第8話 追放されたのは、くさいからでした 結

「……あなた、くさいんですよ」


「…………え?」


 唐突に、告げられた言葉。

 あまりに予想外だったその言葉に、俺は思わず問い返す。


「くさいんです。カイルさん。

 あなたは、くさいんです。

 もうほんとに、すごいんです。

 ダンジョンに潜って1日2日なら大丈夫なんですけど。

 3日目あたりから、他の人とは次元が違う存在感になるんです」


「…………え?」


「いえ、すみません、大丈夫は言い過ぎでした。

 1日2日でも、ひねりを入れて的確に肝臓を打ち抜くボディーブローみたいに、すれ違う度に徐々に脚にくる感じはあります」


「…………え?」


「でもそれって、まだ普通の人の延長線上にいるんです。

 まだ、ヒトの域にいるんです。

 ……それが、3日目になるともう別次元なんです。

 もう、すっごいんです。

 私のつたない例えで恐縮なんですが。

 他の人はだんだんと、走るのを速くするような匂い方なんですよ。

 どんなに体臭が気になる人でも、走れる距離や速さが違うだけなんです。

 でも、カイルさんは違うんです。

 カイルさんはもう、飛び立っちゃうんです。

 体臭が鳥のように、3次元の世界に羽ばたいちゃうんです。

 ……私はあなたと出会ってから、体臭というものの概念を根幹から覆されました」


「…………え?」


「でもまぁ、さすがのカイルさんでも。

 4日目、5日目ともなると、少し失速します。

 さすがにもう撃ち止めかな。

 これ以上のバリエーションはないだろうなって。

 みんながなんとか耐えられると思った、その次の日ですよ。

 ――6日目に、新しい生命が誕生するんです。

 あれはもう、新たな命です。

 あの勇ましさ、力強さは、生命の輝きそのものです」


「…………え?」


「つまりですね。

 体臭が原因で、【白銀の翼】はカイルさんを追放するという決断をしてしまいました。

 ……でも、私は抵抗したんですよ?

 本当は初回のダンジョンアタックで追放されそうになってたんですが、私がワンモアチャンスをねじ込んだんです。

 初回は4日で攻略できたから、ギリギリのギリでみんなオーケーしてくれました。

 私も、計20時間に及ぶ熱弁をふるった甲斐がありました。

 でも二回目は、6日かかっちゃったじゃないですか。

 ギリギリのギリで天秤が平行を保っていたところに、超ド級の重しが降ってきちゃったんですよ。

 もう天秤も壊れて、皿が地面にめり込むくらいの。

 私はやむなく、追放を受け入れるしかありませんでした」


「………………………」


「あれ? カイルさん、どうしました?」


「………………………」


「カイルさん、大丈夫ですか?」


「………………………」


「カイルさーん、おーい」


「………嘘だ」


「え?」


「嘘だあぁぁぁあぁぁっ!!!」


 俺の口から。

 天よりも高く、地の底よりも深く響き渡るような。

 魂の叫びがあふれ出てきた。


 エレンはうるさそうに耳を塞いでいる。


「嘘だろっ!?

 なあ、嘘だと言ってくれ、エレンッ!

 俺の体が、そんなに臭い訳がないだろ!

 俺には匂いなんて、何一つ感じねえんだぞ!?」


「嘘ではありません、カイルさん。

 匂いを感じないのは恐らく、元凶が自分だからでしょう。

 カイルさんの体臭をゼロ距離で嗅ぐとなると、通常の感性では命の危険があります。

 細胞の奥深くに刻まれた生存本能が、嗅覚を拒絶してるのだと思われます」


「ああぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!

