天女魔年 第11話 説明
目を開けたら灰色の石造りの天井が見えた。
私が寝ているのは寝台の上だった。服装は変わっていないが、装飾品は外され、まとめられていた髪もほどかれているようだ。視線を動かして確認したところ、最初に身支度を済ませた部屋の寝台に寝かされているようだった。
最後はマクシミリアンに抱きしめられたところまでは覚えているのだけど、その後の記憶が途絶えている。彼は大丈夫だろうか。
身体を起こすと、部屋の隅からクラーラが近づいてくるのが見えた。
「私はどれくらい眠っていたの?」
「二刻(4時間)くらいでしょうか。夕食の時間ですが、お召し上がりになりますか?」
「あまりお腹が空いていないから、いいわ。」
眠りに入る前に見た映像が思い返されて、胃がぎゅっと痛くなった。
「マクシミリアンは?」
「マクシミリアン様は、本日は自室に下がられていますが、リシテキア様がお目覚めになられたら知らせるよう命を受けています。」
自室に下がったということは、魔王就任に関するもろもろの作業は終えたのだろう。
クラーラはしばらく空中を見つめた後、私に向かって言葉を紡いだ。
「マクシミリアン様はこの後こちらで就寝されるとのことです。リシテキア様の就寝の準備を済ませておくようにとのことですので、もう一度湯浴みをいたしましょうか。こちらに運ばれた時に、肌などの汚れは取り除いたのですが。今着ている服も処分させていただきます。湯浴みの後はこちらにお着替えください。」
どうもクラーラは、会わなくてもマクシミリアンの従者であるヴェルナーと連絡が取れるようだ。魔術なのか、何か魔道具を介しているのか。
それにしても、私はマクシミリアンと同じ寝台で寝るのだろうか?今までは、彼は洞窟の入り口近くで休んでいたから、近くで寝たことはない。
何かされることはないと思うけれど。
でも、いろいろ説明を受けたいことが山積みだから、話ができる機会があるのは助かる。
私はクラーラから渡された寝間着を手に取って、寝台から起き上がった。
「少しは休めたか?」
衝撃の映像から約三刻(6時間)。彼は昼間の出来事などなかったかのように、私に声をかける。
「ごめんなさい。私、途中から記憶がなくて。。」
「いや、私のほうこそ、情けないところを見せてしまい、すまない。」
それは、謝るところではないと思うのだけど。。
黒の寝間着の上にガウンを羽織った彼は、私と同じくらいかそれよりも年上に見える。初めて会った時は、弟と同じくらいに見えたから、確かに成長している。
「これから今までの件について説明する。そなたたちは下がっていい。」
後半の言葉は、扉近くにいるヴェルナーとクラーラに向けられたものだ。
「明日は共に2時鐘(午前3時)に参ります。」
2人は私たちの方に礼をして、扉を開けて部屋を出て行った。
彼はそれを見送った後、寝台の端に腰かけていた私に、寝台の奥に行くよう指示する。
私が移動すると、その隣に上半身を起こすように座った。
お互いの背もたれとして、大きな枕をあてがう。
「寝台の上で話すべきことなの?」
「話が長くなるからな。終わったら、すぐに寝られるだろう?では、始めるぞ。」
まずは私の紹介から。
私はこのルグレイティの地を治める魔王を継承するために、魔力量の高さ故に赤子の頃に引き取られた魔人だ。本当の両親は知らない。
ルグレイティの地は魔王オーレリアンの兄が務めていたが、彼は私が物心つく前に出奔した。その後はオーレリアンが魔王の座を引き継いだが、オーレリアンには血縁がいなかった。私は元々出奔した魔王の養子として引き取られたが、早々にオーレリアンに育てられることになった。
ただし、魔王の継承者と言っても仮だ。魔王の継承は魔王の討伐によってなされるからだ。もし、私が継承する前に誰かがオーレリアンを討伐してしまったら、その者が魔王に成るはずだった。しかし、オーレリアンは魔王の中では強い方であったためか、今までに討伐されることはなかった。
オーレリアンはだいぶ前から病を患っていて、もう長くは生きられない状態だった。そのため、私は魔王を早く継承するよう急かされていた。
「そこに現れたのがそなただ。」
彼は隣に座る私に向かって指差した。
「私が生かされたのが魔王を継承するためとはいえ、私は魔王の座に全く興味はなかった。他に立候補者がいれば譲ってもいいとすら思っていた。それに私にも持病があった。」
「持病って?」
「・・・一定周期で死にたい衝動が湧き上がるのだ。実際に私は何度も自分を虐げようとしている。ここ最近はそれが分かっているから、衝動が出ると、何も持たず、何もない空間に閉じこもるようにしていた。魔術については発動禁止の結界をその空間にあらかじめ張っておき、自分で自分を殺してしまう手段をなくす。その空間の中でひたすら衝動が治まるのを待った。だが、そなたに会ってから、その衝動は起きていない。通常は一週間周期くらいで発生するのだが。」
「持病が治ったとか。」
「そんなに簡単に治るなら苦労はないのだが、治ってはいない。実は先ほど、久しぶりに発症した。病の症状を抑えるには、そなたの一部を体内に取り入れる必要があるらしい。今回は発症後だから、血では抑えきれない可能性が高かったので、魔力を奪った。・・そして、そなたの目を覚ましてしまった。というわけだ。」
なるほど、目を覚ました時に、彼がひどい顔をしていたのは、血まみれ作業をした後だったというわけか。私を組み敷いていたのも、私から魔力を奪った後だったのだろう。
私が自分の考えに軽く頷いているのを、彼は言葉なくじっと見つめている。
「・・まぁ。いい。私はそなたが帰り道を探すのに協力する。そして、その間の居場所等を提供すると言ったな。そなたは天仕で、他の魔人に奪われてしまうのは困る。そのために私には力が必要だった。だから、私は魔王の座を継承することを決心した。私がそなたと結婚すると言ったのは、そう言っておいた方が、そなたがここにいやすいし、何かあった時にそなたを守ることが容易だからだ。それと、嘘でも叔父上を安心させたかった。」
「マクシミリアン。」
「叔父上は本当に厳しくも優しい方だった。彼は私の行く末を心配してくれた。私にとって家族と言えるのは彼だけだった。だから、せめて死ぬ前にこちらのことは心配しなくていいと言ってあげたかった。・・私と本当に結婚する必要はない。」
「なぜ、そこまでしてくれるの?」
私の望みは家族のもとに帰ること、彼の望みは自分の病を治すこと。お互いの望みのために、協力しているつもりだけど、彼のほうが多くを施しているような気がするのだ。
私が頬に手を当て、首を傾げると、彼は私の方を見て、苦笑した。
「私にもわからない。このところ自分の言動には驚かされてばかりなのだ。」
彼は枕に背中を預け、大きく伸びをした。
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