第2話 導かれし私



 相変わらず石板は光を放ち、私を微かに照らす。

 この明かりがあれば、半径一メートルくらいはぼんやりと見えるみたい。明かりになる物を探そうとして眩暈デバフを喰らってしまったけれど、これがあるなら別の行動に移ればいい。



 ただそれが、許されるならばの話だけど。



 導きの光版と呼ばれる板には、さっき示された三つの項目がずっと表示されたまま、例の導き手の答えを待っているようだ。

 眩暈によって行動を制限されるという不可思議な状態異常に陥っている私は、この石板と導き手の示す通りの行動しか許されないという非常に理不尽な境遇となった。


 かれこれ数時間は経つのか、あれから音沙汰の無い石板。

 本当に現実世界から導き手が指示をくれるのだろうか、それさえも怪しい。もし何も指示されなかった場合、本当に私の命はここで終わるかもしれない。てか、そんなの絶対勘弁してほしいんですけど。


 こんなに元気なのに自由に動けないなんて、超ストレスマッハ状態。あんなにジンジンと痺れていたお尻の痛みも、このイライラのせいでいつの間にか治まってるし、あとは無駄に元気な神武七夜かみたけななよ(17)だけが残されてしまった。


 時計もないし、暇つぶしになるスマホさえもない。ただひたすらに生まれた姿のまま、来るかどうかもわからない導き手を待ち続けるのもいい加減ツラい。


 せめてこの石板にネット閲覧機能でも付いてればと本気で願ったほど、この待ち時間は永遠に感じられた。


 あーっと、ダメだダメだ、何か別のことを考えよう。

 このまま無の状態だとおかしくなっちゃう。


 そういえばずいぶんと時間が経つのに、お腹がいっこうに空かないのは何故だろうか。

 もしやこの世界は本当にゲームみたいなもので、主人公がいちいち食事を取るというシステムなんてないのかもしれない。もしそうだったら、なんてつまらない世界に転移してしまったのだろうか。食べる楽しみもない、娯楽もない世界に一体どう生きる価値を見い出せばいいの?


 じゃあお腹が空かない、食べることは必要ないっていうなら、当然もないのよね?


 そうアレアレ。

 食べたら出るでしょ?

 そうアレです。


 もちろんトイレなんてダンジョンに存在しないだろうし、ゲームでも戦闘中に「いや、ちょっとお腹が痛くなったんでタイム……」なんて言わないし、そんなシーンなんて要らない。さっきからちょっと汚い話になってるけれど、そういうデリケートな部分も省略して欲しいです、ハイ。


「あ!」


 そんなことを考えていると、突然お腹がグウと鳴った。

 なんだ、お腹もちゃんと空くんじゃん……と、少しホッとする。


「――っ!」


 そんな当たり前のことに安堵する私のそばで、あれからずっと沈黙を守っていた石板が突然強い光を放つ。


「……導き手の啓示?」


 そう読めてしまった謎の字体の内容で、本当に元世界から導き手なる者が現れたことに驚きつつも、少し緊張してしまう私がいた。


「ほ、ほんとに導き手なんかいるんだ……」


 無意識にそう呟く私をよそに、謎の文字はさらに石板へと続きを刻み始める。あれだけ自由を奪われることに拒否感を示しながらも、いざ導き手が実在するのだと知ると、いったいどんな結果が出たのか気になってしまう私。情けないけれど、なんだかんだこの状況に順応しやすい性分なのかもしれない。


 その証拠に、今はそれを待ち望むかのように石板を凝視している。



【導き手の啓示】


 迷エる放浪者、神武七夜に導き手からの啓示が下サれた。

 選ばれシ行動は、次の行動と成ル。

 

1 暗闇のなか、地面に何か落ちていないか探り、無事【火のついていない松明】を見つけた。



「一番……か」


 少し拍子抜けしたというか、明かりはとりあえず石板でどうにかしようと思っていただけに、今更松明を見つけてもという気持ちがあった。

 ただ、この石板もどれくらい光り続けられるかは不明だし、生き残るための道具は多い方が良いと考えを改める。


 それよりも気になるのが、このあとの行動だ。


「えっ? ど、どうするの? これで……か、勝手に動いても良いってこと? あ、眩暈するような行動じゃなくって、この指示通りに動いていいかってことだからね!」


 誰に話すでもなく、独り言のようにまくし立てる。

 そんな私の言葉に呼応したのか、石板はゆっくりと文字を消滅させ、光りさえも閉じようとしだした。


「うわあ!! ち、ちょっと待って! 明かりは残しといてえええぇ!!」


 あわてて懇願するも、そんな言葉を聞き入れるわけもなく、まるで目の前で暖簾を降ろすかのように光を収束させる、意地の悪い店主のような石板。そしてあたりは再び暗闇に呑まれ、私の視界は黒一色となってしまった。


 急いで再び導きの光版を呼び出すも、その後は音沙汰もなく、視界は闇に包まれたまま。それによって、あれがそこまで自由に呼び出せるような存在ではないことを知る。これってクールタイムがあるってこと?


