天女魔年 第10話 制御
身体の中をぐるぐると魔力が駆け巡る。私の心とは裏腹に、手は淡々と叔父上の上から、短剣を外し、床に倒れている彼女に当たらないよう寝台から落とした。
私の手も口元も胸元も赤く染まっている。口の中のものを飲み込むと、服の袖で、目元、口元の順にぬぐった。
残念ながら、彼女の血の美味しさを知ってしまった今、叔父上のものは味わって食べるというより、必要に迫られて取り込むものになった。今時、人を捕食することなど、そうはないはずだ。天仕に会ったか、魔王を継承するか、力をより得たいと望むか、捕食しても相手と一緒にいたいとか。。そんなことあるかはわからないが。もうまもなく私の中で彼は消化され、私の力になるだろう。
「ふうっ・・。」
身体を巡る熱を吐き出すように息をつく。だが、身体の中を巡るものが収まらない。ここしばらくなかった感覚だ。これは、私が病を発症する前兆にとても良く似た感覚だ。
ひとまず自害するための手段を、自分の周りから排除しておく。短剣は先ほど床に落とした。叔父上の首のところにあった剣も、目に見えないところに弾き飛ばした。
魔術は使えなくもないが、今の状態で使うと暴発する。魔力が急激に増えているので、私の身体になじむまでは制御が効かない。使用すれば、私だけでなくこの部屋、またはこの館ごと吹っ飛ぶ。それを思い返して、なんとか使用しないよう制御をかける。
だが、これはまずい。せっかく魔王の座を継承したというのに、このままでは自害してしまう。爪で自分の首筋を掻きむしる。それくらいの痛みでは、まったく衝動が収まらない。
私は床に頽れているリシテキアを見つめる。唯一私の病を抑える人物。
なんとか、寝台の上から身を落とすと、彼女のところに這うように身を進めた。
彼女の方に手を伸ばす。その手には叔父上の血がべっとりとついていて、真っ赤に染まっている。血が苦手な彼女に触れるのはためらわれるが、他に方法はない。服の裾で手をぬぐった後、私は彼女の肩を押して、身体を仰向かせた。
先ほど催眠の術をかけているから、簡単には起きないはずだ。
今までは彼女の血を貰っていたが、発症してしまっているから、血で収めようとすると、どのくらい摂取すればいいかが分からない。万が一、吸いすぎて、彼女が死んでしまった場合、私は病を治療する唯一の手段を失うことになる。今後、天仕に会うことなど、あるかどうかわからない。だから、彼女は失えない。
魔力であれば・・まだましだろうか。少量ずつ取り込んで、今、身体中駆け巡っている魔力と混じり合わせれば、自傷衝動が収まるかもしれぬ。
少量ずつの取り込みだから、意識を失った彼女と舌を絡まらせる必要もないし。何とかなるだろう。
私は、彼女の身体の上に覆いかぶさって、彼女の唇に自分のそれを合わせた。唇の粘膜経由で魔力を少しずつ取り込む。自分の身体の中をぐるぐると回っている魔力と中和させるようにじわじわと混ぜ込む。
魔力の巡りが弱くなってきた気がする。血だけでなく、魔力等彼女の一部を摂取すれば、病の発症を抑えたり、発症してもその症状を抑えることができるということらしい。
つまり、彼女の立場は私の薬に昇格したわけだ。やはり、魔王の座を継承したのは、正しい判断だったようだ。
その時、胸のあたりをぎゅっとつかまれた。
起きた?なぜ?
驚いて唇を外し、彼女の顔を覗き込む。ゆるゆると瞼が上がって、金色の瞳が私を見上げた。そのまま、私の顔を見つめると、ギュギュっと眉根を寄せる。
「ひどい顔。」
彼女は、私の頬に手を当てた。掌は思っていた以上に柔らかく、なぜか私は涙ぐみそうになった。病が連れてきた自傷衝動は鳴りを潜めていた。
「貴方・・成長している?」
「叔父上の力を取り込んだのでな。成長も促された。これでも齢にあった見かけではない。」
「・・もう、終わったの?身体を起こしてもいいかしら?」
私は彼女を手で制すると、叔父上の身体に向かって、手を振った。叔父上の身体が青い炎に包まれて、消えていく。青い炎が消えたことを確認してから、私は彼女を助け起こした。
「すまない。もうしばらく眠っていてくれるはずだったのだが。」
そう告げた私に、彼女は微笑して答える。
「いいの。貴方が心配だったから、ちょうどよかった。」
「心配?何を心配する必要がある?」
私が答えると、彼女は寝台の方を見た後、私に向き直り眉を顰める。
「本当に彼を害してしまってよかったの?唯一の身内だったのでは?」
「元々、叔父上ももう長くはなく、早く魔王の座を継承するよう促されていたのだ。魔王を討伐した者が魔王の座を継承する。継承するためには、叔父上を討伐しなくてはならなかった。だから、そうしたまでのこと。」
「貴方が一人になってしまうでしょう?」
「私は今までも一人で過ごすことが多かったし。病があったから魔王になるのを拒んでいたが、薬も見つかった。いい機会だったのだ。これが。」
私は質問に答えているのに、彼女の表情はどんどん曇っていく。私にはその理由がよく分からない。
リシテキアは、床に座り込んでいる私の前に膝立ちになると、私の首に腕を回し、抱き着いてきた。
「リシテキア。そのようなことをしたら、そなたに血が。」
「温かいでしょう?」
私の耳元で彼女が問いかける。
「私は貴方に命を助けられてここにいる。このぬくもりを貴方が守ってくれたの。そして、これからも魔王に成って守ろうとしてくれている。」
「だから、それは私のためだから・・。」
「でも、私を助けてくれたことは事実。感謝しているわ。マクシミリアン。」
彼女の声とぬくもりが染み入るように感じる。私はぬくもりに飢えていたのか。
「それに、きっとオーレリアンも、あなたをよくやったと、褒めてくれていると思うわ。」
彼女はそう言いながら、私の髪を撫でる。
彼女の言葉を聞いて、私は叔父上のことを思い出していた。彼は厳しくも優しい方だった。昔はよく褒められた。よくやったと。彼は私を本当の息子のように思っていると。
そして、最後の最後まで、私を優しい子だと。
「くっ・・。」
出てくる嗚咽を抑えることができない。人前で泣くのはこれが初めてだ。
私は彼女の背中に腕を回して、その身体を引き寄せた。
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