第82話 1学期最終日

 担当教員の締め言葉が終わり、1学期最終日のホームルームが幕を閉じる。


 明日から夏休みに突入することもあり、途端に教室は喧騒な状態に変貌する。教室は喜びの声で充満し、普段よりも格段に五月蝿いお祭り騒ぎだ。


そんな喧騒な世界に身を置きながら、颯は黙々と帰りの支度に取り組む。


 耳には男女関係なくクラスメイト達の喋り声が飛び込んでくるが、気にせずに机の中から学生カバンに教科書やノートを移動させる。


「おっす! 颯!! 」


「颯君!! 1日お疲れ様!! 」


「天音っち!! 今日も来たよ! 」


 帰りの支度を終えたタイミングで、遥希・瑞貴・愛海が颯のクラスを訪れ、いつも通り彼の席を囲む。


「明日から夏休みだね。皆でいっぱい遊ばない? 」


「いいね!! 愛海も、みずっちに賛成だし!! 」


 1番に愛海が瑞貴の提案に同意を示す。


「私も賛成だ。颯もどうだ? 」


 3人が同意した所で、遥希が颯に聞く。


 遥希・瑞貴・愛海の視線が一斉に颯へ集まる。皆が颯の返答待ちだ。


「うん。良いと思うよ」


 空気を壊す訳のは気が引けたので、夏休みの予定など特に考えずに、颯は同調する。


「颯も行けるな。良かった。ここで夏休みの遊び計画について存分に話し合いたいが、ここは騒がしすぎる。だから帰りながら話さないか? 」


「それは愛海も賛成」


「うちも」


 うんうんっと何度も頭を縦に振る瑞貴と愛海。少なからず、遥希達は教室の喧騒な声に不快感を抱いたようだ。


…。うん。確かに五月蝿い。


 颯も遥希の提案に同意し、4人で教室を後にする。


 廊下も大分騒がしいが、教室に比べれば幾分か静かであった。


「それで何処に行くし? 」


 まずアウトドアが好きそうな愛海が切り出す。


「プールとか海とか、夏っぽいところがいいよね! 」


 瑞貴もノリノリで愛海の切り出しに乗る。


「じゃあ、候補を出してくれ!! どんどん出していいぞ!! 」


 自身のカバンからスマートフォンを取り出し、メモのアプリを起動する遥希。準備万端な姿勢を示す。


「えっと! プールと海!! 」


「夏祭り、キャンプ!! それと山とアミューズメントパークとか」


 遊びに対する乗り気が強い愛海と瑞貴が次々と希望の場所を口にする。どれも王道の場所だが、確実に楽しめそうなスポットだ。


「プール、キャンプ、アミューズメントパークか。よしよし。なるほど」


 愛海と瑞貴の発言を聞き逃さず、遥希はスマートフォンのメモアプリに聞き取った内容を打ち込む。慣れているのか。タイピングも異常にクイックだ。


「どこも楽しそうだな。どうする? 何なら全部行くか? 」


 遥希は出た候補を否定せず、全てを好意的に受け入れる。


「「賛成!! 」」


 遥希と愛海が同時に賛成の意を示す。


「決まりだな。皆お金の方は大丈夫か? 」


「うちは問題ないよ」


「愛海も貯蓄が有るし」


「あの。ごめん、お金あまり持ってなくて…」


 物事が順調に進んでる最中、申し訳ない気持ちを抱えながらも、颯はお金をあまり持ち合わせていないことを打ち明ける。


 現時点で、財布の中身と自宅に保管する金額を合算して1万円ほどしか持ち合わせていない。先ほどの話を聞く限り、1万円など2日ほど遊べば消滅してしまう。


「大丈夫。ならアルバイトしよう!! もちろん私も一緒に働くぞ!! 」


 嫌な顔1つ見せず、遥希は颯と共に働く意志を示す。


「あ! そうやって遥希ちゃんは颯君と過ごす2人の時間を増やそうとする!! させないよ!! うちも颯君と一緒に働くよ!! 」


「ま、愛海も一緒だし!! 丁度お金も欲しかったし!! 」


 遥希に対抗するように、瑞貴と愛海も声を上げる。


「流石に悪いよ。俺1人で働くから。3人は一緒に働かなくても…」


「「「それは1番ダメ!!! 」」」


 遥希達から猛反対を受け、最初の1週間はアルバイトに従事して、お金を貯める予定が確定する。


 休みの初旬の予定が決定したタイミングで、4人の帰路に分かれ道が生じる。


「あらら。ここで皆お別れだね」


 遥希・愛海は同じ方向、颯と瑞貴は各自で異なる道である。


 そのため、この交差点が自然と4人の別れ道となる。ここの交差点でいつも帰路の分けれ目が生じる。


「それじゃあ、またな」


「うん。またね」


「バイビー」


「みんな、また今度ね」


 それぞれの帰路を選択し、遥希・愛海は同じ方向、颯と瑞貴は異なる道を進む。


 外出の際は持ち運ぶ自宅用の鍵を学生カバンから取り出し、ドアのロックを解除する。


 自宅に入り、「ただいま」と気のない帰りの挨拶を口にする。颯の帰宅際のルーティーンである。


 シーーーーーン。


 自宅には颯以外に誰も人が存在しないため、返事は期待できない。


 いつもと変わらぬ生活世界の玄関で靴を脱ぎ、丁寧に靴箱に仕舞い、2階に届く階段を登る。


 自分の部屋に到着すると、学生カバンを部屋の床に適当に置き、制服を脱ぎ始める。カッターシャツから順に脱ぎ、いつも掛けるハンガーに吊るす。そして、部屋着の上下白のジャージに着替える


 ピ~~~ンポ~~~ン♪ ピ~~~ンポ~~~ン。♪


 適当に寛ごうとベッドに身を預けることを試みたタイミングで、ドアフォンのリズミカルな音が颯の耳を通過する。


「こんな時間に誰だろ? 」


 訪問者に覚えが無く、気になる様子ながらも、階段を降りて1階に場所を移す。面倒臭いため、ドアフォンのカメラの確認もせずに、颯は自宅のドアを開ける。


 外の太陽の光が颯の自宅に差し込む。ドアを開放したおかげで自宅の外の世界が姿を現す。


 ドアが完全に開いた先には瑞貴の姿があった。瑞貴は制服の姿のままだった。


「ふふっ。いきなりごめんね。今日は泊まりに来ちゃったよ。…ダメかな? 」

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