第10話 48手?96手?全然、足りないわ!①

 目覚まし時計がうるさい。半ば寝ぼけつつも手探りで音を止める。朝であることに絶望しつつ、ふと昨日のことを思い出す。

 西條家との契約をした後、軽く西條さんと挨拶して、そのまま解散となった。……にしても、西條さんと生徒会の活動か。あんなに可愛い人と対等に話すことができるのだろうか。クラスメイトの男子とすら、まともに話すことができないのに。


悠人ゆうと、起きてるの〜?」


 母の声が響く。起きたくない、という気持ちが勝ちつつも「起きるのが遅い」などと、ぐちぐち文句を言われる方がめんどくさいため、渋々重い体を上げる。そして、いつものように着ていた服を脱ぎ捨て、制服に着替え始める。


 ん、そういえば、西條さんは何で生徒会に入りたいって思ったんだろうか? それに、何故か如月先輩に懐いていたような……。


「悠人、遅刻しても知らないわよー」


 今行く、と答えつつ、急いで部屋から出る。

 朝のドタバタに混じり、いつの間にか疑問は頭から消えていた。



 そして、いつもの時間に学校につき、退屈な授業を受ける。ぼっちの俺にとっては、いくら退屈でも寝ることは許されない。ノートを写させてもらう相手がいないからだ。つまり、寝る=死。

 それよりも、たった十分の休み時間の方が俺にとっては辛い。周りは楽しそうにしているのに対して、俺はスマホを見るか、荷物を漁るか、トイレに行くかの三択だ。いかにこのクソみたいな時間を潰すのかが、精神的な負担をかけずに過ごすための鍵となっている。

 それと比べると、意外と昼休みは楽だ。長い時間が非常にネックだが、適当に動画を見ていたらあっという間に終わっている。それに、食堂や他のクラスに行く人が多いため、意外と教室には人がいない。居心地が悪くなったら、他の場所に移動することもできるしな。


「小野寺様」

「ひっ!?」


 物思いに浸っている中、いきなり黒服に声をかけられた。びっくりして思わず声が出てしまう。


「ど、どうかしましたか?」


 驚きのあまり、声も裏返る。普通に恥ずかしい。

 そ、それにしても、黒服の人達が生徒に話しかけている姿を一切見たことが無かったこともあり、まさか声をかけられるとは思っていなかった。クラスメイトが不思議そうに、ちらちらとこっちを見ているのが良い証拠になるはずだ。


「驚かせてしまって申し訳ございません。単刀直入に言いますと、今すぐ生徒会室に向かっていただけないでしょうか? お嬢様と如月様がそこで昼食を頂くようなので、小野寺様もよろしくお願い致します」


 なんだ『よろしくお願い致します』って? ……西條さんと如月先輩が一緒に生徒会室でご飯を食べる。そこで如月先輩が変なことを言わないか見張らないといけない俺。え、これって生徒会での活動だけじゃなくて、こういう休み時間とかも見張らないといけないのか?


「なるべく早急にお願いします」


 黒服は俺の気持ちもお構い無しに、さっさと行けって感じの目でじっと見てくる。あまりの目力に、流石に怖くなってきたので、鞄を持って生徒会室へと早足で移動する。


 さて、どうしたものか。いざ生徒会室へと来たものの、なんて言って入ったら良いのか分からない。『一緒にご飯食べに来ましたー』なんて言ったら、一生、如月先輩にいじられるのは目に見えている。

 ここは上手い言い訳を考えないと。と、思った瞬間、黒服がノックをする。そして、一瞬で姿を消した。なにしてんだ、こいつ。


「はい。どちら様かしら、って小野寺くん?」


 如月先輩は、一瞬驚いた顔を見せつつも、不思議そうな顔でじっと俺を見つめる。


「どうしたの?」


 突然のことで頭が回らない。陰キャ特有の、緊急時に言葉が出ない現象が起きている。こういうのは、事前に会話シュミレーションをしないと対処できないんだよ……。


「あー、昼ごはん食べに来たんですけど、如月先輩はどうして生徒会室に?」


 よし。いつも昼ごはんを生徒会室で食べている感じを出し、逆質問をすることで上手く誤魔化すことができた。


「西條さんにお昼を誘われたの。それで、ほら、私が急に西條さんと昼食を食べてたら、かなり注目を浴びるでしょう? だから、生徒会室で食べることになったのよ」


 気持ちは分かるが、わざわざ生徒会室で食べなくてもいいのに。そう思っていると、如月先輩がこっちを見てニヤニヤしていることに気づく。


「なんですか」

「小野寺くんも一緒に食べる? 私達と一緒に食べたいから、わざわざ来たんでしょう。ふふっ、小野寺くんも思春期の男の子なのね」


 何を言ってるのか分からない。どうやったら俺が一緒に食べに来たって解釈できるんだ。と、思ったが、よくよく考えると、そう解釈されても変ではない。別に『いつも生徒会室で食べてる』とは言ってないし。

