第11話 48手?96手?全然、足りないわ!②

「如月先輩! 大丈夫ですか。落ち着いてください」


 真顔でぶつぶつと、何かを唱え続ける如月先輩に声をかける。が、残念ながら見向きもされない。

 如月先輩の奇行は何度か見てきたが、ここまで様子がおかしいことは無かった。というか、のニュアンスがいつもと違う。何というか、オ◯禁後のマスターベーション中のように、縛られたものから解放されたって感じだな。


 ……自分で言ってながらあれだが、ゴミみたいな例えだ。


「深山、立ち花菱、鶯の谷渡り。——あ、あれ、私、一体何を……?」


 俺がアホみたいなことを考えている間に、如月先輩は自我を取り戻していた。何が起きたか分からず、不思議そうな顔でぼーっとしている。


「大丈夫ですか。なんか意味不明な言葉をずっと呟いていましたよ。時雨とか牡丹とか」

「あー……。私、少しでも下ネタを言えないと、強いストレスの反動で無意識に四十八手を唱えちゃうのよね」

「えと、色々ツッコミたいんですけど、まず、しじゅうはって? って何ですか、それ」


 そう言うと、如月先輩はパッと笑顔になる。そして、生徒会室の端の方に置かれてあったホワイトボードを引き摺り出してきた。


「隠れむっつりスケベの小野寺くんも、知らないことがあったのね。いいわ、教えてあげる!」

「いや、いいです。どうせろくなことじゃないんで。あと、隠れむっつりスケベじゃないです」


 いくら断っても、「いいから、いいから」と無理やり椅子に座らされる。数分前の自分の発言が憎い。

 一方、下ネタを享受できるのが嬉しいのか、どこか上機嫌な如月先輩は、ホワイトボードにデカデカと『四十八手』と書くと、どこからか取り出した眼鏡をスッと着ける。

 意外と似合っていて、なんかムカつく。


「ふふふ、それじゃあ、48手即ち『江戸四十八手』の解説を始めるわ! はい、早速質問よ。小野寺、あなたが知っている体位を何でもいいから教えてちょうだい」


 公共の場で言えるか! と大声で叫びたいが、ここで止まったら長引くような気もするので、大人しく答える。


「え、せ、正常位とか」

「正常位! スタンダードで、ほとんどの人が聞いたことがある基本的な体位の一つね。複数ある体位の中から、正常位を選ぶなんて……流石ね、小野寺くん」


 褒められてしまった。でも、あまり嬉しくない。


「正常位とはこういうものね」


 如月先輩はスッと正常位のイラストを描く。

 なぜそんなにスムーズに描けるのか疑問だ。普通に絵も上手いし……。ただ、学校の生徒会室にこんな絵を書くもんじゃない。


「それで、なんで体位を言ってもらったか分かる?」

「分からないです」

「あら、隠れむっつりスケベな小野寺くんなら、ここでピンってきてもおかしくないはずなのに。あっ、ち◯こをピンってさせないでね。それは困るわ」


 相変わらず、何言ってんだこの人は。

 自分で言ってながら、恥ずかしそうな顔でち◯こを凝視するのは辞めていただきたい。俺は今の状況で息子をピンっとできる猛者ではない。


「ふふ、冗談は置いといて、四十八手は日本の伝統的な体位を示したものなのよ! 元は相撲の決まり手に関する言葉が関係してるから、『江戸四十八手』や『大江戸四十八手』とも呼ばれているわ。この体位を仕掛けたのは、あの有名な菱川師宣。あの『見返り美人』を書いた人ね。彼が描いた、春画『恋のむつごと四十八手』が刊行されたことによって、四十八手が形づいたのね。ちなみに、『恋のむつごと』に描かれた表四十八手とは別に、『好色いと柳』で描かれた裏四十八手もあって、表裏合わせて九十六手とも言われたりするわ」


 凄い熱気に思わず「おおー」と声をあげてしまう。一方、如月先輩はまだ話し足りないようで、どこか興奮しており、顔が赤く、息が荒い。

 恐らく、一歩選択肢を間違えると、興奮が治るまでは話が止まらなくなるだろう。もう昼休みが終わりそうなので、それは避けたい。


「でね、これは」

「如月先輩、そろそろ時間なので、そこまでにしましょう」


 そう話を遮ると、如月先輩はちらっと時計を見る。


「あら、本当ね……。まだ話し足りないけど、仕方ないわね」


 明らかにしょぼんとしてるが、こればかりは仕方ないので許して欲しい。


「まあ、内容はあれですけど、いろいろ勉強になりました。チャイム鳴りそうですし、急ぎましょう」


 そう言うと、如月先輩は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。


「ふふ、また教えてあげるわ! 今度はもっと時間がある時にしないとね」


 またこの話をされるのか。ま、まあ一応、勉強になったし、聞くだけなら……。

 そう思いながら、急ぎながらホワイトボードを消す如月先輩を見つめる。消されていく正常位のイラストが片目に入った。


 その瞬間、ある疑問が湧いてくる。

 

「四十八手で正常位はなんで名前なんだろ」


 つい口から出してしまった、その言葉。もちろん、あの如月先輩が聞き逃すはずない。しまったと後悔してももう遅い。


「小野寺くん、とーーーーーーーーーってもいい質問ね!!!!!! そんな質問されたら、興奮は収まらないわ! 授業はサボりなさい、生徒会長命令よ。その代わり、私が手取り足取り、四十八手について教えてあげるわ」


 やってしまった。

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極変態で性知識100%の生徒会長から令嬢を守る、ごくごく普通で一般生徒の俺 RiNRM @RiNRM

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