第5話 盗難事件

 F大学の、湯浅研究室にて、研究途中の、

「難病治療薬に関する研究資料が、何者かに盗まれる」

 という事件が発生した。

 研究所は、それなりのセキュリティを催していた。

 と言われているが、実際には、

「セキュリティは確かにしっかりはしていたのだが、窃盗グループの方がかなりのプロ出あった」

 ということである。

 窃盗を行う実行犯もプロ集団であり、セキュリティを骨抜きにするという科学的な開発もすごかった。

「やつらであれば、国家機密を保存している場所にも潜り込めるかも知れない」

 と、言われるほどのものだったようだ。

 やつらが盗み出したものは、もちろん、今国家プロジェクトで国から依頼されていた、

「難病克服のための、プロジェクト資料」

 だった。

 やつらの目的はどこにあるというのか? 窃盗グループはあくまでも手下であり、その裏に何が潜んでいるのか、ハッキリとしない。

 しかし、ここで一つおかしなことがある。

「この事件をどうして、F大学は公表したのだろうか?」

 ということである。

 これは国家機密であり、こんなことが国民の耳に入ると、パニックになってしまう。ウワサであれば、ウワサだということを、言い続けなければいけないのではないだろうか?

 国民にセキュリティの甘いこと、さらに国家機密が何者かに盗まれたということで、他人事ではないはずだ。

分かり切っているはずなのに、一体どうしたというのだろう?

 ここのセキュリティは、確かに国家機密に関わることを保持しておけるだけのセキュリティではない。どこの会社にでもあるような、普通のセキュリティだった。

 防犯カメラと、センサーが働いているだけ、赤外線装置だけはついていたが、これも簡単に突破されたようだった。

 一度、湯浅教授に、研究員の一人が、

「教授、この程度の警備で、本当に大丈夫なんでしょうかね?」

 と訊ねた時、教授は楽観的に、

「大丈夫、大丈夫。気にすることはないさ。そもそも、我々が何かを研究しているということを知っている人はいないはずなんだからね」

 と、あくまでも、他人事に近かった。

 しかし、研究が盗まれたことで、教授の責任は決定的になり、

「私は責任を取って、辞職をいたします」

 といって、教授は大学を去っていったのである。

 国からの依頼も当然ストップ。大学は赤っ恥を掻いてしまい、教授は教授会からも除名されてしまったようだ。

 それから、数か月の間に、教授は失踪したということであった。

 社会的に抹殺されてしまった湯浅教授は、大学を辞めて、一人、余生を楽しんでいるのかと思うと、教授の一番弟子を自認していた男が、大学にやってきて、

「教授が消えてしまったんだ」

 といって騒いでいた。

「どこか旅行にでも行ったんじゃないのかい?」

 と言われて、

「いや、部屋の中はまったく変化がなかったんだ」

 というではないか。

 彼は教授から絶対的な信頼を受けていて、合鍵すらもらっているくらいだった。だから、教授の部屋に入ることは別にできないわけでもない。

 しかし、そんな彼に対して黙っていなくなったということの方が問題だったのだ。それを彼が訴えたことで、さすがに一緒に研究をしていた連中も急に怖くなって、

「警察に届けた方がいいのかな?」

 ということになり、最初に教授がいなくなったということを言い出した人が警察に行って、捜索願を届けたのだった。

 教授は一体どこに行ったのか? 不思議な事件でもあった。

 それからしばらくして、盗難事件についての現場検証が行われた。あくまでも、犯人が捕まったわけではないので、防犯カメラの映像にしたがって、映像を検証するというだけのことであったのだが、その中にいくつか不可思議な光景があったようで、検証も少し時間がかかったようだった。

 一つ、気になったのが、

「犯人の行動」

 だった。

 その防犯カメラは、音声が残るタイプの防犯カメラだった。しかし、音声を広いのは、陳腐なマイクだったこともあって、遠くからかすかに音が聞こえる程度だったので、静かな犯行現場で聞こえてきた音は、犯人が警報センサーに触れて、警報機の音が鳴り出した時のブザーの音だけだった。

 音と映像が微妙に違っているように見えたのは、それだけマイクの拾う音が低かったからなのかも知れないが、その瞬間、犯人が防犯カメラを睨みつけたように見えた。

 しかし、防犯ブザーには本当にビックリしたようで、その時、引き出しから取り出した書類を見ながら、必要なものを選別しているように見えて、音が鳴った瞬間、慌ててそこまでの分を持って行ったようだった。

