四 亀甲屋に入った夜盗
神無月(十月)十日、夜四ツ半(午後十一時)新月の星夜。
亀甲屋の裏庭に三人の賊が侵入した。
賊は裏庭から土蔵に忍びこめると思ったらしく、土蔵の周りをうろついていたが、土蔵には、離れの建てました個所が繋がっていて、入口が見当らない。
賊は、離れの建て増し部から土蔵の入口へ入ろうと、離れの建て増した部屋の雨戸に近づいた。
その時、賊の背後に音も無く、藤五郎と藤代と元締たちが現れた。
背後の者たちに気づかぬまま、賊は、離れの建て増した部屋の外廊下の、特別に設えられた雨戸を外した。星明りの中、賊は他の二人の賊ににやりと笑って障子に手をかけ、障子戸を開けた。
と同時に、部屋の中からいくつもの龕灯の灯りが賊を照らした。
いかぬっ、と賊はその場から逃げようとふりかえった。
だが、賊の背後に藤五郎と藤代と元締たちがいる。手には棍棒が握られている。
賊が懐から匕首を取りだして鞘を払い、藤五郎たちにむかって振りまわした。だが、藤五郎たちは一瞬に賊の匕首を棍棒で叩き落し、三人を袋叩きにして縄で雁字搦めにし、奥庭の松の樹に吊し上げた。
賊はガタガタ震えている。
「お前たちは何者だ。どこの手の者だ。答えろ」
藤五郎は松の樹に吊した賊の頬を棍棒でピタピタ叩いた。
「・・・」
賊は何も答えない、
「では、奉行所に引き渡すか・・・」
「・・・」
「奉行所に、賊を捕まえたと、知らせたか」
藤五郎が藤代に訊いた。
「使いを走らせた。もうすぐ同心と捕り方が来るはずだ」
「聞いてのとおりだ。如何なる理由があろうと、夜盗は打ち首だ。
どうして、盗みに入ったか、訳を言え」
「・・・」
賊は、捕まった折に如何なる処罰を受けるか、覚悟の上で侵入したらしい。
藤五郎はさらに訊いた。
「どうして亀甲屋を狙ったのか」
「・・・両替屋なら金子があるはずだ・・・。積立屋もやってるから、亀甲屋には銭金があるって噂がたってる・・・」
それまで藤五郎が賊に訊いていたが、藤代が代って訊いた。
「そうか。ところで、俺たちを知ってるか」
「いや、しらねえ・・・」
「ここは、江戸市中の香具師の、総元締めの御店だ。
その事を知っていたか」
藤代は三人の賊を龕灯で照らした。
賊たちは、香具師の総元締めの御店と聞いてさらに震え上がった。
町奉行所に引き渡すというのは嘘で、香具師たちが賊をさんざん痛めつけて野晒しにすると思っていた。
賊たちの股間が濡れた・・・。
その時、与力の藤堂八十八の声が奥庭に響いた。
「藤五郎さんっ。夜盗を捕まえたとの知らせで駆けつけたぞっ」
藤堂八十八は、同心と捕り方たち十名を率いていた。
松の樹に吊された三人の賊を見上げ、藤堂八十八は言った。
「辰三、万治、平助。お尋ね者のお前たち盗人仲間で結託して亀甲屋に入るとは呆れたものよ。
お前たちはこの御店の主を知らぬのか。
夜盗は打ち首故、冥土の土産によく聞いておけ。
亀甲屋藤五郎さんはな・・・」
藤堂八十八は賊たちに、江戸の香具師の総元締めで、廻船問屋亀甲屋の主藤五郎について語って聞かせた。
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