 ……如月先輩の解釈で考えると、俺、普通にきもくないか? 何とか誤解を解きたいが、そもそも西条さんに変なことをしないか見張りに来た、と馬鹿正直に言って良いものなのだろうか? 黒服に確認しとけば良かった。


「西條さん。小野寺くんも一緒で大丈夫かしら?」

「はい、もちろんです。昨日はちゃんとお話しできませんでしたので、同じ生徒会の仲間として、もっと親睦を深めたいです!」

「ということで、ほら、早く座りなさい」


 ぐいぐいと背中を押され、思うがままに椅子に座らせられる。どこか強引な如月先輩は、俺と向かいの椅子、西條さんの横に座る。

 仕方ない。そう思いながら、床に置いた鞄を引き寄せる。そして、弁当箱を取り出そうした瞬間、あることに気がついた。


(そういえば、高校生活始まって以来、初めて他人と昼飯食べるよな……!?)


 そう思った瞬間、顔がにやけてきた。前の二人に見られないように、急いで顔を伏せる。顔のにやけは一向に治まらない。


「小野寺くん、どうしたの?」


 頭上から、如月先輩の声が聞こえてきた。頬を捻り、なんとか平常心を取り戻す。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、何事も無かったように弁当を食べ始める。再びにやけそうになるのを防ぐため、食べるのに集中する。そのため、二人の顔をよく見ていなかったが、きっと不思議そうな顔で俺を見ていたはずだ。


「あ、そうそう。私、西條さんに聞きたいことがあったのよね」

「わ、私にですか? はい! なんでもどうぞ!」

「西條さんは、どうして生徒会に入ってくれたの?」


 俺も興味があったため、永遠に弁当と睨めっこしていた顔をやっと上げる。何よりも先に、西條さんの弁当、すごく豪華だなーって思ってしまったのは内緒だ。


「えっと、その……如月様は、私にとって憧れのお方なんです! えへへ、い、言っちゃいました」

「え」

「えっ、て何よ」


 思わず声に出てしまい、じとーっとした目で如月先輩に睨まれる。

 だって普通に信じられないだろ。西條さんの憧れが如月先輩? そんなことあり得るのか?


「実は私、この学校に転校してきたのも、如月様がいたからなんです」


 ——ん? 如月先輩がいたから、西條さんがこの学校に来た。つまり『如月先輩がいたから、性禁止条約ができた』ってことだよな。あー、これが自分の首を絞めるっていうやつなのか。


「……えっと、ごめんなさい。私達、どこかでお会いしたことがあったかしら」

「あ、そうですよね。お会いしたのは、もう三年も前ですし、覚えてないのも当然ですよね……」


 明らかにしゅんとする西條さん。そんな西條さんの様子を見て、如月先輩は困惑の表情を浮かべる。


「ご、ごめんなさい。私、人の顔覚えるの苦手なのよね。三年前でしょう?」


 きっと脳をフル回転させて思い出してるんだろうな。西條さんは今か今かと期待の表情を顔に浮かべて、如月先輩をじっと見つめている。以外と容赦ないタイプなのかもしれない。


「確か……あ、これは言えないやつだわ。えっと、あれも駄目で、これも駄目……」


 どんな過去を送ってきたんだよ、とツッコミたくなる。まあ、西條さんに言えない時点で、絶対にろくなことじゃないと思うけど。


「何かヒントとかないんですか?」


 このままだと埒が明かないので、助け舟を出す。


「そ、そうですよね。ヒントがないと難しいですよね! えっと、初めてお会いしたのは」

「お嬢様、少しよろしいでしょうか」


 西條さんが何かを言いかけた瞬間、ノックの音が響く。


「どうしましたか?」


 その言葉をきっかけに扉がゆっくりと開く。案の定、そこには黒服が立っていた。


「当主様からお電話です」

「あ、もうそんな時間なんですね。えへへ、お話に夢中になってしまいました。如月様、小野寺様、私、お電話してきますので、お先に失礼します。お話はまた後日ということで」


 西條さんはぺこりと頭を下げると、駆け足で部屋から出て行った。

 ……とりあえず何事もなくて良かった。如月先輩も普通に会話してたし。さて、西條さんもいなくなったことだし、もういいよな。俺も教室に戻るか。


「ん?」

「うしろ櫓、つり橋、寄り添い、撞木ぞり、獅子舞、菊一文字、炬燵がかり、梃子かがり、岩清水、時雨茶臼」

「え、しぐれ?」

「理非知らず、茶臼のばし、こたつ隠れ、乱れ牡丹、帆かけ茶臼、本駒駆け、百閉、雁が首、しがらみ、二つ巴」

「如月先輩!?」


 まるで何かに取り憑かれたように、ボソボソと何か呟いている。何を呟いているかは知らないが、とりあえず正気を取り戻さないと……。

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