十代くらいと思われそうな女性が彼に近寄ってきた。
「かっこいいおにぃさぁん。ちょっと遊んでいかない」
すると、前を歩いていた高倉が振り返り、鬼の様な形相でその女性を睨みつけた。
毛皮の女性は表情を一変させ、虎に睨まれた狐のように慌てて背を向け、そそくさと向こうへと早足に歩いて行く。
高倉は、周囲の華やかな看板を見渡しながら呟いた。
「場所は? 確か……この辺りだったはず……」
「ああ、そこは姉妹店です」
米田が少し頼もし気に言うと、
「姉妹?……なんでそんな詳しいわけ?」
高倉が顰め面で、米田の方を向いた。
「……あ……ああ……捜査のために事前にネットで調べてたんです……」
米田が張り切りすぎた自分に気づき、ごまかそうと視線を逸らして前を向いた。
「刑事舐めてんの?」
高倉が、横から米田の表情を探るようにじっと凝視しながら言った。
「ちょっと先輩……! プライバシーの侵害ですよ! 確かに、友人と一回……」
「一回?」
高倉は刑事の顔つきで、米田の顔から視線を離さず聞き返す。
「……ああ……二……回だったけな……ああ、あった! ここですね!」
米田が救われたように前に見えた看板を見上げ、少しわざとらしい高い声を上げた。
「……」
高倉は誤魔化そうとした米田の顔をじっと見つめた後、ゆっくりと看板を見上げた。
『マイリトルファンタジー』と、背景がピンクで白い丸文字で書かれた看板は、まだ照明が点いていなかった。
ドアをノックすると、しばらくして中から、白いワイシャツ姿でネクタイを外し金髪で髪を上げた若いボーイが顔を出した。
「はい……」
「ここに、ゆりさんというホステスはいらっしゃいますか? 警察の者です」
高倉が手帳を前に出して言った。ボーイは高倉の顔と手帳を見比べた後、少し怪訝な表情を浮かべた。
「……いますけど、……彼女が何か?」
「葉室和也さんが、よく指名されていた方とお聞きしまして」
「葉室? お客さんの本名言われても。隠す人がほとんどですし」
ボーイが少しぶっきらぼうに答えると、
「こちらの男性です」
高倉は和也の写真を彼の前にかざした。
「……ああ、はっさんですか」
ボーイの表情が少し和らいだ。
「彼は、最近ここに来られたことは?」
「来てましたよ。昨日も」
「昨日? ……ゆりさんは、中に?」
高倉は店の中を覗き込むような素振りで聞いた。
「ええ」
「お邪魔しても?」
「ええ。どうぞ」
ボーイは背を向け中に入って行った。二人はその後ろをついて行く。
九十年代の懐かしいユーロビートのアップテンポな曲が流れていたが、照明が薄暗い接客スペースにはまだ誰もいなかった。ボーイは、そこを通り過ぎて、奥のトイレがある狭い通路へと案内した。
「ゆりちゃん! ちょっと来て! 警察の人が、はっさんのことで話したいって!」
一番突き当りのドアの前で止まり、ボーイは音楽に負けないように強めにノックし声を上げた。嬢たちの控室だろうか。返事はない。
「ちょっと入るよ」
そう言いながらノブを捻り、手前に引いた。
「ゆりちゃ……」
ボーイは部屋を見渡した。彼の肩越しに、刑事二人も中に目を遣る。
狭い五畳くらいの部屋の中で、少し太めの太腿とふくらはぎを露わにした白のボディコンシャスを着て、金髪の頭に白のリボンをつけ足を組んで座っている二十代? くらいの女性が、ポカンとこちらを見ながら煙草を吹かしている。
「……ゆりちゃんは?」
ボーイがその女性に声をかけると、彼女は無表情のまま、ゆっくりと壁の方を指差した。
そちらを向くと、小さい窓が全開にされていた。
高倉は、はっと気づき、慌ててボーイの脇をすり抜けるようにそちらに走って行き、窓から外を覗き込んだ。
正面に見える隣の建物を挟んで、左右にコンクリートの細い通路が通っていた。
左を見ると、突き当りに網のフェンスが見えた。
高倉は、右を向いた。
その突き当りにもフェンスがあり、その上にパステルピンク色のドレスを着て、同じ色のリボンを頭につけた少し背の高い女性が、素足で足をかけていた。
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