第169話 米原の助言1

 ◇◆◇ 20XX年8月29日 13:00 ◆◇◆


 川奈さんと翔が、大手クラン【ポット】の事務所に併設している訓練スペースを利用し、汗を流し、シャワーを浴び、銭湯にまで浸かっているであろう中、俺は米原さんと小林さんと共に、応接室へと通された。


「玉座の前じゃなくてよかったんですか?」


 出されたお茶をすすった後、俺が言うと、米原はくすりと笑って言った。


「問題ありません。今の私は伊達殿の加護がありますから」


 加護とか言われてしまった。

 これは、信用されたという事でいいのだろうか。


「本来であれば、北海道の美味佳肴びみかこうに囲まれながら談笑としたいところですが、本日は、私から伊達殿に一つご忠告をと思い、この場を用意しました」


 そう言われ、俺はちらりと小林さんを見た。

 彼はコクリと一つ頷き、本来の場がここであると教えてくれた。

 なるほど、最初からこのつもりで俺をここに呼んだのか。

 彼らの意図はあるものの、それとは別件で話したい事……それは一体?


「西の【インサニア】の動きが非常に怪しくなってきています」

「【インサニア】が……?」


 驚いた、まさか山井さんのクランが関係しているとは思わなかった。


「一体、どういう事ですか?」

「伊達さんのような人間が増えている……と言えばわかりやすいでしょうか」

「俺のような人間…………可哀想に……」


 そう言うと、小林さんが噴き出した。


「ぷっ」

「こばりん……笑っちゃだめ……」


 そう言いながらも、米原さんだってプルプル震えているのだが?


「はははは、いや、貧困している天才が増えてるとかそうじゃなくてですね。低ランクながらも、【インサニア】内での発言力を持つ人間が増え始めたって事ですよ」

「あぁ~……そういう事ですか。……ってそれってつまり――」


 そこまで言うと、米原さんはコクリと頷いた。


「私が【インサニア】に忍び込ませている仲間からの情報ですが、どうやら、実力がランクに見合わない天才が増えているとの事。これはつまり、【はぐれ】を採用している可能性が高いという事です」

「今、さらっと忍び込ませてる仲間って……」

「情報は何よりの武器。伊達殿もそれは理解出来るでしょう」


 確かに、情報戦と考えると【大いなる鐘】も【ポット】も手を抜いている様子はない。

 それにしても【はぐれ】を採用している可能性って、【インサニア】は一体何を考えてるんだ?


「昨日の情報ですが、【インサニア】の代表兼序列1位の【番場ばんばあつし】と参謀兼序列2位【山井やまい拓人たくと】が正面からぶつかったそうです」

「山井さんが……え、正面からってもしかして――」

「――えぇ、【インサニア】で意見が合わず揉めた場合、白黒つける方法は、決闘という事になっています」


 番場さんと山井さんが決闘……この前連絡した時にはそんな事……いや、俺なんかに言える訳ないか。


「おそらく今回の件が原因でしょう」

「なるほど……それで、勝敗は?」

「素性の知れない者も率先して序列に加えると公言した、と」


 それは、山井さんが負けたという事。


「素性の知れない者……ですか」

「【インサニア】は【はぐれ】を採用していると公言できませんから」


 確かに、法を犯した天才を、罪を償わない内にクランが採用した場合、クランには罰則がある。公言出来るはずもない。

【インサニア】は、知らぬ存ぜぬを通して、クラン加入した【はぐれ】個人の責任にするのだろう。

 上手いやり方とは……言えないよなぁ。

 このかなり強引なやり口。番場さんならやりかねない。


「勿論、これには伊達殿が巻き込まれたような、昨今のイレギュラー続きも関係しているでしょう」

「ダンジョンボスがやたら高ランクになる、アレですね」

「えぇ。ですが、我々【ポット】はそれ以上の目的が番場にあると考えています」

「そ、それ以上って……一体どういう意味が?」

「勿論、【大いなる鐘】との正面衝突ですよ」

「はぁっ!?」


 俺は余りの衝撃に、その場に立ち上がってしまった。

 すると、米原さんは微笑みを浮かべ、


「……あ、すみません」


 再び俺が着席するのを待ってくれた。


「勿論、天才同士の抗争があるとは考えにくいと思います。ですが、およそ1カ月半の後、天才たちに馴染み深い祭典があるのを、伊達殿はご存知のはず」

「あー……もしかしてスポーツの日の天武会てんぶかいですか……?」


 聞くと、米原さんは小さく頷いた。

 ――【天恵てんけい展覧てんらん武闘会ぶとうかい】……略して【天武会】。

【天武会】では、小さなクランから日本一のクランまで、様々なクランが名乗りを上げ、その実力を披露する場である。

 毎年高視聴率を叩き出す娯楽の極致と言われ、各テレビ局、マスメディアも力を入れる祭典である。

 上位に入ったクランは企業からのスポンサー契約、護衛契約依頼などが殺到し、名実共に最高最強の称号を得られる場。


「ここ数年は【大いなる鐘】が最優秀クランとされていますが、番場が動いた以上、【天武会】もどうなるかわかりません」

「確か【ポット】は……」

「ふふふ、我々は参加しませんからね」

「そうですよね、しかし……何故それを俺に?」

「【天武会】は権謀術数けんぼうじゅっすうが渦巻く祭典。企業からの圧力、天才からの妨害など、毎年裏では多くの被害が出ています。伊達殿は、これに巻き込まれる事が確定しておりますので」


 そう言いながら微笑み、米原さんは、優雅に、美しく、お茶が入ったカップを口に運んだ。

 ………………確定ってどういう事ですかね?

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