第4章 ユリウスの自覚(その1)

ルフェルニアの出張期間中、ユリウスはずっと落ち着かない気持ちでいた。

ルフェルニアの居室を覗いてもルフェルニアが居ない。

用もないのに、ルフェルニアの所属する部署を何度も訪れるので、先日ミシャに「帰ってくるのは来週明けです。」とくぎを刺されてしまった。


ユリウスはルフェルニアに告白されたあの日から、あの時、何と答えるべきだったのかをふとした瞬間にいつも考えてしまう。


(ルフェと僕は、わざわざ男女の関係が無くたって、ずっと今までみたいに一緒に居られるじゃないか。)


ユリウスにとって“男女の関係”は仕事やルフェルニアとの関係に邪魔になるものでしかない。女性からの熱烈なアプローチのせいで、何度邪魔が入ったことか。


(男女の軽薄な関係なんかより、僕らの今までの関係性の方がずっと絆が強いものだったのに。ルフェがあんなに急に距離を置くなんて…。ルフェが帰ってくるまで、連続4週も週末を一緒に過ごしていないことになるじゃないか。)


ユリウスは心臓の辺りがぎゅっと狭まるような気持ちになり、思わず胸の辺りを押さえた。

先々週はルフェルニアの告白のために週末の予定が曖昧に、先週は急に魔物討伐の予定が入り、今週と来週はルフェルニアが不在だ。


「ユリウス様、先日の魔物の被害についてまとめた資料の御確認をお願いします。」


補佐官のベンジャミンは最近上の空になることが多いユリウスに、心の中でため息をつきながら仕事の話しを振った。

今日は2人とも週末なのに連日庁舎に詰めている。ユリウスが参加した魔物討伐は無事に終わったものの、想像以上に農作物への被害が大きく、原因の究明や農家への給付金対応等、様々な部署から報告と申請が上がってきていた。


「わかった、そこに置いておいて。」


ユリウスは積み重なる書類に、思わず疲れた目を押さえた。


(何だかやる気が起きないし、少しいつもより疲れやすい気がするな。)


ユリウスは、ルフェルニアのスイーツを嬉しそうに頬張る笑顔を思い浮かべてため息をついた。癒しが圧倒的に足りていない。

週末にルフェルニアと過ごせないことが分かっているからこそ、仕事を早く片付ける意味もない。ユリウスはいつもよりずっと遅いスピードで書類を捲った。


ユリウスとベンジャミンが黙々と机に向かっていると、ガラス窓からコツコツと音が聞こえた。ユリウスとベンジャミンが外の方を向くと、ルフェルニアに貸していた鷹がガラス窓を嘴で叩いている。


ユリウスは、ルフェルニアに何かあったのでは、という心配と、自分を頼ってくれた、という歓喜が混ぜこぜになった気持ちで、慌てて窓を開き、鷹の脚に括り付けてあった手紙を広げた。


『ユリウス様


テーセウス王国では、学園の皆さんが暖かく迎えてくれました。

さて、テーセウス王国のノア公国には、何も植物が育たない広大な土地があるのですが、そちらの土壌の調査の依頼がございました。聴取した限り、気候等には問題がございませんので、土壌の成分解析により原因が判明するのではないかと思っています。土壌の採取については既にノア公国の許可を得ておりますので、帰国時に持ち帰る予定です。

また、ノア公国の大公ギルバート・ノア様が、私が帰国する日から、ガイア王国に1ヶ月程度滞在したいとのことです。解析結果について、ガイア王国の研究者と意見交換をしたいとお望みです。私的旅行として扱い、宿泊の手配などはノア公国で行うようですが、念のためお伝えいたします。外交関係の担当者にもお伝えいただければ幸いです。


ルフェルニア』


ユリウスは、ルフェルニアが何かトラブルに巻き込まれたのではないとわかりほっとしたが、それと同時に業務の内容しか書かれていない手紙にがっかりした。


「ベンジャミン、ルフェからの連絡について関係者と調整しておいてくれ。」


ユリウスがベンジャミンに手紙を手渡すと、ベンジャミンは「見ても良いのですか?」と戸惑いがちにユリウスに声をかけた後、手紙に目を通した。


「思いっきり業務的な内容ですね…。」


ベンジャミンはユリウスとルフェルニアの仲の良さを知っていたため、その淡白な内容に驚いた。手紙を手渡されたときに躊躇したのも、手紙にユリウスを思いやる言葉が連ねられているのでは、と思ったからだ。


ユリウスは指摘されたくなかったことを言われたため、ベンジャミンを冷たい目で少し睨む。


「あ、すみません…。何だか意外で。やっぱりあの噂は本当だったんですね。」

「全部が本当じゃない。」

「先々週の末に、文官の寮で話題になっていましたよ。私はてっきり貴方はルフェルニア嬢が好きなんだと思っていました。」

「ルフェのことは一番大事だよ。でも、今までどおりでいられたら、それで良いんだ。」

「…今までどおり、ですか…。ユリウス様はそうかもしれませんが、ルフェルニア嬢は違うんじゃないですかね…。」


ユリウスは、ベンジャミンの方がルフェルニアの心境を理解しているような口ぶりに、さらに眼光が鋭くなる。

「なぜ」とユリウスが吐き捨てるように問うと、ベンジャミンは口ごもった。


「はっきり言わないか。」


ユリウスがなおも問い詰めるので、ベンジャミンは意を決したように口を開いた。


「私が直接、ルフェルニア嬢から聞いたわけではないですよ?ただの噂ですし、先ほどのユリウス様の仰るとおり、全部が本当ではないかもしれません。」

「だから、何だ。」

「…ルフェルニア嬢は婚約者を探しているようで、今回の出張で素敵な殿方を見つけてくると仰っていたとか、いないとか…。」


ベンジャミンがもごもごと言うと、ユリウスは大層機嫌が悪そうに鼻を鳴らした。


「どうせ噂だろう?隣国に嫁いでしまったら、僕とずっと一緒に居るという約束が果たされないのだから、そんなはずはない。」


ベンジャミンは「その前提が間違っている」と絶対零度の雰囲気を纏うユリウスに言う勇気はなかった。

これ以上この場にいては凍てついてしまう、とベンジャミンはルフェルニアからの手紙を手に持ったまま、そそくさと部屋を出て行った。


ユリウスは仕事に戻ろうとしたが、ベンジャミンの言っていた“噂”のことを考えてしまう。

確かに、ルフェルニアは出張前に”婚約者を急ぎ見つけなければ“と言っていた。あれは本気だったのだろうか。とユリウスは纏まらない思考で考える。


(そういえば、ルフェはどのようにしてノア公国の依頼を受けたのだろうか?)


依頼をして来た文官が男だったなら、と考えたところで周囲の温度が下がっていることに気づき、ユリウスは長く息を吐きだした。


(最近、ちゃんと話せていなかったから、気持ちが落ち着かないだけだ。ルフェの帰国日は休日だけれど、寮へ帰るとき庁舎の前を馬車が通るはずだから、ここで待っていよう。)


ルフェルニアに少しでも会えれば、きっと今の落ち着かない気持ちは無くなる、とユリウスは自分に言い聞かせると、再び書類を捲る手を進めた。

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