第8話――葉室家の長男
高倉と米田は、葉室和也の住んでいる杉並区内のアパートを訪ねた。
二階建ての質素な造りで見た目では築何十年と経ってそうだ。
階段を上がり、一番突き当たりにある部屋の前で止まり、ノックをした。
返事がない。
ドアのポストに運送屋の不在連絡表が何枚も掛けられている。
すると、横からドアの開く音がして、そちらを向くと隣の住人がその隙間から顔を覗かせていた。
見た感じ五十代か、六十代くらいの主婦だ。高倉と目が合うと、思わず顔を引っ込めてドアを閉めようとした。
「あっ! すいません。お隣りさんのことで少し伺いたいことが。八王子署の者です」
高倉が、慌ててポケットから手帳を出した。
「……警察? あの人何かやらかしたんですか! やっぱり……ちょっと変わっている人だと思ってたけど」
「最近は、こちらに帰ってられないようですが」
「……もう一週間くらい見かけないわね」
「『変わっている』と、申されましたが」
すると、その主婦は周囲を気にしながら、声を潜めるように語り始めた。
「ここは、壁が薄い安アパートでね。隣で、毎日ブツブツブツブツ、大きな声で……何かお経のような、まじないのような気色の悪いやつ。昼間ならまだしも夜中二時、三時とかにやってて、もう堪らなくなってね。一回うちの主人がブチ切れて、『バカ野郎!』って、壁を思い切り蹴って……。そしたら、あのあんちゃんが怒鳴り込んで来て、言い合いになって、警察を呼んだことがあるんですよ」
「暴力を振るわれた?」
「いえ。そこまではなかったんですが……。仕事もしてるんだか、してないんだか。たまに、派遣の仕事でポツポツ働いてたみたいだけど」
「どうして、派遣だとわかるんですか?」
高倉が少し目を細めて聞いた。
「たまに、担当の人だと思うんだけど、アパートの下に、社用車を停めて迎えに来てたんですよ。『ハートスタッフ』っていう目立つデザインが入ってたからよく覚えてます。最近よくCMでやってるじゃないですか。あれよ。あれ……『仕事が好きなあなたに、ホットハートを』っていうやつ」
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