 シンとしたダンジョンの一室。

 先ほど啓示を待つ間、この頼りない明かりを連れて周辺を軽く周回するとが出来た。そしてここが四方を石壁に囲まれた空間だとわかり、その広さはおよそ学校の教室の半分程度。要は掃除のときに机を全部片側に寄せて、残った方の広さくらいってこと。

 その半教室くらいの広さの壁ひとつに、人が通れるくらいの出口があったのを見つけた私は、そのまま出口を進もうとするも例の眩暈に襲われ行動を断念した。やはり大きな行動は制限されてしまうらしい。


 そして再び暗闇になりそうだと分かった瞬間、出口のある方向を睨みつけ、迷わないようにと記憶に留めた。


「もお、暗くなるなら最初から説明してよね! 私、説明書はちゃんと最初に読むタイプなんだから」


 もちろんこのクレームの行き先は、妙におじいさん風だったあの石板の語り部だ。文字だけだったけれど、確かに私には語り掛けているように感じられた。


 出来ればちゃんと真摯に受け止めて、次回までに反映してほしいです。


「――って、そうだ、行動しなきゃだった」


 ふと忘れていた重要なことを思い出す。

 私は導き手によって新しい一歩を許されたのだった。


「たしか、暗闇のなか、地面に何か落ちていないか探り、無事【火のついていない松明】を見つけた……だったよね」


 石板に書かれた内容を呟きつつ、私は暗闇のなか、地面に這いつくばるようにして片手を左右に動かしつつ、何か落ちていないかと探ってみる。

 そのまま数分ほど目的の物を探しつつ、コレ明るいところで見れば、全裸で四つん這いっていう、超エッチな恰好で探し物してる十七歳の元女子高生ってヤバいでしょ! なんて自分でツッコみながら苦笑いしていると、一瞬指先に当たる何かを発見した。


「……あった、これね」


 手にしたモノは導き手の啓示通り、ただの棒きれだった。

 火をつければ燃えるようになっているのか、棒の真ん中あたりから片側に向かって、布切れが巻いてあるのを指先に感じる。そして布には微かにしみ込んだ油の匂いも。これはどっからどう見ても立派な松明に違いない。ただ、なんでここにこうして転がっているのかはわからない。


 それというのも、たしか待ち時間にこの辺りも歩いたはずだったのに、その時何も発見出来なかったのがちょっと気になったからだ。これくらいの大きさのモノが地面に落ちていればきっと気付いたはずなのにと。

 

 でも今はそんな些細な疑問よりも、見つかったことを素直に喜ぶべきよね。


「よしっ、松明ゲットぉ!」


 ゲームでアイテムを発見したときのようにポーズを決め、手にした松明を掲げてみた。まあ、暗闇で全裸という状況を除けば、きっとこれはテンションが上がる瞬間だったはず。


 そして何か新たにアイテム見つかれば、次はそれを使ってまた新たなアイテムを見つけたくなるのが、プレイヤー魂というもの。いや、私じゃなくて導き手の皆さんね、正解かどうかはわかんないけど。


「いや、松明より今すぐ欲しいモノあった!」


 欲しがり屋さんは私でした。

 当然、手に入れるべきモノは決まっている。


「そりゃ服でしょ、服っ! このままずっと裸とか、絶対無理だからっ!」


 そのまま見当をつけていた出口の方へと近付いていく。

 幸いにも眩暈は襲ってこない。

 となれば、このまま出口から出ていいってことよね?


 そうと決まれば、さっそく私が通っても十分に余裕のある出口を、おそるおそる通り抜けてみた。

 

「――っ!」


 その瞬間、再びあの眩暈が私を襲った。

 だが持っていた松明の棒のおかげで、倒れずに身体を支えることが出来た。


「つ、使い方間違ってるけど……でも、どうして」


 当然、さきほど導き手の示す行動を起こしたあとだからと、このまま安易に進めると思い込んでいたところもあった。だが、そう甘くはなかったらしい。


「……出口までは進めたけど、まだここでやり残したことがあるってこと?」


 理由はそれしかなかった。

 私は深いため息を吐き、少し面倒ではあるものの、再びあの石板を呼び出すことにした。


「導きの光版よ」


 停滞してしまったのなら仕方がない。

 ここは大人しく、次の啓示を導き手に委ねるしかないということだろう。これが私の今置かれた状況なのだから。


 そして呼びかけにより、再びその石板は光と共に現れた。

 


【導きその二】


 松明を得てさらに進むべき道をも発見した神武七夜は、四方を囲まれた空間のなか、次のような状況に遭遇した。


1 暗闇のなか、持っていた松明を闇雲に振り回すと、【あるもの】にぶつかった。


2 暗闇のなか、持っていた松明を使い、さらに地面を念入りに探ることで、【あるもの】を発見した。


3 暗闇のなか、持っていた松明を失うが、代わりに【あるもの】に出会うことが出来た。



 以上、三つの運命を提示、導き手の指示を待つ。



「こ、これはまた……」


 この意味ありげな内容に思わず絶句しそうになる。

 すべて【あるもの】で共通した啓示だが、文章をよく読めば、似ているようでまったく別の【あるもの】だということは、この私にも何となく理解できた。


 どれを選んでも何かが起こりそうな予感しかない。

 それは危険なのか幸運なのか、実際に行動してみないと、どうにも判断のしようがないけれど、とにかく私は導き手の言う通り、黙って前に進むしかない。


 しかし初めて危機感を感じる選択肢に、私のなかにある不安が膨れ上がっていく。


 そんな不安を胸に、私は前向きに努力するべく、自分に言い聞かせるように言葉を呟いた。


「……うん。どんな時だって導き手さんの決めることは絶対だよね。だったら私は導かれるまま、運命を切り開くだけ」


 沈黙する松明を手に、私は覚悟を決めた。


 

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