 その様子を見て、研究員の人が、

「うーん」

 と言って唸っていたのだが、それは、画面に映っている男について、

「おなしな行動をするものだ」

 と感じたからのようだった。

 検証に立ち会った刑事が、そんな研究員の行動を不審に感じ、

「どうされたんですか?」

 と訊ねてみると、その男はそれを待っていたのか、それとも、自分が考えていることが大それたことのように思っているからなのか、もう一度、

「うーん」

 と唸ったのだ。

 そして、今度は落ち着いたかのように。

「彼の行動と、残された書類から、何か違和感を抱いたんですけどね」

 と言い始めて、

「実は、あの犯人が持って行った書類なんですけどね。ちゃんと選別してあったんですよ」

 というではあいか。

「それがおかしいんですか?」

 と刑事が聞くと、

「ええ、この男は映像を見る限り、防犯ブザーに驚いていますよね? まるでセンサーを知らなかったようにですね。でも、その前に、チラッとだけど、カメラの方を浮いて、ニンマリと笑顔を見せたんです。つまり、やつは防犯カメラの位置を知っていたということですね。そして、ブザーには驚いた。これがまずおかしな点です」

 というと、

「確かに、ここまではいいたいことは分かりますが、これだけなら偶然目が合っただけかも知れないともいえますよね?」

 と刑事がいうと、

「それはそうかも知れませんが、やつは、ブザーの存在に驚いて、途中まで選別していた資料を、そこまで抜き取る形で持って行ったんですよ。でも、やつが持って行った資料というのは、そのすべてが、本当に必要なもので、残っているものが不要なものだけだとしっかり選別できているんです。ブザーで驚いて逃げ出したようには見えないのに、実際には驚いている様子を見せている。どうして、そこで終わりって最初から分かっていたんだろうか?」

 と、彼は言った。

「ということは、あなたの説が正しい見解だとすれば、犯人は、内部の人間ではないかということですよね? 実際に研究に携わっている人。もし、犯人が自分の素性を知られたくないから、このような盗難事件をわざわざ引き起こしたのだろうけど、内部犯行だとすれば、隙を見て、写メを取るなど、やろうと思えばできないこともないんじゃないですか?」

 と刑事に言われたが、

「それは無理ですね。ここのセキュリティはしっかりしていて、書類を表に持ち出そうとしたり、書類を写メに撮ろうとすれば、画像がおかしくなるような細工がしてあるんです。それを最初からしなかったということは、その細工を最初から分かっている人間の犯行だと言えるのではないでしょうか?」

 と、研究員は言った。

「とにかく、目出し帽をかぶっているだけなので、犯人の特定は難しいかも知れないですね。体型として、ここの研究員に似たタイプの人がいれば、教えてくださいね」

 と刑事は言ったが、刑事の方としても、

――まさか、内輪で犯人を警察に差し出すようなことはしないだろうからな。何かあったら、忠告をするくらいだろうな――

 と感じたのだ。

「はお」

 と男は答えたが、それ以上のことはしないだろう。

 警察は湯浅教授の失踪も、事件に何か関係があるのではないかと思っている。しかし、責任に耐えきれずに失踪したのだとすれば、それも分からなくもない。

 だが、、果たしてそうなのだろうか?

 他の研究員の話を聞けば、あの時雄教授は変だという話ではないか。

「湯浅教授という人は、石橋を叩いて渡るような人なんですよ。その人が、セキュリティが普通の会社程度のものであるのを、まるで谷事おように楽天的に考えていたんですよね。案の定、書類が盗まれて、責任を取らされる形になってしまった。今までの教授からは、考えられないようなことだったんですよ」

 というではあいか。

「確かに、それはおかしいですよね。しかも、研究においては責任者だったんでしょう? しかも、国家の機密に近いことなので、もしなくなったら、自分が責任を取らされるわけですよね。それなのに、そんなに楽天的だったというのは、どういうことなんでしょうね?」

 と言われて、

「まさか、教授はすべてを承知の上だったということではないだろうか?」

 と言い出した。

 わざと盗みやすいようにしておいて、盗まれたことが分かって。自分が職場を追われることで、何かを達成させたかったのではないだろうか?

