第18話 みんなで最高の舞台に

 と、青海がさっそくボールを右手から左手にまわした。と、切り返して俺の左脇を抜けてくる。フロントチェンジ。

 俺はとっさに身を引いて、青海に抜かれるのを防いだ。

「次の相手のポイントガード、フロントチェンジを多用してくるで。このシンプルな抜き方が得意なんや」

 青海が左手を突き出して床につくボールをかばいながら解説してくる。

「見抜かれてもしつこく連続してフロントチェンジや。こうやって相手を揺さぶる」

 右手から左手にボールを切り返す。そして俺の左脇をすり抜けようとした。

 俺は真正面に立って阻む。

「そうや。間合いをきっちりとって、動きを見切るんや。相手が離れたらすかさずパス出されるから気いつけえや。で、しつこくついてくると」

 青海がパスの動作を見せた。と、見せかけてボールを背後にまわす。

 意表を突いた動きに、俺は突破を許してしまった。

「左右どっちかにパス出すふりして、バックビハインドで逆を突いてくる」

 追走してくる俺に、青海は解説を続ける。

「相手、手先は器用やで。ヘタに突っ込んでいったら裏をかかれる」

「確かに、たった今抜かれたしな」

 俺は何とか青海を追い抜いて、再び前に立ちふさがる。

 またしても、間合いの読み合い。

 にらみ合いが続いたが、またしても青海が右から左に切り返す動作を始めた。

 それで、俺は気づく。

 体の左に重心をかけ、あえて右脇を通るスペースを作る。

 青海が笑みを浮かべた。

「右脇がら空きやで!」

 わざとらしく威勢のいい声を上げ、左手から切り返しをかける。

 だが、振れ幅が小さかった。青海のつま先よりもわずかに体の外側をボールが跳ねる。

 左に重心を置いていても、すぐに反応できるくらい。

 俺はそのまま、右手を前に繰り出した。床を跳ねているボールを、青海の手に触れる前に叩く。

 ボールが変な方向に転がった。俺は走り、ボールを拾い上げる。

「左手からのフロントチェンジ、揺れ幅小さいじゃねーか」

「正解。気づくの早かったな」

 青海が俺の前で腰をかがめ、通さぬよう両手を広げながら言った。

「次の相手のポイントガード、利き腕に頼りすぎとるところがあるんや。左手でのボール操作に自信がなくて動きが小さくなる」

 青海はマネージャーとしての仕事力は絶望的だが……

 それでもチームでなくてはならない戦力とみなされている理由がこれだ。

 相手チームの選手の解析力の高さだけでない。解析した結果を、練習で正確に再現できる能力を持つ。

「あとディフェンスやけど、猪突猛進やな。一直線にボールに手を伸ばしてくるぶん、冷静に対処すればよけられるで」

 青海の手がボールに伸びてくる。

 俺は背面にボールをまわした。

 青海の左脇を突破する。

 背後から邪魔される前に床を蹴り、レイアップ。

 ボールがゴールをとらえた。八孝がパンパン、と拍手しながら「ナイスシュート」と声を飛ばしてくる。

「あかん、一本とられてもうた。兄さんの前で恥ずかしー」

 青海が全力で悔しがる。

「解説、ご苦労だったな。動きながらしゃべるの大変だろ」

「まあ、もう慣れたわ。特にきよぴーとかなら先輩への遠慮とかそんなのないから」

「そうか」

「あのさ、その1ON1なんだけどさ」

 練習が終わっても残っていた日田が、声をかけてきた。

「なんや日田くん、どないしたん?」

「何回か、俺にもやらせてくれないか。きよぴーと交代で」

「そっか、次の練習試合出るかもしれんからね」

「かもじゃねーぞ、俺は出す気満々だ。高場と兼ね合い見ながらな」

 今の会話を聞いた八孝が、すかさず声を飛ばしてくる。

「というわけだから。ポイントガードで本格的に出るなんて初めてだし、きよぴーに早く追いつきたいから。監督の威を借りてごめんだけど」

 日田は途中から、八孝に聞こえないよう小声になる。

「きよぴーは、ええ?」

「別に構わねーよ」

 俺はボールを青海に投げて渡すと、コートを離れていく。

 特に青海をひとりじめしなければならない理由はない。日田も日田で、試合中に俺が何かあったときのサポート役をしている以上、対策をさせて悪いことになったりはしない。

「ありがと、じゃあ練習させてもらうよ」

 さっそく、青海と日田は1ON1を始めた。日田がどんどん青海に対してスティールをかけていく。

 俺は見守っていた。

「はい高場くん、タオル」

 横から下鴨がタオルを差し出してくる。

「すごい汗やね。動いてないときは、ちゃんと拭かないと体に悪いよ」

「ああ、どうも」

 俺はタオルを受け取って、顔を拭く。

 真夏でもないのに、俺は汗ぐっしょりになっていて、タオルはすぐにぐしょぬれになった。

 腕や足の汗も拭きながら、俺はふたりを見守る。

 日田も日田で、いい動きだった。

 俺とポジションが被っていて、脚力が俺のほうが上ということで、ベンチを温めていることが多かった選手。だがチームが俺を温存するときや、何かあったときの後釜という役目を持っていた。

 新人大会の事故で俺が試合に出られない体になったときは、代わってチームの主力ポイントガードとして穴を埋めることになっていた。

 そして俺自身も、それを日田に求めていた。

 なのになぜ……

 日田はあっさりと、退部してチームを去っていったのか。

「日田くん、もっと腰低く。次の相手のポイントガードドリブル低めやから、油断するとすぐ抜かれるよ」

 青海が日田と駆け引きを続けながら、そう言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る