 やめろおおぉぉぉっ!!」


「受け止めて下さい、カイルさん。

 これが現実なんです。

 現実。

 あなたが求め続けていた、追放の真相なんです」


「嘘だあああぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!」


 俺はそれからたっぷり30分。

 半狂乱になりながら奇声をあげ続けた。




 ----




「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」


「ようやく収まりましたか」


「……あ、ああ。

 ちょっとだけ、落ち着いた」


「それはよかったです」


 思い切り深呼吸して、肺の中の空気を入れ替える。

 とにかく、今は落ち着こう。

 体臭については、あとでたっぷりと反証を探せばいい。

 とりあえずの仮説として、暫定的に、受け入れてみよう。


「……それで、仮に。

 もし仮に、俺が追放されたのが俺の体臭が原因だったとして。

 お前が【白銀の翼】をやめたことと、どう繋がるんだ?」


「その言葉を待ってました。

 ようやく、議論を先に進められますね。

 とはいえもう、答えは出ているようなものなのですが」


「なぁ、俺には今、余裕がない。

 質問には、簡潔に、答えてくれないか」


 俺は消耗しきった脳細胞をフル稼働して。

 途切れ途切れに、言葉をつなぐ。


「分かりました。

 では簡潔にいきましょう。

 前提1が、私は生体が発するくさい匂いが好き。

 前提2が、カイルさんは、とてつもなくくさい。

 つまり、私はあなたのにおいが大好物で、あなたとパーティーを組むために、【白銀の翼】を辞めてここに来た、ということです」


「なん……だと……?」


 少し恥じらいながらも、にっこりと笑うエレン。

 それを俺は、驚愕のまなざしで見つめる。


 つまりこいつは、自分の性癖を満足させるためだけに。

 街で一番のパーティーを捨てて、こんなところに来たと。

 ……見た目は可憐な美少女みたいなくせに、中身はド変態じゃねえか!

 あ、いや俺がそんな変態を満足させるだけの匂いを放っているということも、まだ受け入れられてはいないのだが……。


 ――いやしかし。

 冷静に考えると、これはチャンスかもしれない。

 えーっと……。


「……つまり、俺と組んでくれるって、ことでいいんだよな?

 あの【鳳凰剣】エレン=カロラインが」


「そうですそうですっ!

 どうですか!?

 悪い話じゃないでしょう!?」


 ようやく話が通じたとばかりに。

 エレンは興奮し、期待を込めたまなざしで俺を見る。



「…………」


「それに、カイルさんの支援魔術も相当なレベルじゃないですか。

 みんな、カイルさんの体臭によって相当動きが悪くなってるはずなのに、それを補って余るくらいの補助ができるなんてすごいですよ。

 特に私なんて、あの時異常に調子よかったですもん」


「…………」


「実はあのまま【白銀の翼】にいるよりも、カイルさんと組んだ方が冒険者としても上に行けるんじゃないかとさえ思ってるんです。

 冒険者としても、においフェチとしても、どちらにしてもこの選択は正しいんですよ」


「……何対何だ?」


「え?」


「俺の能力と、俺の体臭。

 何対何の割合で期待してここへ来た?」


「1対9です」


「ほぼ体臭狙いじゃねーか!」


 思わず叫んでしまった。

 またも、うるさそうにエレンは耳をふさぐ。


 ……いかん。

 ここは俺の今後を占う重要な局面だ。

 すでに脳はキャパオーバーだが、それでも俺の夢のために、最適な返答を考えなければ。

 俺はしばらく熟考し、そしてエレンに告げた。


「……いや、まぁいい。

 誰ともパーティーを組めない俺にとっては、願ってもない話だ。

 俺の目的は、冒険者として名を上げること。

 お前の目的は、俺の……体臭。

 お互いに利があるということだな。

 いいだろう。

 俺を利用すればいい。

 俺もお前を利用させてもらう!」


「交渉、成立ですね」


「ああ。

 よろしく頼む」


 エレンに近づいて、ガシッと、固い握手を交わす。


「あっ!」


 彼女は身体をビクッと震わせ、甘い声をだした。


「ど、どうした?」


 慌てて手を離す。


「いえ、近づくと少しだけ、カイルさんからあの時の香りがしたもので」


「…………」


 ドン引きした。

 こいつは、予想のさらに上をいく、ド変態なのかもしれない……。



 ―――――



 それから、しばらくの時が流れた。

 現在、俺とエレンのパーティー【聖なる刻印】はAランクパーティーとなり、初めてのA級ダンジョンへと挑んでいる。


「……んほっ!

 あっ! あーっ! やばいやばい!

 やばいですよカイルさん!

 あーやばいっ! あーっ! あーっ!」


「うるっせえ!!

 はやくそこの魔物を倒せ!」


「はぁい。

 ……あぁー、やばいぃぃ!」


 完全に目がイッてる。

 だが体捌きは完璧で、エレンは一瞬にして高位の魔物を屠った。


「もう、ダメですよぉ。

 カイルさん10日目過ぎると、もうやばいです。

 これはもう、新たなる宇宙の誕生に匹敵するにおいです」


「どんな匂いだよ!」


「もうボス部屋間近なんですね。

 カイルさんが一緒なら、私一生ダンジョンにいてもいいかもです」


「うるせえ、とっととボス倒すぞ……おっと」


 俺は地面にあった窪みに躓いてしまった。

 エレンが振り返り、倒れかける俺を支えてくれた。


「悪い。サンキューって、え?」


 俺が見たエレンの顔は――。


「んほぉぉぉぉっ!

 あじゃぱあぁぁぁぁぁっ!

 あばばばばばっ!」


 これまでで一番、やばい表情だった。



 俺達の冒険は、これからだ!




 了

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