第20話 練習試合

「はは、ははは」

 日曜日、高瀬川高校体育館での練習試合にて。

 試合中だというのに、俺は笑っていた。

 ドリブルで相手コート内にボールを運び込む。俺は周囲を見渡した。

 スリーポイントライン周辺に、俺の仲間はいい具合に散っている。

 パスワークを恐れてか、ゴール下の相手チームのメンバーは散っていて密度が小さい。高瀬川のポイントガードは俺が置き去りにしたから、まだ後方だ。背後から追いかけてきているが、追いつかれないだろう。

 俺はまっすぐに、守備の薄いところを突く。

 相手チームは慌てたようにゴール下に守備を固めるが、もう遅い。

 相手のセンターの脇をすり抜けて、床を蹴る。

 頭上のゴールに向かって、俺は押し出すようにボールを放る。

 放物線を描いたボールは、そのままリングを通った。

 体育館の二階観覧スペースに応援に来た人たちが拍手をしてくる。

「よっしゃー!、ナイスきよぴー」

 ゴールの喜びは、黒田とグータッチを交わすだけだった。俺は走り、コートを下がっていく。仲間たちも自陣に戻って、ディフェンスに備えていた。

 審判がボールをエンドライン上の高瀬川高校の選手に投げ渡す。

 そのまま、ボールは右サイドのポイントガードの手に渡った。

 青海が研究し、対策を伝授してくれた高瀬川のポイントガード。

 動きが、青海が見せてくれた動きそのものだった。ドリブルの高さも、スピードも、立ち塞がったときにフロントチェンジを多用してくるところも。

 だから俺も動きについてこれる。

 立ち塞がり、こちらがディフェンスの体制を整える時間を作る。

「パスだ。無理に抜こうとするな」

 横から声が聞こえてくる。俺を抜けずに自陣コートに留まり続けるポイントガードに痺れを切らしたのか、高瀬川のシューティングガードが戻ってきていた。コートのセンターにパスを要求している。

 高瀬川のポイントガードは視線をやると、パスを繰り出そうとする。

 だが、俺は見切った。

 高瀬川のポイントガードが、パスを出すふりをして背中にボールをまわすのを。

 俺はサイドラインを踏む勢いで、横に動いた。高瀬川のポイントガードの背後に回り込む。

 背面にまわされたボールをスティール。

 目の前はゴールまで無人の野だった。俺は追いかけてくる高瀬川の選手の足音を聞きながら、駆け抜けていく。

 ペイントエリアに突入し、勢いそのままにローポストからレイアップ。

 俺の背後から伸びてきた高瀬川のポイントガードの指先をすり抜けて、ボールは弧を描き、リングを通り抜ける。

 わざわざ日曜日に他校まで応援に来ていた人たちが、もう一度拍手をしてきた。


 タイムキーパーの残りタイムが0になり、ブザーが鳴り響く。審判が笛を鳴らし、シュートを放とうと膝をかがめていた真川が動きを止めた。

 藤森高校と高瀬川の双方の選手が、駆け足で戻っていく。

 第3クオーターが終了。

現時点で56対40の16点差となっていた。練習試合とはいえ相手を研究していたこちらのリード。

 しかも俺だけが、5年前とはいえ、同じ試合をもう一度している状況。

 練習試合で相手がどんな手を使ってくるかなんて、手に取るようにわかる。それでうまく見方を動かしたことで、5年前の本来の過去と比べてもっと点差を広げられた。

 5年前の本来の過去なら、点差は10点もなかったのに。

「みんな、よくやってくれた」

 ベンチに戻ってきた俺たちを、八孝はひとりひとりグータッチで迎える。

 俺たち試合メンバーは、ベンチに戻る。

 俺が真ん中だ。走りまわった選手たちの荒い呼吸がもろに聞こえる。汗や呼気のために周囲の空気が湿気てくるのも。

 俺にとってバスケの試合は5年ぶりだが、なじみの感覚だった。つい先週も、こうして5人でコートに立って戦っていたような気分だ。

「さてと、次が最終クオーターだ」

 5人並んだ俺たちの前に、八孝が腰を降ろす。

「練習試合だが、最後まで最大出力でいくぞ。といっても、俺がお前たちに求めるのは練習通りのことだ。今までやってもらったとおりのことを続ければいい。フォーメーションも変更なしだ。今までどおりの試合運びでいけ」

 八孝が俺たちと目を合わせながら指示を飛ばしていく。

 俺たちはうなずいた。

「観覧スペースにはうちの学校の子がわざわざ応援に来てくれたんだ。最後までかっこいいところ見せていけよ」

「監督、上の生徒たちは俺たちを見に来たんじゃねーでしょう」

 服部が茶々を入れる。試合で走りまわって息を切らしながらも、笑みを浮かべていた。

「監督目当てですよ、監督」

 クス、と俺たちどころかベンチ入りメンバー全体が失笑を漏らす。

 この体育館の2階観覧スペースに集まっているのは、保護者と、藤森高校の女子生徒だ。

「困ったな。俺は主役じゃねえのに」

 観覧スペースの女子たちは、俺たちがゴールを決めると拍手したりしてくれる。だが、それは俺たちに向けているというよりは、ゴールを決めてガッツポーズをする八孝に向けられている、という具合だ。

「どこで練習試合を聞きつけたんだか。服部、お前か? 学校中にうちのスケジュール情報流しているの」

 黒田が冷めた目線を服部に向ける。

「なんで俺なんだよ。どうやっても風の噂で聞かれるんだっての」

「まあまあ、試合後の体育館の清掃作業を手伝ってくれるっていうんだ。いいだろ見られてデメリットないんだし」

 睨み合うふたりを真川がなだめている。

「まるで推しの追っかけだな」

「おっ、朝倉そんな言葉知ってたのか。でかい図体して口数少ないけど、ひょっとして推しのアイドルいるのか?」

「服部、試合中よ。集中」

「へい、青海は真面目だな」

 服部がジト目を向ける青海をジト目で見つめ返す。

「ま、理由はちょっと納得いかねーが、わざわざ見にきてくれたんだ。楽しませて、いいもの見れたって友達同士で言いながら帰ってもらおうや」

 八孝の一声に、はい、と俺たちは応じる。

 試合中に陽気な、と俺は呆れて眺めていたが。

「……さてと、冗談は置いておいて、高場」

 八孝が、真正面から俺を見つめてくる。

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