 ただ、この考えは少し危険だ。

 何があって、そんな危険を冒すというのは、湯浅教授は、そのままであっても、教授の地位、あるいは、いずれは学長の椅子や、博士として君臨することなど、いくらでも、出世や、社会的な地位を得ることができるのである。

 それなのに、なぜ、失踪などということをするのだろう? 可能性はあっても、信憑性には乏しい。それを思うと、いろいろな想像が豊かになってくるのだった。

 その日の刑事との話では、別に新しいことは何もなかった。

 しかし、刑事が帰ってから一人になって、いろいろなことを考えていると、妄想がどんどん膨れ上がってくるような感じがしたのだ。

 一つ気になったのが、

「教授は、記憶を失ったのではないか?」

 ということであった。

 天才教授が、ある日突然、記憶を失って、失踪してしまったというような話を聞いたことがあった。別に何があったというわけではなく、普段とずっと変わらずに接してきたにも関わらず、いきなり、記憶が喪失してしまうのだ。

 普通の記憶喪失は、自分が誰なのか分からなくても、記憶の一部は残っているものらしいのだが、その教授の場合は、意識に繋がるような記憶も、喪失していたという。

 まるで、麻薬患者のように、意識が朦朧としていて、何をどうすればいいのか分からずに、まわりの人のいうことをすべて信じてしまうというところまで言っているようだという。

 そういう意味では、教授が楽観的だったのは、そういう記憶喪失の兆候があったからではないだろうか。

 楽観的な教授を今までに見たことがなかった学生は、完全に戸惑ってしまっていたようだ。

「教授、一体どうしてしまったんだろう? まるでラリっているようにさえ見えているくらいだ」

 と他の学生は舌を巻いてしまうだろう。

「教授というのは、一触即発で、急に何かがキレてしまうと、そこから先は、まるで記憶を失ってしまったかのように、精神疾患を感じさせる言動であったり、行動に出たりするんじゃないだろうか?」

 という人もいた。

「それだけ、日頃から緊張が張り詰めた中にいるんだろうか」

 と言ったが、

「一般の社会でも一緒のことなのだけど、専門的過ぎるので、余計に意識が飛んでしまうことになるんだろうな」

 と、いうのであった。

 ただ、警察の方としては、

「教授が何かの手がかりを握っている」

 ということを考えているようだ。

 何と言っても、失踪したのが、事件が起こってからなので、疑われるのは、当然のことである。

 だが、警察もさすがに直接的な犯人だとは思っていない。教授が秘密を持ち出すことのメリットが考えられないからだ。

 犯罪を犯すにはそれなりの理由が存在するはずだ。その理由として一番考えられることとしては、

「一番誰が得をするのか?」

 ということである。

 そういう意味では、教授の立場とすれば、研究を大学の方から発表してもらって、その開発者として教授の名前が世間に知れ渡れば、それが大いなる名誉になり、お金となって入ってくるのだ。黙っていても地位と名声、さらにお金が入ってくるのに、何も危険を冒す一つはないtpいうことである。

 ただ、教授が脅迫されているとすればどうだろう?

 身近な誰かを誘拐されて、身代金の代わりに研究を盗み出す実行犯として、犯人に操られるということである。

「教授であれば、疑いが掛かることはないだろう」

 と思われるが、それはあくまでも、教授が、

「黙っていれば」

 というのが前提である。

 別に疑われたわけでもないのに、いきなり行方不明になるというのは、その時点で関与が疑われる。黙っていればよかったはずだ。

 しかし、これも逆が考えられる。

「犯行が露呈しなければ、何も動かなければいいんだ」

 ということである。

 あくまでも、現物を盗み出すわけではなく、写メに撮ってくるだけなので、犯行時代が露呈しないという可能性もあった。

 だが、これは実に、可能性としては薄い。防犯カメラくらいはいくら何でも設置してあるだろうから、写らないはずはないのだ。それを見越しての教授に実行犯として動いてもらうことにしたのだろうが、今度は、

「教授であれば、犯人である可能性は低い」

 という意味で、教授にやらせたという考えもできるだろう。

 だが、ここまでは計算通りだったのかも知れないが、教授が行方不明になったのが、仮に実行犯を教授だとすれば、どういうことになるのか、教授にとっては、自分から姿を晦ませることと、組織の手によって、姿を晦ませることのどちらが考えられるかということである。

 もちろん、実行犯が教授で、その後ろに何らの組織が暗躍をしていると考えた時のことであるが、実行犯が教授かどうかということよりも、何らかの組織が裏で暗躍していると考える方が信憑性はあるだろう。

 その組織がなぜ教授に白羽の矢を立てたというのか? やはり一番疑われにくいからだと思ったのだろうか。もし、そう考えたのだとすれば、教授の失踪は組織側からすれば、計算外だったと考える方が普通ではないか。

