第84話 遥希とやってないこと

「ふんふん♪♪ 」


 鼻歌を歌いながら、颯の手を握った状態をキープする瑞貴。変わらずに豊満な胸は颯の腕に当たる。距離を取る気は一切なさそうだ。


「おっと♪ よっこいしょ!! 」


 ご機嫌な空気を崩さずに、瑞貴は颯の肩に自身の頭を置く。しかもいきなりだ。


「は!? な、何してるの!! 」


 動揺を隠せない颯。悲鳴に似た驚きを含んだ声が漏れる。


 颯にとって自身の肩に女の子の頭が載るなど初めての経験だった。顔も非常に近い。ゼロ距離に瑞貴の顔が存在する。男性からは決して嗅げない髪の香りも颯の鼻腔を撫でるようにくすぐる。


「あ、もしかして初めての経験だった? 」


 そんな初心うぶな反応を見せる颯を、瑞貴は意地悪な笑みを浮かべながら揶揄う。


「そ、そんなことないよ。…こ、これぐらい…何回か経験したこと有るし……」


 ここで素直に認めれば、瑞貴に畳み掛けるように揶揄われると思った。そのため、素直になれず、嘘を吐いて強がった。本当は初めての経験にも関わらず。


「ふふっ。強がっちゃって。バレバレだからね? 」


 瑞貴は全てを見通したように微笑む。


「嘘は吐いてないからね。本当だからね」


 瑞貴と目を合わせられず、そっぽを向きながら、颯は初めてでないことを主張する。


「まぁ、そういうことにしといてあげる」


 颯の主張を快く受け止めるように、瑞貴はギュッと握る手の力を強める。愛情表現だろうか。


 そんな不意打ちにドキッとしてしまう颯であった。実にチョロい。


「話は変わるけど。颯君の部屋は何処かな? 入りたいんだけど」


 瑞貴が颯の部屋に入りたいと言い出す。


「え…。何で? 」


 言葉には出なかったが、明らかに拒否反応が態度に現れる颯。


「もしかして遥希ちゃんも部屋には入れたことない? 3人の中では、うちが初めて? 」

 

 意味深な言葉を紡ぎ、ゼロ距離に存在する瑞貴は上目遣いで薄く笑みを溢す。


「それは。…その通りだけど」


 正直に肯定する颯。今まで母親以外の異性を自身の部屋に通した経験は無い。


「それなら絶対に入りたい!! うちが初めての人になりたい」


 おっとりした口調が少しだけ強くなり、初めてを強調する瑞貴。


「えぇ~」


 瑞貴の必死さに、多少なりとも圧倒される颯。正直入れたくない気持ちも有った。


「ダメ…かな? うち何か自分の部屋に入れたくない? 」


 上目遣いでウルウルと瞳を潤ませ、瑞貴は尋ねる。爆発的な破壊力である。


「そ、そんなことないよ!! いいよ。俺の部屋に入っても」


 瑞貴の可愛らしい表情に敗北し、颯は部屋の入室許可を出す。瑞貴を悲しませたくない思いも有った。


「本当に!! やった!! 颯君ありがとう~」


 ぱぁぁっと表情が明るくなり、瑞貴はすりすりと颯の肩に頭を擦り付ける。


「颯君の部屋は何処? 2階? 早く行こうよ」


 くいくいと階段を指差し、瑞貴は催促する。いち早く部屋の訪れたようだ。口調や表情で推測できる。


「分かったから。少しだけ落ち着いてよ」


 瑞貴に急かされる形で、颯はソファから立ち上がる。未だに手は瑞貴と繋いだ状態だ。


「さっ! 早く颯君が毎日過ごす部屋に案内して欲しいな」

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