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夕食が用意された部屋は、予想よりもこぢんまりとした部屋だった。
6人がけ程度の大きさのテーブルが1台、中央に向かい合うように椅子が2脚配置されている。
調度品はどれも細かい意匠が凝らされており、芸術に詳しくないルフェルニアでもすぐに高級なものであることがわかるものだった。
「待たせてすまない。」
しばらくしてギルバートが部屋に入ってくる。ギルバートも少しフォーマルな服装に着替えたようだった。
「ドレスを贈ってくれて、ありがとう。それに今日の午後の観光もとても面白かったわ。」
既製品でギルバート本人が選んだものではないが、ルフェルニアはユリウス以外の男性にドレスを買ってもらうのは初めてだった。少し気恥ずかしい思いになりながら礼を言うと、ギルバートも少し照れたように「ああ。」とだけ言った。
ギルバートが席につくと、マーサが水を注ぐためにギルバートに近づくと、何かをそっと耳打ちする。
ギルバートは、声を出さずとも「ぐぅ」と唸っているのがわかるような様子を見せた後、下を向いたまま「似合っている。」とそっけなく言うので、ルフェルニアは思わず笑ってしまった。
「ありがとう。」
ギルバートは本当に女性の扱いが苦手らしい。
「食事の前に仕事の話しで申し訳ないが、今回のガイア王国の滞在について、私事旅行扱いにするとはいえ、アナテマの話しもあるから、いろいろと仲介役をルフェにお願いしたいのだが、良いだろうか?」
「ええ、もちろん構わないわ。そのくらいでは足りないほど、お世話になっているもの。
でも、外交がメインの文官もいるから、そちらに仲介してもらった方が、植物局の仕事以外の部分だと確実かもしれないけれど…。」
「国同士の対談を組んでいるわけではないから、問題ないよ。ガイア王国側が何か用があったときにルフェを介して俺に伝えてくれるだけで構わない。」
「わかった、そのくらいなら問題ないわ。それにお休みの日があったら、今度は私がガイア王国の王都を案内するわ!絶対に一緒に行きたいパティスリーもあるのよ。」
最後の部分は周りの侍従に聞こえないよう、小声でギルバートに伝えると、ギルバートはルフェルニアの前でもう隠す必要がないと思ったのか、はにかみながらお礼を言った。
ギルバートとルフェルニアはたわいもない話しをしながら食事を続けていると、お酒の力もあってか、ルフェルニアは自分の口が軽くなっていくのを感じていた。それはギルバートも同じだった。
「君は婚約者がいないと言うが、何が問題だったんだ?」
素面では到底聞けなかったことを、ギルバートはさらりと言ってのけた。
「私、最近までずっと憧れの恋を追いかけていたの。」
ルフェルニアも酔った勢いでするり、と口からこぼれる。
「君が恋を追いかけるなんて、意外だな。」
ギルバートはここ数日間のルフェルニアとのやり取りで、ルフェルニアがさっぱりとしたおおらかな性格であることを把握していた。
意外にも乙女な思考を持ち合わせていたのか、とギルバートは目を丸くする。
「私だって乙女だもの。恋物語に憧れもあるわ…。」
「ふ~ん。そのお相手とは結ばれなかったんだな。」
「ええ。つい最近フラれたの。」
「それは御愁傷さまだな。それで婚約者を探しているのか。ただ、そのお相手を追いかける間も縁談はあったんじゃないのか?貴族なんだし。」
ギルバートがそう口にすると、ルフェルニアはカッと目を見開いた。
「そう思うわよね?そうよね?でも、私、全然縁談の話しすらなかったの。」
「…君が危険な何かを隠し持っているんじゃないか?」
ギルバートが揶揄うように笑う。
「そうね、最近までその恋い慕う相手と仲良くしすぎていたことに原因の一端はあると思っているわ。」
「仲良く?」
ギルバートは、相手が平民だったり、ルフェルニアが相手の浮気相手だったり、色々なことを想像して顔をしかめた。
「そう。その方にも婚約者がいなかったから、一緒にスイーツを食べに行ったり、夜会に出たり。」
ギルバートは想像していた事情はなさそうで、安心したように表情を元に戻した。
「相手の婚約者が先に決まったのか?」
「いいえ、直接告白してフラれたのよ。だから、もう距離を置こうと思って。」
ルフェルニアはこの一言をきっかけに、酔った勢いで猛烈に喋った。
「確かに家の格差は大きくて、私の家が縁談を組めるようなお相手ではなかったわ。
ただ、ユリウス…、あぁ、お相手の名前はユリウスと言うのだけれど、私はユリウスのご両親にちょっとは気に入られていたと思うの。
それに、夜会の度に毎回エスコートされて、ドレスも贈ってくれるのよ?
おかげさまでデビュタントから現在に至るまで、ユリウス以外にエスコートされたことが一度たりともないんだから。自分の侍女を使って、学生の頃の私の行動を把握しようとするのよ?お陰で出会いの機会が減っている気がしてならないわ。
休日も大人になってからずぅっと予定を合わせているし、他の女性と居る時間なんて絶対にない!ってほど構ってくるの。
しかも、何だか馬車に乗るときとか身体的な距離が近い気がするし!
それなのに!私のことを女として見たことがないと言うの!
あの所業のすべてが妹に対するものだったというのかしら!!」
ルフェルニアはグラスに残っていたワインを飲み干すと、行儀悪くグラスを机に音を立てておいた。ルフェルニアは結構酔っぱらっているのか、ユリウスを昔のように呼び捨てで読んだことにも気づかなかった。
「…まぁ、君も大変だったんだな。そのお相手が噂のユリウス公爵令息だったとは…。」
ギルバートは口では同情するように言ったが、顔はニヤニヤと人の不幸を喜んでいる。
「ええ!だから、もし良い方がいたら紹介してね!!」
「ああ、良いだろう。君がこの国の誰かに嫁いでくれたら、いつでも君の知識が借りられる。」
「まぁ!私のことを道具のように使おうとするなんて、酷い人。」
ルフェルニアも口ではこう言いながらも、自分が頑張って学んできたことを、例え酔った勢いの軽口だとしても、当てにするような発言をしてくれたことを嬉しく思った。
ギルバートとルフェルニアは、夜が更け、執事が止めるまでお喋りを続けた。
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