 となると、教授の失踪は大きく分けて二つあるわけだが、

「教授に失踪するように組織が命じた」

 ということ、そして、

「教授が自ら失踪を企てた」

 ということの二つである。

 普通に考えると、後者の方なのだろうが、もし前者の方だとするならば、こちらも、二つの可能性が考えられる。

 まずは、

「最初からの計画通りのことなのか?」

 ということと、

「途中から、計画を変えなければならず、やむ負えず計画を変更した」

 という考え方だ。

 この場合も、前者は、信憑性に欠ける気がする。最初から計算ずくであれば、何も教授を使う必要はないだろう。これではまるで、教授g犯人だと言っているようなものではないか。そして、教授が犯人だと考えれば、教授には盗みに入るリスクを犯すような直接的な動機は見当たらない。そう考えれば、教授を犯人に仕立てるということは最初はなかったはずである。つまりは、自分たち組織が裏にいることも分かってしまうというリスクがあるからだ。

 しかし、計画が途中で変わったのだとすれば、考えられることとしては、

「我々組織の関与が、バレてはいけないということが、さらに深くかかわってきたという事情ができたとすれば、組織として何を考えるだろう。

「事件が露呈してしまった以上、誰か犯人を仕立てて、その人物にすべての責任をおっかぶせるということが一番ではないか」

 と思わせることである。

 そうなると、実行犯である教授にすべての責任を押し付けるのが、一番の解決方法ではないか。

「最初からの計画だったのではないか?」

 ということは可能性として低いということを言ったが、逆に考えれば、この方法も、いくつかある方法の一つではなかったか。

 犯行を企てる時というのは、犯行方法は一つだけではない。。一つの筋が決まると、犯行を実行し、それが成功すれば、そこで終わりではないのだ。むしろここからが本番で、自分たちがいかに捕まらないようにすればいいのかという事後処理の問題が発生する。

 相手は警察だ。警察の捜査や推理をかいくぐって、最後には迷宮入りにしてしまうまでが、犯罪計画なのだ。

 そのためには、いかに犯行をカモフラージュするかというのが大きな問題で、いくつもの計画を立てておいて、

「A案が失敗すれば、B案でいく」

 などという、警察の捜査、あるいは、推理に沿った形で、どちらに転んでもいいように、前もって想像しておくことが必要だ。

 警察の捜査もスピードが必要なのと同じで、こちらは逃げる方なので、追いかける方よりもさらにスピードがなければ、簡単に追いつかれてしまう。

 つまり、その時の状況に応じて考えている暇などないということだ。

 ということは、計画しておいたいくつかの中に、

「教授を失踪させる」

 ということがあったのかも知れない。

 教授を失踪させるということは、可能性としては、

「教授一人にすべての罪を擦り付ける」

 という考えが一番ではないだろうか。

 となると、そこから先は、可能性としてかなり狭まった気がするのは気のせいであろうか?

 そして一番可能性の高い考え方として、

「教授は、もうこの世にはいないのではないか?」

 という考えである。

 教授にすべての罪をなすりつけることで、自分たちは表にでないというものなのだが、もし、殺されたのだとすると、

「今後、教授の死体はどこかで発見されることになるのだろうか?」

 ということである。

 教授の死体が発見されるとすれば、まず普通に考えれば、自殺を装った形のものが一番可能性としては高いだろう。

 何しろ犯行は、いくら機密文書であるとはいえ、窃盗なのだ。人を殺して殺人犯になってまで、犯行を晦ませる必要があるというのか、それもわりに合わない気がする。

 そうなると、死体が発見されて、

「窃盗が、殺人事件に発展した」

 などというのは、あってはならない計画だ。

 だから、死体が発見されるのであれば、自殺を装わなければいけない。そうでなければ、わざわざ教授に罪をなす知つけるわけにもいかないだろう。

 だが、問題は、教授を動かすために、

「何を使ったのか?」

 ということである。

 これも

「誰か、教授の大切な人間を人質に使った」

 と考えるのが自然だろう。

 そうなると、その大切な人質は、

「教授を操る」

 という意味で、効果があったのだが、

「教授に罪を擦り付ける」

 ということになってしまうと、人質の意味はまったくなくなってしまうのだ。

 そうなった時の人質の立場としては、

「犯行を知っている唯一の部外者」

 ということになり、その人物を生かしてはおけなくなってしまう。

 それこそ、闇に葬ってしまわなければいけないだろう。

 死体が見つかっては困るのは、人質の方である。

 もっとも警察の方では、

「教授のまわりの人が一人行方不明になっている」

 ということは、すぐに分かるだろうから、そこからまた捜査が始まらないとも限らない。

 だが、この人が女性であり、例えば愛人だとして、愛人の存在を知っている人が一部の人間だとすれば、その人間を脅迫か、買収すればいいだけのことだった。

 事件に関して、いろいろ考えている刑事の頭の中を少し探ってみるとこういうことになった。

「事件というのは、小説よりも奇なりなんdろうな」

 と思っていたが、それも今までの刑事としての勘というべきであろうか。

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