奇跡

 私は聖女なのです。


 外部を嫌い神殿内の安寧を好む【体】の神官といえどもその言葉には引き下がるしかなかった。

 ひとたび戦が起これば彼女は人々を癒やすために戦地にだって赴く。

 聖女はだからこそ聖女であった。

【体】の神官は白髭を撫で上げた。


「わかりました。聖女よ。貴女のいうとおりルンを受け入れましょう」


アマルタの翠の双眸が喜びに輝いた。

 

「しかし、条件があります」


 その輝きに当てられまいと【体】の神官は目を細めた。


「一つ、貴女の部屋にいれないこと。一つ、二人だけの状況には決してならないこと。一つ……これは元気になってからでかまいませんが……、掃除係として神殿を磨きあげること」


 アマルタは唇を尖らせた。

 ルンは害なすものには見えない。それほど警戒する必要はないのではないか。


「よろしいですな?」


【体】の神官は語気を強めた。


 確かにそれほど無理難題では無い。


「わかりました。ではそのように致しましょう」


 アマルタは小さくうなずき、立ち上がった。

 とりあえず今は処置室に行きルンの手当てを優先するべきだろう。


 処置室ではアンスンがルンを見守っていた。

 彼がいてくれるなら【体】の神官の条件を破ることにならない。


「アンスン、ルンは?」


「聖女様。相変わらず声は聴こえませんが、……これは鼓動でしょうか、だとしたら回復はすぐかと」


 処置台の上に置かれたルンは、アンスンの言うとおり「ブゥゥン」と音を立てていた。


「やはり神殿に連れてきてよかった」

 アマルタは安堵に目を瞬いた。


 この時起こった『奇跡』は聖女アマルタには理解出来ないだろう。


 それは瀕死だった生物が聖力によって命を長らえたというのとはちがうのだ。


 非正規品のルンバが異世界に来ることになったのと同等の奇跡。


 本来ならば充電をしなければ動かないロボット掃除機が電気を必要とせずとも動いたのである。


 それも本来ならばフル充電でも三時間しか動かないところ、リミットもなく動けるようになっていたのだ。


 聖力が電気の代わりとなったのか、神の計らいなのかわからない。


 しかしロボット掃除機は、あくまでロボット掃除機でありそこに意識や感情はなかった。

 神もロボット掃除機に自我を与えることはしなかった。

 不老不死ではなく、不老のみを与えたようなものだった。


 アマルタが今一度聖力を注入すると、「ブゥゥン」という音はいっそうはっきりとした。彼女はルンを抱えようと体勢を変えた。そのときルンの体の何かを押した感覚があった。

 瞬間、ルンの縦に三つついていた目が青く光った。そして、毛状の手足のようなものが体内から伸びた。


 数秒の間にルンは処置台の塵を吸い込み、水拭きを完了させた。


「なんと……塵を食べる種なのか……」

 アンスンが驚きの声を上げた。

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